浮上 巨大空中要塞サラマンダー

 数百メートル級の連山を背景に、その元には堅牢な石造りの城門にぐるりと囲われた大都会が存在した。

 炎の精霊サラマンダーを信奉する、この大陸随一の国力を誇る”シュターゼン国”

本来は国を治める”シュターゼン家”の庇護の下、様々な人が往来して、反映している筈のその国は、町中に配置された兵士達によって物々しい雰囲気に包まれている。


 そんな国の中心に聳え立つ、高い鐘楼(しゅろう)が中心に立つ重厚感のある城がガラガラと崩れ始めた。

まるで見えない巨大な腕が鐘桜を握りしめ引き抜くように、城と大地が浮かび上がる。


 浮かび上がった城は不要な土や岩を閑散とした城下町へ無遠慮に降り注ぐ。

 そして浮上した城の随所には”五つの真っ赤な炎”が上がった。

全身武装の騎兵を乗せた、黒々とした飛竜が次々と城へと舞い降りる。


 その様子を見た、シュターゼン国を手中に収めた独裁者は邪悪な笑みを浮かべる。

禁断の”魔”の力を手に入れて、デーモンのように角を生やした細面の男”マリオン=ブルー”は邪悪な笑みを浮かべる。


「閣下、ドラゴンライダー大隊到着いたしました。五体のイフリートからの魔力供給にも問題は無く、当空中浮遊要塞”サラマンダー”は順調に稼働中です」


 側近の男が傅き報告を述べた。


「第三皇女以下、ピクシーの連中はどうなんだい?」

「現在、彼奴らの拠点へイフリートゼクスを含む討伐隊が進行中です。ゼクスの力を持ってすれば、ピクシーの壊滅は必至かと。もし壊滅に至らずとも、サラマンダーの侵攻を防ぐための戦力は削ぐことができます」


 本来、最強のイフリートたる”ゼクス”は、この空中浮遊要塞サラマンダーと戦力の双璧を成す存在だった。

しかし先日、垣間見た”炎のトカゲ”の存在を危惧し、マリオンは敢えて、戦力の中心たるゼクスをピクシー解放戦線の討伐へと差し向けていたのだった。


(本当の炎の精霊がいるものか。おそらく、アレはファイヤードラゴンの幼体か、変異種に違いない。だったら、火属性強化の能力を持つ最強のイフリートのゼクスが負ける筈はない)


 それに”迷宮都市マグマライザ”を攻め落とすには今に機会を置いてなかった。


 都市でありながら高度な技術力を有し、一国の力に匹敵する迷宮都市マグマライザ。

そんな強力な都市は過日、迷宮深層部から現れた”魔竜”によって半壊し、都市運営がやっとの状態だと聞く。


 中心国家である”シュターゼン国”を手に入れた今、更に強力な”迷宮都市マグマライザ”さえ手中に収められれば、この炎の大陸を掌握したも同然。

後に、その力を使って各大陸へ侵攻し、全てを蹂躙し覇を唱える。

それこそが五貴族の末席というだけで、長い時の間蔑まれた”ブルー家”に生まれてしまった彼の大願であった。

 その為に人としての生を捨て、魔へ魂を売り渡したのだ。


マリオンは自らの内から湧き上がる野望と、その先にある栄えある未来に希望を抱いて玉座から立ち上がった。


「シュターゼン国全兵士に告げる! 目標は迷宮都市マグマライザ! かの都市を落とし、我らが力を盤石のものとして、世界へ覇を唱えるのだ! 空中要塞サラマンダー、全軍、進軍開始ッ!」



●●●



「以上が鎧移送の過程で我々が入手した情報です」


 迷宮都市マグマライザよりの使者、ドワーフの好青年のショーター=マクシミリアンの絶望的な報告から響く。


 空中浮遊要塞サラマンダー。

炎の精霊と同じ名前持つ巨大な要塞は、他国の侵略はもとより、幻想の森に生息する破壊の化身:地龍(アースドラゴン)を迎え撃つものであった。

城壁に満載された魔力砲台と、強固な障壁は天災級とも恐れられる地龍(アースドラゴン)の成体とも、互角に渡り合える力を持つという。

 加えて、残り五体のイフリートに、この世界では指折りの航空兵団と言われる”竜騎兵(ドラゴンライダー)隊”の存在は、話を聞いているだけで驚愕に値するものだった。


兵士達に交じってそんな話に傾注していた俺は一瞬”これ結構無理ゲー?”と思ったり。

トカゲ形態の俺を肩に乗せている杏奈も、息を飲む。


しかしその話を聞いても、駐屯地の中央にある広場に集まったピクシー解放戦線の兵士達の顔に絶望の色は全くなかった。


 その所以とも言えるのは、ショーターより解放戦線へ送られた”特別な鎧”にあった。


『マクシミリアン式鎧』


 迷宮都市マグマライザの中心である”ヤタハ鍛造所”というところに所属する名工ローリー=マクシミリアンが考案し、開発した装甲全体へくまなく”畝(うね)”が浮かんだ鎧である。

 この鎧の効果は絶大らしく、軽量でありながら防御力に優れ、更に装着者の魔力を誰でも5倍以上に高められるという。


数では圧倒的に不利な解放戦線にとって、最高の装備品である。

更に頼もしいのが、マグマライザより駆けつけたドワーフの戦士たちの存在だった。

 ドワーフらしく背は小さいが、屈強な体つきに、立派な髭。

重そうな鈍器や斧を持つ、ショーターの連れて来た数百名はくだらない戦士たちは、こうして傍に居るだけで頼もしいことこの上なかった。


 それでもピクシー解放戦線とマリオン軍との、戦力差は歴然としている。

しかしそれでも解放戦線の兵士達に諦めの色は微塵も見えなかった。


「姫様、お願いします」


 ユウに促され、ニムが壇上へ上がってゆく。


 いつもはどこか間が抜けていて、子供っぽい印象のニム。

しかし今の彼女は凛然とした雰囲気を纏って堂々と壇上の中心に着いた。


「良いか皆の者! いよいよ時は来た! 今こそ、我らが祖国シュターゼンを、邪悪なマリオンより取り戻す時である! 案ずるな、我らにはマグマライザの鎧が、屈強な戦士たちが、君たち歴戦の猛者が! そして国民の希望である炎の巫女と、その守り神であらせられる炎の精霊サラマンダー様がいらっしゃる! さぁ、行こう! そして戦おう! 私たちの手で、帰るべき国を取り戻すんだ!」


 ニムの宣言が響き、兵士達は次々と勝どきを上げた。

解放戦線の駐屯地はこれまでにないほどの熱気と活気に包まれ、明らかに戦意を高揚させる。


【炎の巫女】である杏奈と、【炎の精霊】の俺サラマンダー。

俺達の存在はニムを始め、解放戦線の面々に圧倒的な力を予感させ、勇気を与えているのが良く分かる。


「……」


 そんな中、杏奈は俺の横で一人茫然としていた。


(肩が震えてるけど、やっぱプレッシャーに押されてるのかな?)


 きっと、ついこの間まではただの女子高生でしかなかった杏奈にとっては経験したことのない状況なんだろう。

勿論、俺も何だが、精霊に転生したためか、はたまたこれまでの戦いで自分の実力が十分に理解できたからなのか、あまり緊張というものを感じない。


(杏奈、大丈夫。俺が傍に居るから。何があっても俺が君を守るから)

「トカゲ……」

(それに俺が傍に居れば杏奈はとっても強くなれるでしょ?)


 杏奈の身体から緊張が抜け、肩の上の俺を見つめながらしっかりと首を縦に振る。


「杏奈よ、お主はこの日のために炎の巫女として召喚されたのじゃ」

「ひゃっ!?」


 杏奈は驚いて踵を返す。

後ろには夕べから姿が見えなかった杏奈のお師匠様こと”大魔導士の老婆”が居たのだった。


「お師匠様、ずっとどこに?」

「なに決戦がそろそろかと思っての、強力な助っ人を呼びに行ってたのじゃ。後で合わせてやるぞい。それよりも……」


 お師匠様は鋭い目つきで杏奈を見上げる。

しかし杏奈は臆することなく、お師匠様を見た。


「覚悟はできておるな? これから先、恐らくお主が経験したことのない戦いが起こるじゃろう」

「大丈夫。だって、私にはトカゲがいるから! 何も怖くない!」

「焔 杏奈もヤル気みたいだね! でもくれぐれも足を引っ張らないでね?」


 気づくとニムがペタこな胸を張って、横に立っていた。

すると杏奈はニヤリと笑みを浮かべて、


「ニムよりも活躍するよ、きっと?」

「ムッ! 私の方が強いもん! 絶対私の方が活躍するもん!」

「いや、私」

「私だもん!」



 成り行きでサラマンダーに転生した俺。

しかし杏奈の宿命、ニムの国を救うためだったら、力は惜しまないと心を決める。


だが敵は五体のイフリートに竜騎兵隊、そして俺の名前を勝手に使った空中浮遊要塞サラマンダー。

さすがの俺でも今の状態で、その全てを相手取るのは無理がある。

だったら取るべき手段、それはそれぞれの戦力を各個撃破することに尽きた。



(ねぇねぇ杏奈、ユウ団長に伝えたいことがあるんだけど! 代わりに話して貰っていい?)

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