第29話『危険なおっさんと危険な仲間』二

 隣にまでやってきたニコラが、呆れたような感じで声をかけてきた。


「ねぇ、ボクはキミにも逃げて欲しいんだけど? ……これって、ボクの世界でも何度かやった〝愚かな選択〟ってやつだよね。キミ……分かってるんだから、偶には正解わ選んだら?」


「……ニコラ……悪いな。俺は逆に、お前にだけでも逃げて欲しいと思ってる」


「む・り」


「……だよな。……ああ、知ってるよ。愚かな選択だって事も解ってるんだ。でもな――それを繰り返すのが……矛盾を孕んだ、人の業ってやつだろ?」


 リュポフの怒声、魔王軍側で上がった怒声。空に飛び交う無数の光。

 その数は圧倒的に向こう側が上だ。閃光のような攻撃が――着弾――。


 防御の構えを取っていたニコラがその構えを解き、礫を投げ始めた。何故なら……魔王群側の遠距離攻撃が、一発も此方に通っていないからだ。


 空に張られた薄い緑の膜。それが全てを弾いている。逆に、此方が放った攻撃は通っているようで、僅かではあるが魔王群側の数を減らしていた。


「いったい何が……?」


 そう呟いて周囲を見てみれば、ラルクがニンマリとした顔でこちらを見ていた。


「俺様のパーティーだぜっ!」


「――ぐっ、馬鹿言ってないでいいので、しっかりと構えていて下さい! ちゃんと弾けるのは、雑魚の攻撃だけなんですから!!」


 そう言ったのは術師風の男――トミーだ。一分程そうやって耐えていると……遠距離攻撃が通じないと理解した魔王軍が、前進を始め――衝突。


 否、衝突と言うよりは、波に飲み込まれた小舟。

 最初の一瞬だけ聞こえていた他の仲間達の怒声は直ぐに聞こえなくなり、現在聞こえる声と言えば……敵の唸り声と、隣で俺を庇うようにして戦っているニコラの声だけ。


 ゴブリン、オーガ、オークを始めとした魔物を中心に、包囲を狭めようとしてきている魔王軍。それに対してニコラは出来る限り広範囲を薙ぎ払い……包囲を狭めないよう、立ち回ってくれている。


 俺は長い年月行動を共にしたニコラの動きを邪魔しないよう、切れる相手を無理しないで切り裂く……というのに徹していた。


「はぁぁぁああァァアアア――ッ!!」


 ニコラによって放たれた一撃は複数の敵を薙ぎ払い、大きく血柱を上げる。……が、それによって生まれた空間は即座に狭められていく。


「ヨウ君! もう他の冒険者はもう駄目だ! 市壁に向かって移動しながら戦うよ! 敵の中心にまで引きずり込まれたら、多分カバー出来ないッ!!」


「分かった!!」


 ニコラの顔は狂喜に染まっているが、理性は完全に残っているようだ。ゲームの頃は上げていた笑い声なんかも、今は無い。


 ニコラが薙ぎ払い、上がる血柱。俺はその隙カバーをする。何度も……何度も、何度も何度も何度も何度も……同じことを繰り返し進む、俺とニコラ。



 ◇



 ――市壁から見た青年と少女のそれは、まるで大嵐の海を渡る二羽の燕――。

 何処にでも居るような、中年で髪の貧しいおっさんが口を開く。


「それでは……門の扉は開けない、という事なんですね?」


「ああ。三組が頑張っているみたいだが、村人と魔王軍の距離が近すぎる。門の扉は――開けられない」


「……門を開けて、閉じるまでの時間を稼ぐ事が出来れば、開けてくださいますか?」


「…………出来たらな」


「そうですか……いえ、そうですね。ダイアナさん、私はですね……一度で良いので――勇者になってみたかったのですよ――」


 おっさんは狭間付き胸壁に足を掛け――飛び降りた。



 ◇ 



 魔王軍という波の中……決して隙を生まないように立ち回っていた、俺とニコラの二人。ニコラに関してはまだまだ戦えるという風だったが、俺に関してはそんなに余裕が無い。


 疲労の隙を突かれ何度も軽傷を負ってしまう俺に、それをカバーして無理をするニコラ。ニコラと俺はステータスの差のせいでゲーム時代とは違い、俺が足手まといになっている。


 ニコラが少し無理をして攻め、空間を広げる。少しだけでも俺が休めるように、ニコラクレイモアを振るっていた。

 すぐ近くで、俺達以外の血柱が上がる。


「オッラァアアアッ!」


「ラルク!?」


 波のような魔王軍に血柱を上げさせたのは、ラルク率いるパーティーの面々だった。


「よォ! まだ俺様たち以外に生き残りが居たとはなッと!!」


 術師であるトミーとアマーリアを中心に、ラルクとトリステンが敵からの壁役を担っていた。


 敵を薙ぎ払いながら口を開くニコラ。間違いなく返り血が口の中に入っている筈だ。


「優秀な壁役は要らないかなッ!」


「ハッ! さっさと加わりやがれ!」


「助かった……!」


 四枚の壁、中心には支援と火力のエキスパート。曲射で進行方向に放たれる火の玉や、隙をカバーするように走る雷撃。


「ねぇッ! 今なら無理をすれば、包囲を突破出来るんじゃないかなッ!」


「集団は! 町の中まで行けたのか!?」


 敵を切り飛ばしながらニコラに尋ねた瞬間――。


「ギャァァアアアアアアア――!!」


 すぐ近く、進行方向から聞こえてきた悲鳴。数度敵を切り捨て進んでみれば、足元から出てきたのは――〝村人〟だったもの。


 ――は?


「追い付いたのか!? 集団に!!」


「ちげぇ!! 近づいてるのは間違いねぇが、今のは集団から遅れた奴だ!」


 魔王軍で出来た波の隙間から見えた集団には、確かにまだ距離があった。――が、その集団から離れてしまっている者も数人居る。


 集団の最後尾には、二人の子供を抱えて走っているハーロルト。集団は壁近くまで辿り着いているというのに、門の扉はがまだ開いていない。

 出来た隙間は瞬く間に埋まってしまい、また包囲網が完成する。


「……ラルク――悪いな、共闘は此処までだ。俺は――」


「移動速度を落とすってか!? 当然、俺様達も乗ったぜッ!!」


「あーあ、今突破すればヨウ君を抱えて逃げれるのになぁ……そんな、キミのことがすっ……うん。好きなんだけどさ! ……やっぱり、ここまでで妥協して逃げてくれたりはしないかな?」


「俺も、世界で一番大好きだぞニコラ。ああ――好きだ。だからこそ……妥協するぐらいなら――最初から手は出して無いんだよ――ッッ!!」


「あはは! 意味分かんないよヨウ君! ……うん、それじゃいつも通り頑張っちゃおっかッ!! ――もう、抑えないよ……あはっ……アハッ! あはッ、アハハハハハハハハハハハハハッ!! 一体でも多く道ずれだぁぁァァァアアアアッ!! ダイスキダイスキダイスキダイスキッ――!!」


 進行速度を落とし、兎に角目の前に居る敵を攻撃する作戦に変更したラルク一行含む、俺とニコラ。


 生き残る事、庇う事を諦めたニコラは完全に狂喜へと入った。そして俺を中心として、その周囲に居る敵を片っ端から切り飛ばす。


 城壁に設置された大砲や魔力バリスタが激しく攻撃をしているようだが……誤射を避けるために離れた地点を攻撃しているせいで、包囲には殆ど影響を及ぼしてはいない。


 ニコラが狂ったように敵を切り裂く様は、まさに台風。俺の居る地点、それはまるで台風の目のようだった。


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