第17話『人魚を見る者は何者ぞ』二

 俺は、何とか森の中へと連れ込まれるのを回避し切る事に成功。しばらく待つと……げっそりとした顔のリュポフが帰ってきた。


「…………すごく……よかった……」


「あ、ああ、よかったな」


 俺とニコラはリュポフから露骨に視線を逸らし、G級治癒のポーションを一つ差し出した。目を逸らした先には同じくげっそりとし、ポーションを飲みながら術師風の女に叩かれている腕自慢の戦士。それとその仲間の剣士、術師風の男。


「それにしても、こんな場所があるなら近場の娼館は殆ど廃業だな。ある程度戦える奴なら通うだろ?」


「……いえ、逆なんですよ。人魚の居る地域では、娼館にかなりの人が入ります。人魚達は確かに美しいのですが……毎日通えば歯止めが利かず、高確率で死にます。ですから、その欲を抑えるために……と」


「……なるほど」


 とそんな話をしていた所、にげっそりとした盗賊風の男がやってきた。


「追撃です……人魚達が教えてくれて……数は五百、五百、そこからかなり離れて五百……で分かれているそうですが、自分の目で見て無いので種族は不明……」


「千五百……そろそろ厳しいですね」


 リュポフが難しい顔をさせながら唸っていると……水色髪の人魚と少女の人魚がやってきて、水色髪の人魚が口を開いた。


「少し、加勢してあげる。その代わり……アレ、貸して」


 リュポフに向かってそう言った水色髪の人魚。その指を差した先には――俺だ。


「勿論いいですよ!」


「よーし、俺達は護衛を止めて帰る。じゃあな! ニコラ、行くぞ!」


「はーい」


「ちょちょちょ! 冗談ですっ!! 命の恩人を売るような事しませんから!! ほらっ、さっきのお返しで言ってみただけですって!」


 本気で立ち去ろうとしている俺に慌てたリュポフが走り寄って来て、俺の二の腕を掴む。

 ――そこそこ本気に聞こえたぞ? と俺は内心で思いながらも、リュポフを睨むだけで立ち止まった。


「……コホン、ヨウ殿を借りて何をするつもりですか?」


「……子――」


「さっきのごはん。皆にも作って欲しい」


 口を開いた水色髪の人魚の口を咄嗟に押さえ、そう言った少女の人魚。


「レラ。そんなに美味しかった……?」


「美味しかった」


「……そう。じゃあ、それで良い」


 人魚の少女であるレラに一つ頷いた水色髪の人魚が、リュポフに向き直った。


「それで我慢する。加勢、要る?」


「ヨウ殿、どうですか?」


 俺は少し考え込む。

 ――ドラゴンの肉はかなりの量がある筈だが、人魚全員に振舞えるだろうか? そう考えながらもニコラの方を見て、小声で言う。


「在るだけ料理を頼んでいいか?」


「ん、キミが良いのならボクは大丈夫だよ」


「そうか。リュポフさん。材料の在るだけで良いならオーケーだ」


「助かります!!」


 そうして水色髪の人魚と話し込むリュポフ。要求を承知した旨、そして作戦や立ち居地、力添えの可能な範囲について詳しく話しを詰めているようだ。


 水色髪の人魚にレラと呼ばれた少女が、俺の方をチラチラと見てくる。それと同時にニコラの視線も突き刺さるので、堪らない。


「キミ、まさか惚れ薬でも盛った?」


「惚れ薬は盛った盛ってない以前に、持ってないだろ……」


 人魚の少女。レラはチラ見を止め、上目遣い流し目で……じっと俺を見つめ始めた。


「もしかしたら、そんなスキルが目覚めて……?」


「無い! 言いがかりだ!」


「恋の魔法が……?」


「使えない!!」


「そうなのかな?」


「そうだよ」


「本当は?」


「もっ――――って無い!! 譲れないぞ、ここは!」


 ――そんな事を話していると……トテトテと小走りでレラがやって来たかと思えば、無言で俺の後ろにぴったりとくっ付いた。俺は完全に目を閉じ、不自然な笑みを浮かべてながらニコラの方を向く。


 声を出さずに助けを求めているのだ。

 ――どうしよう。


「…………」


 返事か返ってこないので薄目を開けてニコラを見てみれば……ニコラは、黙ったままのジト目で俺を見ていた。そしてゆっくりと移動し、レラの反対側にくっ付いた。


「……ニコラ?」


「……凄くキミ好みの仕草だなー、と思って……」


「やきもちか!」


「そうだよ! まったくキミってやつは!!」


 ぷりぷりと怒るニコラを可愛いと思いつつ俺は苦笑いを浮かべ、くっ付いている二人を撫でた。


「あのぅ、ヨウ殿? 作戦が決まったので、そろそろいいですか?」



 ◆



「さて、上手く行くのか」


「なるようになるよ」


 森の中に隠れた冒険者達を見渡しながら、俺は作戦について思い出す。


 魔王軍は集団の足跡を辿り追跡をかけて来ているらしく、この湖の周りを通過するのはほぼ間違いないらしい。その為集団――村人を含む殆どはその出口で隊列を形成して待機。


 最初の五百が出来る限りこの湖の周りに収まり……その先頭が隊列と衝突を開始したら湖から人魚達による援護があるらしい。最初の五百はこれで殆どが倒せるとか。


 その次の五百、これにも同じくこの湖の周囲を通るのなら繰り返し、それに足して森の中の冒険者部隊が側面攻撃。その次も出来る限り湖の周りで戦闘をするように……との事。


「どうした? こえェのか?」


 唐突に声を掛けられ、振り返ってみれば……腕自慢の戦士が立っていた。


「怖くない奴が居るのか? 命のやり取りだぞ」


「……そうだな。最近はその恐怖感にも慣れちまっていけねぇ。ま、ブルッて動けないよりはマシだけどな」


「なに、俺はいざとなったら逃げるからな」


「ふっ、その考え方は長生き出来るぜ……。ところでよ、譲ちゃんが増えてねぇか?」


 そう言って強面顔で笑った後に苦笑いへと変化した腕自慢の視線の先には――レラが居た。レラは俺のマントを掴みながら、配置の場所まで付いてきたのだ。


「その足、人魚だろ? 良いのかよ、ここは死亡率が一番たけぇぜ?」


「……だよな。俺も言ったんだけど帰ってくれなくて……まぁ、出来る限りは守るつもりだ」


「ほぉ! アンタが譲ちゃん二人に守られる結果にならなきゃ良いな!」


「おいおい、ついでにお前も守ってもらえるよう頼んでみるか?」


「くくっ、冗談!」


 そう言って腕自慢の戦士は肩を跳ねさせた。

 ――本当に気のいい男だ、と思いつつ俺は腕自慢の戦士に笑い返す。

 俺は人魚の少女、レラに向き直り口を開く。


「レラ……戦えるのか?」


「戦える。魔法が主」


「よし、悪いが、そっちの後衛にレラを混ぜてもらって良いか?」


「いいぜ、人魚ならメインは水魔法か……。魔方陣の刻まれた触媒を持っていれば魔術も行けるんだったか? 人魚の譲ちゃんの持ち物にトライデントは見あたらねぇが……」


「当然。両方出来る……けど、トライデントはまだ」


 胸の中から小さめのワンドを取り出し、そう言ったレラ。その姿に腕自慢の戦士は満足そうに頷き、俺へと向き直った。


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