二十九、適性
高校生活最後の冬休みが明け、手順書の初版が完成した頃、国政選挙が行われ、魔法市民会は第三党となり、第一、二党と連立して政権をとった。結果、議席の大半を与党が占め、長期安定政権が予想された。
魔法市民会の初仕事は適性検査の義務化法案だった。選挙前から根回ししていたこともあり、すんなりと通って成立した。来年の発効だが、魔法市民会と協会は大々的なキャンペーンをうち、義務化直後の混乱と混雑を避けるため、今からでも検査を受けるよう推奨した。
健一たちは先に受けることにした。特に健一は卒業後は仕事と経営の勉強でかなり忙しくなるので真っ先に受けた。
しばらくして検査の結果が返ってきた。父母と姉はほぼ平均かそれ以下だった。しかし、健一の適性は非常に高かった。結果通知の備考欄には教育訓練を受けることを強く勧めると記載されていた。
その後も勧誘が度々あった。初期教育だけでも受けてほしいと懇願された。
「嫌だよ。今さら極端に変えるのは」
健一は進路変更を嫌がった。教育だけでも受けてほしいと言うが、勧誘の熱心さからして、受けることは事実上魔法使いになると同意したようなものだと考えて間違いないだろう。
父母は健一の決めることだと口を出さなかった。姉はこの際魔法使いも検討すべきだと言う。適性検査の結果はそれほど高かった。
「まさか健ちゃんがこれほど魔法使い向きだったとはね。勘の良さもそのせいかな」
「冗談やめてよ。関係ないし。それに、魔法使いの教育受けるよりまずは運転免許取らなきゃ」
そう言って集めたパンフレットをめくった。
春、使い物になる手順書が完成し、お礼も兼ねて修行先にも提供した。
卒業式は不思議な感じがした。泣きはしなかったが、涙が出る理由はよく理解できた。ここには終わりと始まりが同時に存在している。式が終わっても先生や友達と固まり、いつまでたっても校門から外に出たくなかった。
帰り道、木島さんからメッセージが届いていた。第一志望に合格しており、四月からは大学生だった。卒業、入学、新しい世界におめでとうをお互いに言い合った。
家に帰り、着替えて制服を畳んだ時、少しだけ涙が出た。もうこれは着ない。
机の上には教習所と、経営を学ぶ学校の書類が整理して置いてある。それと協会からの手紙。まただ。
会社に行き、業務を確かめる。空白だらけの予定表を見てため息を付いた。土地開発は盛んで発見される遺物は増加しているのに仕事は減っている。
「しょうがないでしょ。協会が決めたんだから」
香織がため息に同意した。両親は式の後買い物に出かけているとのことだった。
姉はわずかな仕事に対し、健一の手順書を参考に日付の交渉を行っている。すぐにでもと希望する依頼先に対し、この夜はどうですかと提案していた。
「当分この業界は不景気だし、健ちゃん、考え直したら?」
そういう心配をしていたのか、と健一は口を歪めて拒否の表情をした。
「なんで魔法使い嫌なの?」
「さあ、ただ嫌なんだ」
協会や魔法使いに対する不快感はまだ拭い去れていない。ああいう組織に加わるのはどうだろうと言う気持ちが強かった。
「魔法のこと、知りたくないの」
「研究者になれっていうの?」
「鳥の学者になりたがってたから、分野は違うけど研究職なら合うんじゃない? そういう適性はあるだろうし」
心が動いた。しかし、協会で自分のしたいことができるとは限らない。
「そううまくいくかな。ただの兵隊にされそう。生え抜きの魔法使いって幼児の頃から特殊教育受けてるし。今からじゃ遅いよ」
「うん、そうかも知んないけど。まあ考えときな。モリグループも縮小し始めてるくらいだし、この業界、もたないかも知れないから」
「そこまで深刻って思ってる?」
「思ってる。MD騒ぎから好転する要素が見えない。場合によっては民間委託制度そのものが無くなるかもしれないよ。十年もしないうちに」
「進学やめて家業ついだらそっちが先細りかぁ」
のんきな口調で言った。もうどうにでもなれという気分だった。変化が激しすぎてついていけない。近頃は、変わらない安定したものなど無くなってしまったようだ。
「だからさ、さっきも言ったけど、魔法使い、考えときなよ」
「鳥の方はだめ?」
「そっちはずっと前からやせ細ってる」
その夜、横になって将来のことを考えた。食えないからと言われ、なんとなくこっちに進路を決めた。次はMD騒ぎで業界が不景気になり、適性があるから魔法使いになれと言われた。
僕は自分で先のことを決めているのだろうか。それとも、状況に流されてから自らを納得させる後付けの理屈をひねり出しているだけなのだろうか。
届いたメッセージによると、木島さんも先に検査を受けていた。そこそこ適性が高く、通学しながら初期教育を受けるらしい。ただ、魔法使いになる気はないようだった。一応取っておく資格のようなものと割り切っている。
そういう考え方もあるよな、と寝返りをうった。知識や経験はあっても邪魔にならない。
気づいたら朝だった。いつの間にか眠っていたらしい。
「おはよう」
朝を摂って職場に入ると、予定表の空白が増えていた。取り消しになった仕事と理由を確かめる。
「突然保護対象になったのよ。いつものこと」
健一の読んでいる画面を横から見た香織が説明してくれた。丙だが天体観測の機能があると判明したとのことだった。しかもそのさらに地下深くに観測結果を保存しているらしい遺物も発見された。
「じゃ、今月はもう仕事はなしだ。教習所の予定詰めるよ」
そう言って返事を待たずに日程を前倒しにした。
仕事がないのは業界全体もだった。体力のないところから脱落していく。モリグループも不採算支店の縮小、閉鎖や、希望退職者募集の検討を始めたと噂されたが、公式には肯定も否定もしなかった。それが噂を裏付けるような形になってしまい、融資などの金融交渉に苦心するようになったと母が不平を言った。
「とりあえず否定してくれたらいいのに。モリさん、業界のことも考えてくれなきゃ」
一方で、MDについての研究成果が積み上がってきているのは事実だった。何を見ればいいのか分かると、基礎となるデータの収集は急激に進んだ。
MDとの遭遇は遠い未来のことではあるが、確実な驚異だった。何の手も打たず放置すれば霊を持つ生物は全滅し、地球はまた進化をやり直す羽目になるだろう。
協会は研究のための人的資源が必要であると訴え、魔法市民会は当然同調した。外国の協会も積極的な動きを見せ始めた。政治参加の方法は様々だったが、当初は、あくまで合法であろうとする点は一致していた。
適性を持つ者の発見と教育。魔法使いになりうる者の裾野を広げなければならない。
一部の国では幼児、児童教育に協会が関われるように法改正された。
そう言った動きに懸念を示したり、はっきりと反対を唱えたりする勢力が現れた。残念なことにどちらの勢力もルールに則ったきちんとした議論ができる者たちばかりではなかった。
MDが来る前に人類は絶滅するさ、と幾度となく繰り返される愚かな行為に呆れた人々はつぶやいた。
健一は数度目になる協会からの手紙を捨てた。手書きで、毎度文言が変わっている。事務的ではない手紙だったが、やはり教育を受ける気にはなれなかった。いくら適性があると言っても、嫌なものは嫌だった。
しかし、仕事が激減した今、逆に調査、研究で人手を欲している協会に入るのは検討しないで済ませられるものではなかった。すでに両親と姉は兼業を考えている。そうなれば健一だけ何もしないではいられない。自分の適性の高さは武器になる。このご時世にそれなりの待遇が保証される。
僕はまた状況に流されるのだろうな、と適性が記載された検査結果を眺め、もう何度目か数えるつもりにもなれないため息をついた。
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