第9話
「すいません、お待たせしました」
着替えを済ませて部屋の外に出た。
外で待っていた最上さんにそう言い、食事の準備された部屋に向かう。
「こちらが食堂になります」
案内された食堂は、大きな部屋に細長いテーブルと十数個の椅子が並んでおり、映画で見る金持ちが食事をしている感じだった。
入り口から入って真正面の席では、既に祖父が食事をしていた。
建物やこの部屋とは似つかわしくない、ご飯に味噌汁という純和食のメニューに俺は少しだけ違和感を感じる。
「おぉ、昨日は良く眠れたかの?」
「はい、おかげさまで」
俺は二席ほど離れた席に座り、最上さんから朝食のメニューを尋ねられる。
「和食と洋食、どちらになさいますか?」
「えっと……じゃあ、同じ和食で」
「わかりました」
ニコッと微笑んでそう言い、最上さんは部屋を出て行った。
「しかし、不思議なものじゃのぉ~」
「何がですか?」
「こうして、一緒に食事を取るものが居るという事がじゃよ。わしはいつもこの広い部屋でいつも一人で食事をするからのぉ……」
寂しそうにそう言う祖父。
俺もその気持ちは少しわかる。
一人の部屋で、一人でする食事はいつまで立っても慣れない。
そんな事を考えていると、姫華も部屋に入ってきた。
「おはようございます」
「うむ、おはよう。ぐっすり眠れたかの?」
「はい、おかげさまで」
俺には絶対しないような可愛らしい笑顔で祖父に愛想良くそういう姫華。
そっちが猫を被ってる状態って訳か……。
姫華は俺の隣に座った。
「おはよ」
「あぁ、おはよう」
「相変わらず面白みの無い顔ね」
「うっせーよ」
相変わらずの姫華の態度に、俺も慣れ始めていた。
数分ほどで俺と姫華の朝食も運ばれてきた。
「ん? お前も朝は和食か?」
「当たり前でしょ、日本人なんだから」
「………」
「なによ?」
「いや、その容姿でそんな事を言われてもな……」
姫華の容姿は金髪に青い瞳で、しかも肌は真っ白だ。
どっからどう見ても外国人なのだが……。
「あぁ、言ってなかったわね、私はハーフなの、育ちは日本だけど」
「学校でも目立つだろ、その容姿は」
「まぁね、中学では目立ったわね……」
「今もだろ……」
「高校は行ってないわよ」
「は? なんでだ?」
「まぁ、親の教育方針というか……家で家庭教師を付けて貰ってるのよ」
「ふーん」
金持ちはやっぱり考えることは違うだろうな……。
俺はそんな事を考えながら、祖父に尋ねる。
「そう言えば、一緒に住むとなったら、いつからになりますか? 色々と準備もありますし、二週間ほどですか?」
「なに心配は要らぬ! 今日の帰りに学校に向かえをよこすでの、今日もここに帰って来ればよい」
「はぁ……でも、自分のアパートには荷物もありますし……」
「大丈夫じゃ、とにかく今日もここに帰ってきなさい」
「は、はぁ……」
昨日の今日でそれは早すぎないだろうか?
俺はそんな事を思いつつ食事を進める。
「池﨑の娘……いや、姫華ちゃんの方はあと一時間ほどで迎えが来るそうじゃ」
「わかりました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。このお詫びは後日改めて」
「よいよい、それよりもこれからもわしの孫と仲良くしてくれ」
「は、はい……」
「おい、なんでそこで顔を引きつらせる」
食事を終え、俺は学校に向かう支度を整えて屋敷を出ようとしていた。
前のアパートよりも学校までは近いが、知らない道なので早めに出ようと少し早めに学校に向かおうとする。
「あ、拓雄様」
「はい?」
玄関を出ようとした時、最上さんから声を掛けられ俺は振り返った。
「なんですか?」
「学校へ行くならお車を準備しますので、少々お待ちください」
「いや、歩いても行ける距離ですし……」
「旦那様からお車で送るように言われていますので、少々お待ち下さいますか?」
「いや、でも本当に……」
「それではお待ちください」
最上さんはそう言って行ってしまった。
車なんかで学校に行ったら目立つから嫌なんだが……。
仕方無く、俺は玄関先で車を待っていた。
すると、そこへ姫華がやってきた。
「よう」
「あら、アンタもソロソロ行くの?」
「あぁ、学校があるもんでな」
「……そう」
どこか寂しそうにそう言った姫華。
家に帰るのがそんなに嫌なのだろうか?
「まぁ、色々あると思うが頑張れよ」
「そう思うなら、少しくらい心配そうにしなさいよ」
「一応心配しているんだが」
「フフ……ホントに変な奴ね……」
「お前もな」
そんな話しをしていると、玄関の方からエンジン音が聞こえてきた。
どうやら車が来たらしい。
「まぁ、またどこかで会ったら声ぐらい掛けてくれよ」
「そうね、挨拶ぐらいならしてあげてもいいわよ」
「そうか、じゃあな」
「うん……ありがと」
俺は姫華にそう言って、屋敷を出て車に乗り込んだ。
「それじゃあ、飛ばしますよ~」
「え……運転もするんですか?」
「えぇ、三島家のメイドですから」
「なるほど……」
運転主は最上さんだった。
メイド姿でハンドルを握り、笑顔で俺の方に言ってくる。
こういうのは、別で専用の運転手が居るものだと思っていたが、違うらしい。
しかも、この屋敷の使用人も最上さんと数人のメイドさんしか見かけなかったが、執事は居ないのだろうか?
「学校は何時頃に終わりますか?」
「そうですね、今日は恐らく16時くらいには」
「なら、その時間にお迎えに上がりますね」
「いや、自分は全然歩いても……」
「道に迷うかもしれませんし、お迎えに行きますのでお待ち下さい」
「はぁ……」
何を言っても迎えに来るのだろうと思い、俺は自力で帰る事を諦めた。
初めて乗る黒塗りの長い車。
まさに金持ちの車という感じなのだが、豪華過ぎて逆に落ち着かない。
そんな事を考えていると、最上さんが声を掛けてきた。
「どうですか? お屋敷では暮らしていけそうでうすか?」
「まぁ……慣れないこともあると思いますが……」
バックミラーから見える最上さんの表情は、柔らかい笑みを浮かべており、俺がこれからも安心してあの屋敷で暮らしていけるよう配慮しているようだった。
「何かあれば直ぐ私を含めたメイドにお申し付け下さいね」
「わかりました、ありがとうございます」
「それと………拓雄様の専属のメイドなのですが……」
「専属? 俺専属のメイドさんが居るんですか?」
「はい、しかし、本格的にメイドとして働くのは初めてでして……至らぬ点もあると思うんですが、ご容赦下さい」
「そうなんですか? 俺で良ければ練習台に使って貰って全然かまいませんよ」
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