十二、青天Ⅰ

 協会内部の動きが公に知られることはまずない。でも、業界には間接的に、かすかな波紋のようにその影響が伝わってきた。

 いくつかの地域や会社では、説明なしに協会の担当者が変わって戸惑っていた。こんなに急激かつ同時に入れ替わるのは初めてだった。

 そして、協会は取材を避けるようになった。公式の発表は最小限になり、報道に対して距離を置くようになった。魔法使いたちは上も下も口を閉ざすようになり、なにを聞いても広報を通すようにと言うだけになった。二千年祭だと言うのに華やかな雰囲気を自ら消そうとしているかのようだった。

 例えば、健一が以前取材に行った博物館の展示入れ替え予定は延期になっていた。協会側の資料提供が滞っているためとのことだった。


 父も母もあの日の交渉については詳細を教えてくれない。それが約束だった。しばらくは沈黙を守ると言う。

「食いちぎったのはどのあたり?」

 冗談を装った健一の問いかけにも答えない。しかし、あの遺物や贈収賄に関わっていた魔法使いはもう表には出てこないだろうとだけ言った。

「じゃ、キジマさんはどうなるの?」

 香織の質問には母が答えた。

「あれ、会社ぐるみじゃないってことで、専務と経理が退職する。ほんとかどうかはわからないけど、それで幕引き。で、人手不足になるからしばらくは休業。急ぎの仕事はうちで引き受ける」


「あの遺物、結局なんだったの」

「それは追求しない。健一、これは絶対だからな。協会との約束で一番重要な部分だ。わたしたちがどうこうできるものじゃない。香織もだぞ。いいか、関わるな」


 木島さんは元気がない。お父さんはどうやら贈賄を知らなかったらしく、信頼していた部下たちに裏切られた点と、娘が探った事実をよそに告げた、つまり、自分も関わっていると思われていた点にかなり衝撃を受けているらしい。ふさぎこんだまままったく話さなくなったと言う。

「合わせる顔もないよ。だって、その通りだから。父さんを犯罪者って思ってたのは」


 ポスターはほぼ仕上がっており、最後に東西区と魔法の今後というまとめを入れれば完成するところまでこぎつけていた。しかし、そこで作業が止まってしまった。

「いっそ、魔法なんて無くなっちゃえばいいのに」

 木島さんは天井を見上げてぼんやりしている。いつもの放課後だったが、ふたりとも仕事をしようという活気に欠けていた。

「魔法制限地区? できないこともないよ。住民投票すればいい」


 魔法については様々な説がある。発表では取り上げないが、少数派の説の中でも否定しきれないもののひとつに、魔法は単なるエネルギーや質量の変換ではなく、ごくわずかずつだがそれらを歪めていくという理論があった。その結果、自然に重大な影響を及ぼすかもしれない。歪めているという測定結果については実験方法や解釈の誤りで片付けられることが多いが、一方でその可能性を重視し、利用を極度に制限すべきだと考える一派がいた。

 かれらは特定地区を魔法制限地区とし、使用を制限、または禁止している。発見された遺物は残されることなく、調査が終われば必ず浄化される。それが正しいかどうかはわからないが、近年、住民投票で勝てる地域が現れたほどの支持を得ていた。かれらの計画が進めば、地区内の遺物はそう遠くないうちにすべて消滅するだろう。


 空は青かった。今日も暑い。木島は首を振る。

「そういうんじゃなくて」

「六千年前まで戻る? それで、魔法発生の原因が何にせよ叩き潰す」

「いいね。そういう小説読んだ。もし魔法がなかったらっていうの」

「どうなるの?」

「大して変わりなかった。今の世界から魔法だけ取り除いた感じ。人の考え方もあまり違わなくて、あんまり面白くなかった」

「そりゃ変だね。価値観とか相当別物になってそうだけど」

 木島は天井からポスターを映している画面に目を戻す。

「そう。基本は恋愛物なんだけど、ふたりが大地震で生き埋めになって、でも助かるの。捜索用の機器と重機が発達してて、魔法なみに素早く掘り出されちゃう。なーんだって思っちゃった」

「それは案外正しいかも。魔法が無いなら無いなりに何とかするんじゃない? 人間は」

「あ、そうかもね。さっきの話、制限地区が特に困ってるってこともなさそうだし」

 取り留めなく雑談は続いた。木島さんはそれに逃げているような感じだな、と健一は思った。くだらない、意味のない話をしている間は、ほんの少し現実から遠ざかっておける。

 でも、そこにある問題は、片付けなきゃ片付かない。心の中でため息をつき、健一は画面を見た。


『東西区は、今後も魔法を利用し、豊かで人間的な暮らしを実現していきます。そのためにわたしたち学生は歴史を振り返り、そこから未来への手がかりを学んでいきます』


 棒読みする。まあいいだろう。これにそれらしい画像をコラージュして終わり、と木島に言った。


「そうね。これでいいか。ご苦労さまでした」

「そちらこそ、ご苦労さまでした。これで大きな作業は完了」


 開けっ放しの窓からこの季節にしては涼しい風が入ってきた。ついでにセミの声が聞こえてくる。

 健一は、その風に髪を揺らしている木島を見、今考えていることが分かればな、と思った。しかし、そんな魔法はない。誰だろうが人の心を直接読むことはできない。だから、人はその言動のみで判断される。

 結局、人間は無数の孤島に分断された存在なのだろう。お互い姿を見られず、声も直接届かないほどの距離が空いている。情報のやり取りは瓶に手紙をつめて流すのみ。


「どうしたの?」

 ほら、木島さんは僕の考えていることが分からない。だから聞く。健一はそう思い、当たり障りのない返事をする。

「帰りにコンビニ寄ってアイス食べながら涼んだらいいだろうなって」

 木島は笑った。

「じゃ、今日は終わりにしようか」

 そう言って、返事を聞かずにデータを保存して終了した。


 空は嫌になるほど青い。どうせ下の人間など気にも掛けていない。それでも、歩きながら塀の影などを見ると、その空の色が反映されて青っぽかった。

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