二十一、清算

 結果の説明は父が一人で聞きに行き、また注文された別の店の菓子を土産に帰ってきた。

 それから休憩もせず、すぐに資料を広げて説明を始める。


 あの遺跡と開発派については予想外の事実はなかった。彼らの目的は、魔法使い適性の高い人間を見つけるのではなく作ることだった。本気でそれが人々の役に立つと考えていた。ヒトの新たな進化。魔法を生物としてのヒトに組み込み、新たな段階に進むこと。そのための予備実験だと推定された。


「新たな段階って?」

「魔法が特別じゃなくなるようになる。手足を使うようにだれでも魔法を使えるってのが狙い」

 香織の質問に父が答え、そのまま続ける。


「協会や先生、魔法市民会には証拠付きで告発してきた。こっちは静かにしていたい、波風は立てたくないと伝えてきた」

「本当に害はないの? 小鳥とか植物以外に」

 母は眉をひそめている。想像していても事実と分かったのはやはり不快なのだろう。

「ない。それも調べてくれた。あの遺跡の呪文と増幅器ではそこまではできない。それと、変異された小鳥と植物だけど、子孫までは伝わらないって。開発派もそのくらいは慎重だったみたいだな」

「でも、季節外れにさえずるようになったんならどっちにせよ生殖は難しくなる。一時的に数が減るね」

 健一はそう口を挟み、不快感を隠さなかった。軽率な行為だ。明らかにはされないとは言え、関係者が早期に処分されてよかった。

「軍は?」

 香織が聞いた。

「先生経由で伝えてある。手を引くよ」


「これで一段落ね。健一、それに皆ご苦労様」

 母が土産の菓子を出しながら言った。健一はまたなにか起こるだろうと思っていたが、一段落というのは間違っていないし、しばらく穏やかに過ごせそうなので機嫌よく黙って食べた。


 木島には知らせなかった。あの時の、関わり合いになりたくないという強い意志が頭に残っていた。


 注意深く見ていれば、協会と魔法市民会、そして軍で異動と体制変更があったのに気づくだろうが、それを紐付けられるのはごくわずかな人たちだけだ。事情を知らなければそんなこと気にも止めないだろう。


 仕事はいつもどおりだったが、認可など、協会側の手続きが早くなったように感じる。母や香織は今回の影響だと言っていた。おかげで準備に割く時間が増え、より丁寧な仕事ができるようになったのは助かった。


 なお、あの遺跡は増幅器などが外された後、モリグループが浄化を完了させた。


 モリグループは隣人としてはいい会社だった。慣習や暗黙の了解になっていることまでよく調べて守ってくれる。仕事は標準的で、職人芸的な見事さはないが、役所のように淡々と進めていく。

「悪くないんだけど、味がまったくない」

 香織は辛口に批評する。

「仕事できてればいいんじゃない」

 一方、健一は効率的に手順の定められた作業を高く買っていた。この業界には珍しく第三者機関の認証を取得している。そのくらいマニュアル化されていた。


 いいことばかりではなかった。父が体調を崩し、しばらく第一線から身を引くことになった。もう現場には出ず、事務作業も平日午前中だけにする。それも休みがちになった。決裁などについては香織が父の代行を行うよう組織変更した。

 朝は父の咳き込む声で起こされることが時々あった。そういうときは会社には出てこず、母か香織の車で病院に行った。

 さらに、健一の修行について考え直す必要がありそうだった。このまま健一まで抜けるわけにはいかない。学生のうちに長期休みを利用して短期で済ませてはどうかと、相手の方から提案があり、それに甘えさせてもらうことになった。目の前の冬休みには間に合わないが、来年の春休みと三年の夏休み、冬休みを使う。期間としては二ヶ月と少しという程度だった。


「修行としてはまったく足りないけど、少しでもよその空気吸ってきな」

 仕方ないな、という感じで香織が言い、母が続ける。

「とりあえず、向こうさんの言う通りやってればいい。うちと違うところと同じところが分かればそれだけで勉強になるから」

 健一もそう思っている。このくらいの期間では修行とも呼べないだろうが、ほんの少しでも得るものがあればいい。いや、なにか持ち帰らなきゃ。


 木島さんは今年末引っ越すことになった。新天地で新年を迎える。最終日、皆の前で転校の挨拶をした。寄せ書きが贈られ、写真を撮った。

 健一は、木島さんを囲む輪には加われなかった。友人だと言っておきながら距離をおいていた。

 帰りも、クラスの皆が一緒についていったので話す機会はなかった。一人で枯れ葉を踏んで帰った。


 家で着替えていると、スマートフォンが振動した。画面には木島久美子と表示されている。音声のみだったので、着替え途中の下着姿で出た。

「今、いい?」

「いいよ」

「じゃ、あの木の所にいるから」

 それだけ言って切れた。話ができるかという意味だと思ったので面食らったが、とにかく着替えて出かけた。あの木というのは分かれ道のそばのことだろう。


 日は沈んでいたが、街灯に照らされたそこは思ったより明るく感じた。街路樹が枝だけなので空が覆われていないせいかも知れない。


「ねえ、ちゃんと話しできなかったね。今日」

「うん、皆に囲まれてて、入りにくかった」

「早乙女くんはそういうとこあるよね。引っ込まなくていい所で遠慮しちゃう」

 木島さんは木に寄りかかった。同じように隣にもたれる。そこでは顔が蒼黒い影になって表情がよく分からない。声は普通の調子だった。


「ポスター発表、面白かった。最初は乗り気じゃなかったんだけどね」

 なにを話していいか迷ったので、とりあえず共通の話題のうち、安全なのを出した。

「最初は?」

「うん、途中から自分の仕事に役立ちそうってなると面白くなった」

「そう。浄化の仕事、本気なんだ」

「どういう意味?」

「あたし、なんとなくね、早乙女くんは結局鳥の研究に進むんだと思ってたから」

「研究はやるよ。前にちょっと言ったかもだけど、この分野はアマチュアとプロの境目がはっきりしてないから。それに、よく考えてみれば、どっちかを選ばなきゃってものでもないし」

「二つの内の一つじゃなくて、二つともってことか」

「欲張りなんだ」

 笑い声がした。

「なにもかも手に入れるつもり?」

「欲しいものは。うん」

「友達は?」

「それはものじゃない。相手の気持ちもあるから」

「優等生的回答ね」

「木島さんはどうするの。進学?」

 答えまで間が空いた。

「そうする。まだやりたいことないから、時間稼ぎみたいな進学だけど、もう関西の大学をいくつか候補にしてる」


 少し危ない方向に踏み込んでみようか、健一は迷ったが、優等生、と言われたことに反抗してみたかった。


「お父さんとはその後どう。進学決めたってことはなにか話できた?」

「少しは会話するようになった。顔も見てくれる。書類にサインもくれる。でもまだ壁がある」

 無感情な声だった。

「ごめん、踏み込みすぎたね」

「いいよ。心配してくれてありがと。で、あの件はどうなったの」

 話そうか迷ったが、こっちに誘導したのは自分なので大体のところだけかいつまんで教えた。

「そう。そんな大変なことになってたのか。でも、もう解決したのね」

「収まった。ちなみにあの遺跡はもう無いよ。モリグループが片付けた」

「うちがやらかしたのを処理してくれたのか。感謝」


「引っ越してもさ、連絡してよ」

「返事しないくせに」

「まあ、そりゃ、天気の話だけじゃ答えようがないし」

「話しするのが目的なの。そこらへんわかるでしょ」

「わかるけど、行き先のない話は面倒になる」

「まったく、男って、男なんだから」


 木島さんは木から離れ、道に出た。顔が照らされる。気のせいか。目が濡れているように見えたが、明かりが反射した錯覚だろうと思った。


「じゃ、帰る。行き先のない話に付き合ってくれてありがと」

「いつでもどうぞ。って思ってもいないこと言ったら怒られるな。暇があったら付き合うよ」

「暇あるの?」

 ちょっと考えて答える。

「しばらくはない。色々あるから」

「色々……か。あたしも色々あるな。これから」

「僕ら、ずっと色々あって、暇になる時あるのかな」

「死ぬまで無いよ。多分。だから安らかに眠るって言うんじゃない」


 木島さんは手を降っていつもの分かれ道を帰っていった。それを見送りながら思う。ほんと、色々あって、一段落ついた。これもそのひとつなのだろう。


 冷たい風が吹き付けてきて、耳が痛くなった。

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