幻想の森の守護者【後編】

青い炎のような体で、頭部に不気味で巨大な目玉の巨人。

エレメンタルジン。

どうやらこの幻想の森の守護者らしい。

 ゴブリンやドラゴンだったらなんとなくどんな攻撃を仕掛けて来るか想像がつく。

しかし相手は見たこともない相手だ。


(様子見で痛い目にも合いたくないし、最初から飛ばしていきますか!)


俺はつぶらな瞳で杏奈を見た。


「杏奈、ソウルリンクをしよう!」

「んー?」

「ほら、この間地龍に襲われた時、飛竜(ドレイク)になったじゃん」

「おー!」


 杏奈はようやく思い出したようだった。

あの明らかにチートな力を使えばどんな強敵だってあっという間に倒せる。


『ヌゥーン』


 エレメンタルジンが木管楽器(トロンボーン)のような唸りを上げて、一歩を踏み出し、前進を開始する。その時既に、俺と杏奈は赤く発光していた。


「「ソウルリンク!」」


 言葉と魂を重ね、俺達は一つになるための呪文を叫んだ。

瞬間、小さな俺の身体が”カッ”と真っ赤に輝き、周囲を明るく照らし出す。


 エレメンタルジンは驚いたのか、足を止めた


(さぁ、覚悟しやがれ、ボスキャラ!)


 しかしすぐに発光が収まり、まるで何事も無かったかのような静寂が流れた。


「あれ……?」

「んー?」」


 結局、俺と杏奈には何の変化も訪れず、仲良く揃って首を傾げる。


(そういや”炎に応じて……”なんて注意書きが……もしかして飛竜(ドレイク)に変身するにはたくさんの炎が必要!?)


『ヌゥーン!』


 エレメンタルジンは岩のように巨大な拳を叩き付けて来る。


「ひゃう!」


 杏奈は驚くように飛び跳ねて、なんとか拳を回避した。


「ファイヤショット!」


 杏奈は振り向きざまに杖を振って、バレーボール程度の大きさの火の玉を放つ。

例の如く俺からの恩恵である”火属性強化”はきっちり発動中だった。

しかし強化された杏奈のファイヤショットはエレメンタルジンに命中するも、それだけだった。

どうやら威力が足りないらしい。

だったら、と俺は杏奈の肩から飛び降りた。


「トカゲ!?」

「大丈夫だ、ここは俺が!」


 遥かに巨大なエレメンタルジンを見上げ、息を吸い込む。

息は喉の奥にある炎を激しく燃やす。

噴き出しそうなソレを、俺は必死に堪えて口の中で丸めて行く。


「GAAA!」


 獣のような咆哮と共に、杏奈のファイヤショットよりも遥かに赤く、マグマのような熱を放つ、ファイヤーボールを放った。

真っ赤な火球は”ドンッ!”という発破音と共にはじけ、エレメンタルジンを包み込む。


俺はすかさず”熱探知”を爆炎の中に沈んだエレメンタルジンへかけた。

 ファイヤーボールの真っ赤な反応が次第に弱まり、その奥から僅かに緑色で巨大な熱の反応が現われる。


 少し予想はしていたけどエレメンタルジンは未だ健在だった。


(魔法攻撃全般がダメか。でもこういうボスって……)



『ヌゥーン!』


 今度はこっちの番と云わんばかりに、エレメンタルジンは拳を繰り出す。

俺と杏奈は二手に分かれて、辛くも飛び跳ねて拳を回避する。

 その間に空気と魔力の充填を終えていた俺は、着地と同時に口先を尖らせ、エレメンタルジンを見上げる。


 肺から空気を押し出すと、細まった口先から激しい熱が宿ったファイヤーボルトが放たれる。

それはエレメンタルジンの中にある唯一の頭部の特異点へ突き進んでいった。


『ヌン!?』


 巨大な目にファイヤーボルトが当たったエレメンタルジンは僅かに仰け反った。

もっとも、寸前で魔力障壁を張って威力を減退させていたようで、ダメージはほとんどなさそうだが。



(物理で殴るか。なるほど)


 たぶんエレメンタルジンに魔法攻撃はほとんど聞かない。

唯一の弱点は頭の目玉で、しかも物理攻撃のみ有効。


(俺の物理スキルは:ひっかく のみ。これじゃあさすがに無理があるよな)


 その時、はたりと思い出す。

先日、杏奈が放った鮮やかなストレートパンチのことを。

 

(やってみるしかないか。わざと森を燃やして炎を作る訳にはいかないし。迷ったら前に進め。そこに道はある!)


 俺は四つん這いで走り出す。

そして、未だに悲鳴を上げながら必死にエレメンタルジンの拳から逃げ回っている杏奈の方へ舞い戻った。


「杏奈、君は物理で殴るは得意!?」

「ふへ!? 何!?」


 杏奈は飛んだり、跳ねたりして回避行動を取りながら、一生懸命応えてくれた。

激しく動ているので、当然のように二つの立派な胸はぽいんぽいんと上下に振れる。

ついついそこへ視線が行きがちだったが、今はそんな場合ではない!


「コホン! パンチが得意かと聞いているんだ!」


 気を取り直してそう聞くと、


「たぶん、得意!」


杏奈から力強く自信に満ちた返答が来た。


「よぉし、じゃあその得意なパンチをあのボスキャラに叩きこんでやろうぜ!」

「でもどうや……ひゃ!」


 エレメンタルジンの会心の一撃が地面を抉り、俺と杏奈はふわりと吹っ飛ぶ。

しかし杏奈はブーツの踵を立てて急制動を掛けて体勢を整える。

そして恐れることなくエレメンタルジンを見上げた。


「わかった、トカゲのいうこと聞く。どうすれば!?」

「杏奈はまっすぐ走ってアイツの頭をぶん殴ることだけ考えてくれ。他は俺に任せろ!」

「分かった! トカゲを信じる!」

「よぉーし、突っ込めぇ!」

「うん!」


 杏奈は地面を蹴り、そして走り出す。

きっちりとした走るフォームは美しく、効率よく空気を流す。

元々運動神経は良い方なのか、杏奈はエレメンタルジンへ向けて颯爽と駆けて行く。


『ヌゥーンッ!』


 エレメンタルジンを形作る青白い炎が激しく燃え上がる。

そして蒼く燃え盛る炎の球が俺と杏奈へ目がけて降り注ぐ。


「こんなもの! 落ちろぉ! GAAA!」


 俺は熱探知と、何故か向上している”空間認識能力”を最大限に活用して、降り注ぐ青い炎をファイヤーボルトを放って打ち消してゆく。

 猛然と掛ける杏奈の頭上では赤と青の炎が交互に爆発する。

それはまるで花火のように綺麗で鮮やかだった


「膝を思いっきりまげて! 飛ぶよ!」

「ッ!」


 言われた通り杏奈は膝を深く折り、そして胸をぽいんと揺らしながらジャンプした。

瞬間、片の上に乗る俺は杏奈の背後へ思いきりファイヤーブレスを吐きだす。

 火勢は杏奈のジャンプを勢いづかせ、彼女を一気に空高くまで押し上げた。


(名付けて、ブーストジャンプ! そのまんまだけどな!)


『ヌンッ!?』


 空高く舞い上がった杏奈をエレメンタルジンはただ見上げることしかできない。

そんな奴を見て、杏奈はにやりを笑みを浮かべた。


「杏奈、今だ! 君の拳でボスキャラを砕いてやれぇっ!」


 俺は更に火属性強化のスキルへ魔力を回す。

杏奈は空中で半身を引き、右の拳を脇へ構えた。

火属性強化の証たる火炎が渦を巻き、杏奈の右の拳に集中してゆく。


 そして杏奈の手の甲に”炎を纏う蜥蜴”をあしらった模様が浮かんだ。


「私の拳が真っ赤に輝くっ! 怪物(モンスター)倒せとトカゲが叫ぶぅ!」

『ヌゥーンッ!?』

「砕く! ひぃっさつ! ぱぁぁぁんちッ!」


 真っ赤に燃える杏奈の鋭く鮮やかなストレートパンチが、エレメンタルジンの大きな目玉をぶん殴った。

スタッと地面へ降り立った瞬間、エレメンタルジン目玉にいくつも罅が入る。

目玉はガラス細工のように砕け散り、巨体を形作っていた青白い炎はほんの一瞬強く燃え上がり闇夜へ溶けて消える。


 幻想的な花畑に静けさが戻り、俺は長いしっぽを振り上げる。

そして杏奈もまた手を掲げた。


 ”パァン!”と響く軽快な音。

爬虫類の尻尾と、人間の手によるハイタッチは大成功した。


「やったね、杏奈! すごい!」

「ありがとう! トカゲのお陰!」

「ねぇねぇ、杏奈、パンチの前のあの口上はもしかして……?」

「小さい頃、お父さんと一緒にたくさん観た! 大好き!」

「だからパンチが得意か! 最高だね、杏奈パパ!」


 お互いに”熱き某ロボット格闘作品”ファンと分かった俺と杏奈は再度ハイタッチをし、更に絆を深めたのだった。

シャイニングなんちゃらだ。Gなんちゃだ。


 するとどこからともなく拍手が聞こえてくる。

音のした方はさっきまでエレメンタルジンがいたところだった。

今、そこに巨人の姿は無く、代わり黒いローブを羽織った、白髪の老婆が立っていた。


「見事じゃったぞ、杏奈! しかもその力、炎の精霊サラマンダー様のものじゃな!? でかしたぞ!」

「お師匠様!? なんでここに!?」

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