江戸

 自称ファン・フリベルがその著書で記したように、江戸まで馬で参上したというのは間違いである。

 実際は馬上の人となったのは由布院あたりまでで、その先は船で水行した。


 船は馬のように疲れたり腹が減ったりする心配がないので、かえって水行したほうが結局早く行き着けるのだ。


 何故彼が馬で参上したと書いたのかというと、その当時は将軍家からの緘口令が敷かれていたものと推察する。

 即位したばかりの家宣公は病気で無くなった綱家公の秘密外交に関してよく把握していらっしゃらなかったのも原因かもしれぬが、家臣より他言無用を言い渡されていたと推測するのは容易なことだ。

 詳細は語るなと、年寄り方から強く言われたのだろう。


 それでも、拙者を無知な者ではないと解したようで、彼はよく話をしてくれた。 

 この男、その著書にもあるように航海には慣れているというか、船の上の方が気勢が上がるようで、それまでの旅行記を忌憚なく話してくれた。


 彼が語る、矮小人や巨人の話を聞いて、その時は、「この男は気が狂っているに違いない」と正直思った。

 ましてや、空を飛ぶ街があるという。


 拙者も学者の端くれである。しかも欧州の文明、文化にはかなり明るい。

 拙者が見聞した中で、街が空を飛ぶなどというなどということは、まるであり得ない。

 欧州の「物の理学」でもそのような発見は見られない。


 拙者は来賓であるフリベルの話すことをおとなしく聞いていたが、内心は辛い航海の為に気狂いになってしまったのだろうと信じていた。



 船が品川に着くと、上様の家臣が待っていた。

 将軍様はすぐにでもラグナグ国からの来賓を迎えたいと賜われたのだ。


 家宣公が即位されたばかりの重大事だというのに、此奴は外国の小事と思ったのか、如何にも軽薄な振る舞いで家臣の命令を了解した。

 この男、気狂いなだけではなく、元来、阿呆な質なのだろうと、その時拙者は確信した。



 品川宿から上様から賜った輿に乗り、お城へ参上した。


 拙者はこの異国人に、譬えどんな貧しい者の家に上がる時でも、履物は必ず脱がねばならぬとか、上様と謁見する時は土下座して決して頭を上げてはならぬ、等と、毛唐に忠告すべきことは全て話して聞かせた。


 こやつの働いた無礼で拙者まで切腹を言い渡されたら、堪ったものではない。


 しかし、上様とフリベルの謁見は信じられないほど円滑に行われた。


 なんと、上様はフリベルの世迷い言と思える絵空事を真摯に聞いておられたのだ。


 拙者は目をむいて驚きおののいたが、上様がおっしゃるには、先の将軍は宋や呉、越は元より御露西亜おろしあ国(ロシア)まで註5にも忍びの密偵を配していたそうだ。


 徳川家は鎖国はしたものの、諸外国からの攻勢に常に注意を払っていたそうだ。

 勿論、このことはその時は他言無用の秘密だった。吉宗様の世となった今でこそ書きしめられることだ。



 家宣様のおっしゃられることには、綱吉様が秘密裏にやっておられたこのような外交対策に関してはあまり引き継ぎがなされていないようであった。

 しかし、綱吉様の祭り事は確かなものであり、フリベルの話は綱吉様が残した数少ない書の内容と完全に一致するそうだ。


 拙者は将軍様があの阿呆の戯言を真摯に傾聴されているのを見て目がひん剥くほど驚いてしまった。


 中でも、フリベルが船上で拙者に話してくれた、あの空を飛ぶラプタ(英吉利語ではラピュータと発音するのであろうか)に対して強い関心を示されておられた。


 それだけではない。なんと、上様はフリベルを退出させた後、拙者にラプタを空に浮かす謎の石を見つけて来いと命じられたのだ。

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