グラヴィティ・ジェネレート

ALT_あると

0章 新たなる学校生活

 四月の乾いた春風が肺の中を通り抜ける。

「すぅ……はぁ……」

 新たなる学校生活の始まりを前にして、緊張というよりは、むしろワクワクしていたくらいだった。新調した生徒手帳を開いて、改めて学校の名前とクラスを確認しておく。

『アスカ高等学校 2年1組 神代統吾』

 何度見ても大げさな名前をしている。

 別に好きなアイドルや芸人がいるわけじゃないし、よく曲を聴いたりよくテレビを見たりすることもない。特技なんて人前でできるようなものもなく、特筆するなら、特筆することがないことくらいに、なーんもない人間だ。

 そんなオレなのに、名前だけは本当に大げさだよな。

 同じ制服を着た生徒たちは学校を流れる血液のように門へと吸い寄せられていく。

 その集団と一つになるかのように、オレは一歩を踏み出した。

「行くか!」


「えっと、2年1組の教室はどこだ……?」

 玄関で上履きに履き替えて、おそらく迷子になって廊下をうろうろしていると、いつの間にか周囲に生徒はいなくなっていた。

「マズイ……急がねーと遅刻するぞ……。初日から遅刻は印象悪くなるよなあ……」

 オレがそんな風に頭を抱えていると、自動販売機に飲み物を買いに来たのか、愉快に会話をしている三人組の男たちが階段から降りてきた。

 ちょうどいい。初対面で話しかけるなら女よりも男の方が話しやすいと思っていたところだ。

「あ、あの! ちょっと聞きたいんだけどさ! 2年1組の教室ってどこにあるか教えてくんね?」

 少しだけ声を張り上げて三人組を引き留める。

「は?」

 三人のうちの一人が、急に睨みつけてくる。

 ブレザーの着こなしが適当で、髪型も少し遊ばせている。

「『は?』?」

 できるだけ愛想よくしたつもりだったのだが、何か癪に障ったらしい。

 さすがに馴れ馴れしすぎたか……?

「なんだよ、お前2年生?」

「え? まーそうだけど……。でー、教室はどこよ?」

「俺たちのことバカにしてる?」

 ここまで会話していた男とは別の男が、顔を乗り出してきた。

「そういうつもりはないんだけど……」

「じゃあなんなのその態度?」

 ついには三人目の大人しそうな男まで食って掛かってきた。

 なんだなんだこの三人組は!? まさかまさかのヤンキーなのか? 初日でオレはカツアゲでもされんのかよ。

「なんなのって言われても、オレ、こういう質だし……」

 ピキっと、正面の男の青筋が立つ。

 どのようにして取り繕えばいいかわからず、オレは固まってしまった。

 どーしよ……この学校にヤンキーがいるなんて聞いてねーぞ。

 そうしてしばらく沈黙続いた後、四人目の声が上がった。

「あ、あの先輩方!」

 弱弱しい声が発せられた方向に、一斉に三人組は振り返る。

 そこには、目元が隠れるほどに髪の毛を伸ばし、中肉中背の見るからに弱そうな男が突っ立っていた。

「本当に申し訳ありませんでした。こいつには僕から注意しておくんで、今回は許してください」

 弱そうな男は、まるで上司に謝る部下のようにペコペコと何度か頭を下げた。

「いや、別に怒ってたわけじゃ……」

 畏まった態度をとる男を見て、顔を合わせている。

「とりあえず行こうぜ。授業遅れるぞ」

 一連の最中に自動販売機でペットボトルジュースを買っていたらしい一人が、二人の元に合流する。

「そうだな」

 もともとの目的は果たしたといった感じで、そのまま三人組は階段を上がっていった。

 助かった……のだろうか?

 とりあえずカツアゲはされずに済んだようだ。

「サンキュー助かったわ」

「助かったわ、じゃないだろ。何やってんだよお前」

「なんだよ、オメーもオレからカツアゲする気かぁ?」

 さっきの三人よりは余裕で勝てそうなので、今度は強気に出てみる。

「カツアゲ? そんな話は関係ない。お前さ、誰と話してたかわかってるのかよ」

「誰って、アスカ高校の生徒だろーが。2年1組の教室がわからなくて聞こうと思ってたんだ」

「そういうことか……」

 よわ男は、やれやれといった態度で頭を抱えた。

 自分より弱そうな相手にそういう態度を取られるとなんだかムカつく。

「あのな、あの三人はお前が後輩だってわかってたんだ。だから怒ってたんだよ」

 後輩……?

「どうせ覚えてないだろうけど、先輩は青いネクタイをつけていたろ。青っていうのはこの学校では3年生の学年カラーなんだ。1年生は緑。で、俺とお前がつけている赤が……」

 よわ男はオレが首元にぶら下げているネクタイを指さした後、自分のものをくいっと引っ張って強調する。

「――2年生ってことか! ってことは、オレとお前は同級生ってことか!」

「まあ、そうだな」

 お前と同級生なのは正直ごめんだけどな、みたいな顔をする。

 こういう反応をされるのは今までも何回も経験してきたから慣れていた。

「じゃあさ、教えてくれよ同級生クン。オレは2年1組に行きてーんだ。実はオレ……」

「――知ってるよ。転校生なんだろ」

 さっきのお返しと言わんばかりに同級生クンが割って入ってくる。

「先生が心配しててな。お前を迎えに行くように言われたんだよ。あと、同級生クンじゃない、ちゃんと名前で呼んでくれ」

 そして、ただのよわ男でも同級生クンでもない男は名乗った。

「吉祥叶真だ。よろしく」

「神代統吾! よろしくなー吉祥!」

 オレは感極まって吉祥の肩に組み付いた。

「なんかあれだわ。お前とはいい友達になれそうだぜ!」

「……そりゃよかったねー」

 吉祥が面倒くさそうな態度をとってきたが、それでもオレは構わなかった。

 そういう反応をされるのも、オレは慣れていたからだ。


「ところで神代。唐突だけど、お前、入る部活とか決めてあるのか?」

 並んで廊下を歩いていると、思い出したように吉祥が顔を上げた。

「いやー特には……。放課後に軽く見学でもしよっかなーっていうのはあるけど」

「おーそうかそうか!」

 すると今度は鼻を鳴らす。

「だったらお前に紹介したい愛好会があるんだよ」

「愛好会ねえ……」

 それってあれだろ? 本当は部活として活動したいけど、部員が少なくて、なんとか愛好会として存在してるっていう……。つまり碌な愛好会じゃない気が……。

「なんていうんだよ」

 そこで吉祥はありったけの空気を吸い込むと、

「活動実績貢献愛好会! きっとお前も気に入るはずだ!」

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