ex3−3 魔法少女の当惑

「悪いけど、他を当たってくれ」

「——えっ」

 少年の言葉は、誤解の余地もない程明らかな拒絶だった。

 まさか断られるとは思っていなかった私は、一瞬、言葉を失った。

「……2人組ペアには嫌な思い出があってな」

 彼は苦笑して言うけど、それは明らかに後付けの言い訳だ。

 まず拒絶があって、言い訳を後からひねり出した。彼の視線の動きは、その思考の流れを物語っていた。

 しかし、後付けでも理由を明言されては、すぐに何故とは問えない。交渉するなら、別の切り口だ。

「これでも、それなりに優秀な魔法使いのつもりなんだけど?」

「近場とはいえ単独ソロで森に入って無事に帰って来た君を、無能だなんて思ってないよ」

「実力への不信でもなく交渉の余地もなしに断られるのは、不服なんだけど。何故2人組が嫌なの?」

 これは赤裸々な回答を期待しての質問ではなく、譲歩の余地が欲しいという要求だ。

 しかし、少年はひらりと手の平を表にする。

「見て判るかも知れないが、俺は斥候専門だ。戦士と同じ尺度で測られて、正面から挑む勇気だの美学だのを強要されるのは真っ平なんだよ」

 彼が不快感を表情に出してみせたのは、これが初めてだった。酒場でも、利率の低い町中の仕事をしている所でも、こんな苦々しい表情は見かけた事がない。

 しかし、吐き捨てる様にしながらも明かしてくれたという事は……。いや、勝手に本音を決めつけるのは失礼な気がするから止めておこう。

「斥候専門、ね。判ったわ。なら、冒険者としての貴方に依頼を出しましょう。私が求めるのは、案内と周辺警戒だけ。どう?」


 ◇◆◇


 口約束だけではなく、実際に冒険者ギルドの依頼を通じて契約を結ぶ。

 ここまで徹底していると、彼の他者不信の度合いが尋常ではない事が伺えた。もしかしたら、先程見せてくれた砕けた態度や激しい感情の片鱗も、全てが演技なのではないかと思える程に。

 実際、「自分を演じている」冒険者は少なく無い筈だ。特に、家を出た元貴族などは、身元を探られない為にそういう振る舞いをしていても不思議はない。面倒事は基本的に自分の力で避ける。それが、独り立ちした者には等しく求められる能力でもあるのだから。

 その点、私は恵まれている。両親の理解があるので、必要以上に自分を偽って調査の手をかわす必要がない。彼の背景を気遣う余裕があるのは、間違いなく、理解ある両親のおかげだ。


 臨時の日雇い斥候の働きは、掛けるべき言葉が判らない程だった。

 まるで、遠見の秘術を修めているかの様な迷いのない案内は、護衛団の中にいたときより安心できる程頼りになり、また、正確だった。

「ここは俺の庭の様な物だからな」

 なんて彼は微苦笑するけれど、それは既に私の体感として自信過剰でも何でも無く、ただの事実だ。その上で気配を消す技術は、正直、森の中で一度見失ったら私では見つけ出す事が出来ない域にあった。猿型のモンスター——森の暗殺者フォレストアサシンだってもう少し気配があると思う。

 誇張でも何でも無く、彼は有能な斥候だ。

 たった1度組んだだけでもそれは理解できたし、依頼という形であれば、彼は何度でも同行に応じてくれる。ただ、その距離感はどれだけ回を重ねても変わらなかった。


 雑談には付き合ってくれるし、愚痴も聞いてくれる。ふとした事から彼の愚痴を聞かせてくれた事もある。それでも、最終的に心を開いてはくれない。

 まるで、意地悪をされている気分だ。彼にそんな悪意はないのだろう事は百も承知だけれど、私の不満は探索を重ねる毎につのっていった。

 私が悪い訳ではない、と彼は言ってくれる。もちろん、彼が悪い訳でもない。彼をそこまで追い込んだ、周囲が悪い。環境が悪い。そんな事は、判ってる。彼に感情をぶつけるのは意味がないどころか逆効果だという事は。

 命知らず愚者をまるで良い事勇者の様に称える冒険者達の意識が悪い。


 やり場のない感情に、私は今日も溜め息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る