二、打ち合わせ

「おかえり、ご苦労さん」

 自宅兼会社の会社側から二人が帰ってくると、父が事務の手を止めて大声で言った。母は健一と香織から道具類を受け取った。

 健一は黙って二階の自室に行った。三人はまたかといった感じで目を合わせる。


「そういう時期なんだろうけどね」

 母が言う。

「でも、香織はそんなことなかっただろ」

 父は気楽な感じで言ったが、顔は笑っていなかった。香織が自席でメールをチェックしながらぼやく。

「あいつ、何がしたいのかね、もう高二なのに。別のことがしたいんならとっくに動いてなきゃ」

「決まってないからこそ、いらいらしてるんだよ」

「健ちゃんは決めるのが遅いから」

 母が取り成す。


「修行先は? あたしと同じとこ?」

 香織が話を変えた。父が頷く。

「うん。でもあいつがあの調子だから、まだあちらさんには声かけてない」

「え、遅くない?」

「しょうがないよ。あいつ大学に行きたいみたいだし」

「鳥の研究って、食ってけないでしょ」

 香織が馬鹿にしたように言い、母も同意する。

「それは趣味にしとけばいいのに。バードウォッチングって悪くないと思うけど、ねぇ」


 そう言いながら台所に行き、お茶の用意を始める。香織は健一を呼んだ。

 お茶の香りがする中、不機嫌な顔のひとりを含めた四人はまんじゅうを中心にテーブルを囲み、打ち合わせが始まった。


「来週は三件だけど、うち一件が協会の判断待ち。多分いけると思うけどな」

 父がタブレットのカレンダーを指差す。

「じゃ、いつもの通りあたしと健ちゃんで」

「待って、火曜と木曜は抜けるよ。前にも言ったじゃん。水、木、金とテスト。進路に関わるって」

 香織は湯呑越しに健一をにらむ。

「直前になって詰め込んでも意味ないよ。それに仕事と両立できるくらい要領よくなきゃだめ」

 両親は黙って成り行きをうかがっている。


「俺、大学で勉強したい」

「会社はどうすんのよ」

「三人でまわせるだろ」

 健一はまんじゅうを大きくかじった。そうは言ったが、答えは分かっている。父は一度倒れている。もう無理はさせられない。母が会社を切り盛りし、自分と香織が外に出て実務をこなせば丸く納まる。人を雇う余裕なんかない。まして健一を四年制の大学にやり、食っていけるかどうかわからない研究者にするなど検討するまでもない。姉は修行しながら短大で経営の基礎について学んだ。今は実務と母の助手として帳簿をつけている。

 香織は健一が思っていた通りをそのまま言い、健一は黙ってしまう。

 結局スケジュールは変更されず、予定表の火曜と木曜は健一を含んだまま決定の青色に染められた。


「よし。じゃ、来週もよろしく。で、こっち」

 画面を切り替え、父が母に向かって言う。

「今日先生から連絡があった。やっぱり例外認めるって」

 全員が諦めの混じった苦笑を浮かべる。父が茶のおかわりを注ぎながら続けて言う。

「一地区一社の原則が崩れる。合併に伴う例外的措置」

「じゃ、西の浄化もうちができるってこと?」

 母が、それは変だ、とでもいうような表情をして言った。

「理屈はそうだけど、そうはいかないだろう。厄介事はごめんだし、担当の線引きは旧でするのがいいだろうな。つまり、今までどおりで」

「ならいいんだけど。あちらさん守るかな」

 香織が心配そうにしている。無理もない、と健一も心の中で同意した。タブレットの画面にはほぼ完了した東一区と西三区の合併計画が映し出されていた。そして、それに伴い一地区一社原則に例外が認められる。そうなれば合併後の東西区は浄化会社を二社含む。担当の割り振りをどうすればいいだろう? 前例では合併前の旧地区で線を引くと言うのが一番多かった。

「話には応じてくれないし。どういうつもりかな」

 苛立ちと呆れを混ぜて香織はさらに続けた。父と母は旧西三区の会社――キジマ浄化システムズ――に度々電話やメールをして話し合いの場を持とうとしていたが、のらりくらりとかわされ、いまだに実現していなかった。

「協会はなんて? ていうか、口は出さないか」

 香織は自分で質問して自分で答えを出した。

「うん、政治不干渉だから」

 そう言うと父は茶を飲み干し、そのまま続ける。

「だから、うちはどうするか決めなきゃならない。旧東一区の仕事のみか、東西区全体でやるか」

「相手の出方を待ったら?」

 健一が提案した。続けて、と父が促す。

「とりあえずうちは旧東一区でやって、あっちは旧西三区。それで暗黙の了解が成立するならいいし、あっちが東にも手を伸ばすならこっちも伸ばせばいい」

「伸ばせばいいって気楽に言うけど、どうやるの? 営業なんかできないし、価格競争なんかもっとできないよ」

 馬鹿にしたように香織が言った。

「それは向こうも同じだろ? 会社の規模は変わらないし」

 母が頷いた。

「健ちゃんの言う通りだと思う。価格競争になったら共倒れだから、あっちもそう無茶はしないはずよ」

「なら、話し合いに応じてくれればいいのに」

 香織は不満そうにしている。父は健一から母を見て言う。

「俺も健一の言うのがもっともだと思う。できるだけ揉め事は避けたいし。こっちからは攻めず、相手の出方を待つつもりだけど、どうかな?」

「相手と話もできてないのが不安だけど、そうするしかない、か」

 香織は議事録を打ち込む手を止め、そう言って頷いた。母が手を打ち合わせた。

「じゃ、決定ね。こっちは旧東一区の仕事のみ受ける。あちらには話し合いを呼びかけ続ける。それでいい?」

 三人とも挙手し、香織が記録した。なぜか健一も頭数に入っている。


「健ちゃん、ちょっと」

 母が後片付けをしようと立ち上がった健一を呼び止めた。

「学校、統合されたんでしょ? 西が無くなって」

 健一はまた座った。

「あっちにも高二の娘さんがいらっしゃるんだって。あんた学校で会っても失礼のないようにね」

「分かった」

 何言ってんだ、と思ったが顔には出さない。あれこれ言い合うのが面倒になった。頭を下げていれば何もかも上を通り過ぎていく。それでいいじゃないかと、健一は湯呑を洗って片付けた。

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