焔 杏奈


 一体どれぐらいの時間が経ったのか分からない。

空は未だに真っ黒で、森は夜の闇に沈んでいる。


(もしかするとこれが【幻想の森】の由来なのかな?)


 そんなことを思いつつ、トカゲの俺と、白いセーラー服の上から紅いマントを羽織ったむっちりした彼女は焚火を囲んで休憩していた。


「うー……」


 女の子は緩く口を開いて、目を細め、肩をゆらゆらと揺らしている。

可愛い顔立ちなのに、アホ面は、面白いけどちょっともったいない気もする。


「ほら、焼けたよ」


 と、俺は木の枝の串に刺して焚火にくべた川魚を長い尻尾で指し示す。

香ばしい香りが上がっていて、焼き加減もばっちり。


(でも魚捕るのは苦労したな。水は苦手って、流石は炎の精霊……)


 などと悪戦苦闘した川魚捕獲作戦を思い出す。

 俺より体長が大きな魚の内臓を抉りだすのも大変だった。

 そんな苦労の結晶へ、彼女は恭(うやうや)しく、手を合わせ、


「いただきます」


 串刺しの川魚を焚火から引き揚げパクリと一口。


「んっ!」


 ぼんやりしていた眼(まなこ)が急にしゃんとし始め、彼女はバクバクと川魚に喰らい付き始めた。


「おいしい?」

「んまぁーい!」


 晴れ渡るような彼女の笑顔。苦労して川魚を捕獲・調理してよかったと心底思った。


「そっか。良かった」

「トカゲのご飯は?」

「ん? 俺か?」


 そう云えば自分はどう食事をすれば良いのかと思う。

試しにたき火の炎を一口パクリ。

 

(なんだか白米を食べている気分だなぁ……ちょっと物足りない)


 俺が火を食べたことで火勢が弱まってしまっていた。

火種を絶やすのは良くないと思う。


 すると突然、彼女は川魚の串を地面へ指した。

そして綺麗な指先が土で汚れるのも気にせず、必死に穴を掘り始める。


「わぁっ!?」


 そして彼女は土の中から掘り出した、ウネウネうねるミミズみたいな生き物を目の前に差し出していた。


「こ、これは?」

「トカゲのご飯」

「あ、えっと、お、俺の?」

「うん」

「い、いや、良いよ」

「? わたしのトカゲ、ミールワーム好きだったよ? ミミズはもっと」

「爬虫類の飼育経験が?」


 彼女はコクリとしっかり頷く。

いわゆる”爬虫類好き女子”っていうのかもしれない。


うねうね動くミミズのような生き物。最初は気持ち悪いと思っていたけどだんだんと、


(美味しそう。まるで上がり立ての新鮮な魚とか、そんな感じ?)


 気が付くとかぶりついていた。


 パク、モグモグ、プチ、ジュワぁ~


(こ、これは……ウィンナーソーセージだ!)


 少し張りのある皮を食い破ると、むっちりとした肉の食感が歯に当たり、そしてじわっと広がる旨みの強い肉汁。

適度な土っぽい香りは、スモーク風味にも感じられ、香り高かった。



 もはや俺は顎を止められず、夢中になってミミズを咀嚼し、飲み込んでゆく。


「んまい?」

「んまぁーい!」

「良かった」


 彼女の笑顔は本当に可愛らしく、まるで太陽のように明るかった。


(凄く、いい子だなぁ)


 こんな女の子と言葉が交わせるなんて、人間の時は考えられなかった。

サラマンダー転生様様だ!


「なんかトカゲのそばに居るとほわほわ暖かいね」


 彼女も嬉しいのか、気が楽になっているのか、少し顔を赤くして表情を緩めている。

と、食事も済んだので色々と聞いておこうと思った。


「俺は……サラマンダ―。火の精霊、ということらしい。君は?」

「焔(ほむら) 杏奈(あんな)」

「そのかっこうからすると学生さん?」


 焔 杏奈ちゃんはコクリを頷く。


(俺と同じくらいかぁ)


「どうしてここに?」

「お師匠様の言いつけ」

「お師匠様って誰?」

「くぅーかぁー……」

「おい、寝るな」

「あう。ごめん……あったかくて……」


(随分とマイペースな子だな)


 杏奈ちゃんに感じた正直な感想が、それだった。

可愛いから許しちゃうけど。


「うー……」


(眠そうだな。今日はここまでにしておこう)


「ごめんね、眠いところ」

「大丈夫……ふぁわ~っ……」

「それじゃ寝ようか」

「うん……」


 しかし眠るそぶりを見せない。

杏奈ちゃんはじっと俺のことを見つめていた。

なんだかちょっと顔が赤いのは気のせい?


「どうしたの?」

「……なんでもない。お休み」


 ちょっと杏奈ちゃんが寂しそうにしているように見えた。

彼女は俺から少し距離を置くと、背中を向けて地面の上へごろんと寝転がる。


(そういやトカゲってどういう体勢で寝ればいいんだろ? とぐろ巻く? いや、そりゃ蛇か)


「ううん……」


 くだらないことを考えている時、杏奈ちゃんの背中がぶるっと震える。

彼女の肩が小刻みに震えていた。


(もしかして寒いのかな?)


 ちなみに俺は寒さを感じない。炎の精霊だからか、変温動物だからなのかはよくわかんないけど。

 でも空気はちょっと湿っぽいし、光だって一切刺さないここならば、寒いのは当然なのかもしれない。


(だったら傍に行くかぁ。なんか俺との距離が近いと暖かいみたいだし。それに合法的にあんな可愛い子と一緒に寝られるならば!!)


 俺は意気揚々とペタペタと這って杏奈ちゃんに近づき、自由自在な長い尻尾で肩をペちぺち叩いた。


「ねぇねぇ、もしかして寒いの?」

「あっ……」


 杏奈ちゃんの震えが止まった。

彼女はごろんと寝返りを打って、俺を見る。

圧倒的な質量の、立派な胸がぽいんと腐葉土の上に落ちた。

なんて刺激的な光景!


「た、たぶんさ俺が傍に居ると暖かいよね? 嫌じゃなかったら一緒に寝てもいい?」


 興奮を気取られないよう、極めて冷静に提案する。

俺は紳士なのだから!


 対する杏奈ちゃんは一瞬、嬉しそうに顔を綻ばせる。

しかしすぐに顔を曇らせた。


「あはは、やっぱトカゲと一緒は嫌かな、なんて」

「私、寝相凄く悪いから……」


 彼女は凄く恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

どうやら俺と一緒に寝るのが嫌では無い、という点は確かなようだった。


「気にしないよ? 俺だって寝相悪いし」

「朝起きるといつも布団ない。ベッドから落ちてる。さかさまになってることもある。たぶんトカゲのこと潰しちゃう……」

「マジ……?」


 流石にそれは危ないと思う。


(でも傍に居ないとこの子、凍えちゃいそうだしな。どうしよう……)


 俺も考え、杏奈も「うーん……」と唸っている。


「あっ!」


 すると杏奈は何かを思いついたのか体を起こした。

そして何故かセーラー服のリボンを解いた。

その下にあったボタンを一つ、二つと外す。

 二つの立派なメロン胸が形作る、とても深い谷間がその姿を現した。


「な、何を!?」


 嬉し恥ずかし、びっくりどっきりな俺を、杏奈はひょいと摘み上げた。

俺はあったかくて、柔らかくて、深い谷前へ誘われる。

 何故か俺は、杏奈ちゃんの立派なメロンの谷間に挟まれていた。


「ちょ、ななな、なに、これ!?」

「ここならたぶん安全」

「はっ?」

「ふぁわ~……あったかい……お休みぃ……」


 そのまま眠り始めてしまった。


(いや、むしろ暖かいのは俺の方……)


 ぽいんぽいんのほかほかは、興奮よりもぽわぽわした温かさ感じさせる。

そんな春の陽だまりに、突然ジェットコースター級のアクロバティックが発生する。


「くぅー……」

「う、うわぁ!?」


 杏奈ちゃんの身体がゴロンと何度も転がった。

その度に胸がぐにゃりと潰れて変形するも、弾力の強いそれはすぐに元の美しいメロンに戻る。その度に暖かい谷間に挟まれている俺は、襲い掛かってくる張りのある肉壁にぐにゃぐにゃと弄ばれた。


「すぴぃー……」

(し、死ぬかと思った……)


 ようやく杏奈ちゃんのアクロバティックな寝相が終わり、平穏が訪れる。


(まぁでも良いや。ここ暖かくて柔らかいし。気にしなきゃ大丈夫でしょ)


 むしろこんな美味しい状況をみすみす逃す手は無い。

俺は杏奈ちゃんの肌に遠慮なく身を寄せて、眠りに着くのだった。


(サラマンダーって……最高ッ!)

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