炎のカレー対決【後編】

 そんなこんなで俺を(?)かけて、炎の巫女 焔 杏奈と、シュターゼン国第三皇女ニム=シュターゼンとのカレー作り対決の火ぶたが切って落とされたのだった。


 食材に真っ先に飛びついたのはニム。


 彼女が手に取ったは艶やかで瑞々しい”鶏のむね肉”のようなもの、飴色の皮が美しい”玉ねぎ”っぽいもの、そして燃えるように赤い”トマト”的なものだった。


 まずニムは玉ねぎっぽいものを手に取って、手慣れた様子でぺりぺりと飴色の皮を剥いでゆく。

やや緑色がかった白色の中身をまな板のうえに置き、そして何故か包丁を逆手に構えた。

そして玉ねぎをひょいと宙へ放り投げる。


「てやあぁぁぁぁ!」


 包丁の刃が空中に鮮やかな軌跡を描いて行く。

鋭いニムの包丁斬撃は一瞬で玉ねぎがみじん切りになり、既に火にくべられ、油が温まっている鍋の中へハラハラと落ちていった。


「凄い!」


 思わず俺がそう云って拍手を送ると、


「えへへ。待っててくださいね。私の想いがたくさん詰まったカレーをご馳走しますね」


 晴れ渡るようなニムの笑顔に、俺の心臓が胸筋の奥でドキンと跳ねあがる。


(これも、なんにか新妻っぽいなぁ……)


 しみじみサラマンダー転生のありがたみを感じつつ、手際の良いニムの調理の様子に俺は吸い込まれてゆく。


 

 鍋の中の玉ねぎっぽいものにすっかり火が通って、香ばしい香りが上がった。

ニムが僅かに水を差すと、ジュワっと軽快な音が鳴る。

そうして炒めて行くと、なんということか、玉ねぎが皮と同じような飴色になったではないか!


(へぇ、飴色玉ねぎってこうやって作るんだ)


「とりゃぁー!」

「ッ!?」


 突然ニムは気合一杯に叫んで、トマト的なものを容赦なく握り潰した。

ちょっとスプラッター的な絵ずらだったが、ニムは気にせずトマト的なものをグニグ二握りつぶす。

そして丁寧に皮を除いて、無残にも真っ赤なペーストとなったトマト的なものを、飴色玉ねぎっぽいものの中へ流しいれた。

最初は真っ赤だったトマト的なものが、飴色玉ねぎっぽいものと混ざり合って、だんだんとカレーのように茶褐色へ変化してゆく。


「ユウ、あれを!」

「ははっ! どうぞ姫様!」


 ニムの声に従って颯爽と姿を現したユウが、小さな赤い缶を差し出した。


「ニム、それってカレー缶?」

「良くぞ聞いてくださいました、精霊様! これこそシュターゼン王家に代々伝わる秘伝の調合スパイス!」

「いや、だからそれってカレー缶……?」

「待っててくださいね、あと一息ですから! シュターゼン王家に代々伝わる最高のカレーをお出ししますね!」


 とニムは俺の話など全く聞かずに缶を蓋を開けて、黄金色の粉を鍋の中へぱっぱと振りかける。

途端に香り始めるなじみのあるスパイシーな香り。

それはまさしくカレーそのもの。


(そういえば杏奈は調理してるのかな?)


 そう思って視線を傾けると、


「……」


 杏奈はずらりと並んだ食材の前に突っ立っているだけだった。


(ルーなんてものは……無いか。カレー缶が王家秘伝のスパイスだから、あそこにはなさそうだし。カレーなんてオーダーは杏奈には悪いことしたかな……)


 その時、杏奈はおもむろに赤い粉の詰まった小瓶を手に取り、匂いを嗅ぐ。

指でつまんで一口舐めると、納得したかのように首を縦にふった。

そうした行動を繰り返し、真っ赤な粉、黄金の粉、茶色の粉、そしてやや目が粗い褐色がかった粉の入った瓶を選び出す。


「……行ける!」


 杏奈が動き出した。

手に取ったのはニムと同じく”玉ねぎっぽいもの””トマト的なもの”青々とした色合いが美しい”枝豆に近いもの”

そして粗びきの”挽肉”だった。



 杏奈は玉ねぎっぽいものの皮をむいて、細かく刻み始めた。

ニムのような超絶調理技はない。しかし手慣れた包丁さばきで玉ねぎっぽいものは細かく刻まれてゆく。

良く炒められたソレは差し水で飴色へ変化して、潰したトマト的なものペーストを流し込む。

だんだんと真っ赤なペーストが飴色に染まってゆく。


「トカゲ! 辛いの好き!?」

 

 気合の籠った杏奈の真剣みを帯びた問いが聞こえ、



「は、はい! だ、大好きであります!」

「わかった」


 俺が背筋を伸ばして答えると、杏奈はまず”赤い粉”の入った小瓶を手に取り、一振り、二振り。

次に黄色い粉、茶色の粉と振って行く。香り始める鼻をくすぐるスパイシーな香り。

何となく”カレー”の匂いに近いような気がする。

しかし何かが足りない。決定的な何かが。


 杏奈は最後に”目の粗い褐色がかった粉”の入った小瓶を手に取り、鍋の中へ振りかけた。

とたん、ぶわぁっと、勢いを増す、なじみのあるスパイシーな香り。


「こ、この香りは……お前、私の王家秘伝スパイス盗んだだろ!? いつの間に!?」


 まるで俺の心を読んだかのようにニムが代弁する。

しかし杏奈は臆することな木べらを鍋の中で動かしながら、


「そんなことしてない。ただ私はあったスパイスを混ぜただけ」

「えっ!?」

「鍋、焦げるよ?」

「うわぁっ!?」


 ニムは慌てて自分の鍋へ向き直った。


 杏奈は鍋へ”挽肉”を加え、ニムは均等に切り揃えた”鶏のむね肉”っぽいものを加え、スパイシーな香りを放つペーストと絡める。

最後に水を注いで煮込み、塩を振って味を調える。

そして炎のカレー調理は終局を迎え、香ばしい香りを放つ二つのカレーが俺の前へ供出された。


「おお、肉がたっぷりで旨そうだ!」


 ニムが完成させたカレーを前にして、俺は思わずそう叫ぶ。


 食べ応えがありそうなごろっとした肉。余分なものは一切入っておらず、シンプルだが、それがまたいい雰囲気だった。


「我が国特産のコカトリスのモモ肉をふんだんに使ったカレーです。どうぞお召し上がりを!」

「いただきまーす!」


 ニムの愛らしい笑顔を隠し味に、ルーによく絡んだコカトリスの肉をご飯と共にパク、モグモグ。

ごろっとした肉の食べ応えには満足感があり、なじみのあるカレーの香りは、とても安定感があった。



「美味!」

「シュターゼン国の王家に伝わるスパイスと、特産のコカトリスです! 美味しいのは当然です!」


 次に俺は杏奈のカレーに目を移す。


(ひき肉を使っているから、キーマカレーだっけ?)


ボリューム感のあるニムのコカトリスカレーと比べれば、杏奈のキーマは少し貧弱なように見えた。

適所に盛られている皮をむいたエメラルドグリーンの”枝豆に近いもの”は目を引くが。

正直なところ、見た目ではニムのコカトリスカレーの方が一歩先を行っている。


「では……いただきます」

「どうぞ」


 やっぱりリザードマンの俺が嫌なのか、冷ややかな杏奈の視線で少し食欲を減退させながら、パクモグモグ。


「こ、これは……!?」


 まろやかなひき肉の味がじんわり舌の上で広がった。

ルーだけでは食感という点で物足りなさを覚えたが、そこに登場したるは青々しい豆は随所に見え隠れしている”枝豆に近いもの”の存在。

独特のコリっとした食感が口当たりにアクセントを与えて、飽きさせない。

よく見て見れば茶色一色のカレーの中で、鮮やかな色彩を放つ”豆”の存在は、美しさすら覚える。

そして何よりも群を抜いているのが、


(なんだと……! 俺の予想を圧倒的に超える、この香しいほどのスパイシーな香りは!!)


 味は辛い。確かに辛い。

しかし挽肉の旨みが辛さとマッチし、豆の食感で僅かに辛味が浄化され、一口、もう一口とついつい口を運んでしまう。

舌は辛味でヒリヒリしているが、それでも俺の腕はスプーンを離さず、目前の偉大な食物をどんどん平らげて行く。


「トカゲ、美味しい?」


 杏奈は妖艶な笑みを浮かべながら囁くように聞いてくる。


「美味い、美味い! GAAA!」

「良かったぁ」

「そ、そんなこと! 精霊様、少し失礼します!」


 匙を握ったニムは杏奈のカレーを口へ運ぶ。


「あっ……な、なにこれ!? なんでこんな味が……!?」

「ふむ、確かに。辛味と旨みの調和。豆の食感を追加することでのアクセント、素晴らしい出来ですね」


 ニムもユウも素直に杏奈のカレーの美味さを認めていた。



「す、凄いな。しかもルー無しで、カレーが作れるだなんて……」

「料理得意! 特にカレー!」


 杏奈は”赤い粉””黄色い粉””茶色の粉””やや目の粗い褐色がかった粉”の入った小瓶を机の並べる。


「レッドペッパー、ターメリック、コリアンダー……で、クミンがあれば基本的なカレーできる! あとシナモンとかあれば最高! できればローリエも欲しかったけど、それはよくわからなかった」


 もはや何を言っているのか全く分からなかったが、とりあえず杏奈が”お料理上手”ということは確かに伝わったのだった。


「それで精霊様、勝者はどちらで?」


 ユウの冷静な一言に、


「そりゃ、まぁ……杏奈」


 そう答えるしかなかった。

杏奈はニヤリ笑みを浮かべ、対するニムはがっくり肩を落とす。

しかしニムはすぐに顔を上げて、勝ち誇る杏奈を見上げた。


「くっ……負けないもん! 次こそは絶対に負けないもん!」

「かかってくる。また返り討ちにする」

「むきー! むかつく! 焔 杏奈のバカ―!」

「バカって言うやつがバカ」

「そんなことないもん!」


 喧喧轟々とニムが食って掛かり、杏奈があしらう。

どこからどう見ても喧嘩をしていんだけど、何故か俺はそんな二人の光景が微笑ましく見えた。

すると俺の隣にいたユウも微笑ましそうに、二人のことを見つめていた。


「ユウ殿、ニムが負けたのに嬉しそうですね?」

「ええ、まぁ。姫様のあのような御顔は初めて見ましたから」

「そうなのか?」

「はい。第三皇女殿下ですからね。巫女様のように、ああして姫様へ普通の女の子として接してくれる方はいませんでしたから。巫女様だからこそ、許されることですけどね」


 普段は凛然としているユウが、柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「お前、結構負けず嫌い?」

「そうだよ! 悪い!」

「ちょっと、うるさい」

「むきー!」


 杏奈も口は悪いが楽しそう。ニムも怒ってはいるが、どこか素直なように見えた。


(良いな、こういう風景)


 と、和みつつも俺はいつでも振り返れるように背中へは神経を回していた。

ユウも全く一緒なのか、密かに腰に差した剣の柄へ手を回している。



「やっぱ気づいてます?」

「ええ。精霊様こそ流石です」

「いえいえ、野生の勘って奴ですよ!」


 俺は爪を伸ばし、ユウは素早く抜刀して踵を返す。

瞬間、突き進んでいた”火矢(ファイヤーボルト)”が両断され、溶けて消えた。


「姫様、巫女様、どうやら敵のようです! 来ますっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る