第7話『行け! 家のゴ……娘!』一

 俺たちは二人でナイフ一本では流石に厳しいということで、村の武器屋兼道具屋に来ていた。


「何をお探しだい? うちは適当な武器に防具、私服から日用品の道具まで。この村で唯一、装備を扱ってる店だよ」


 店主は恰幅の良いおばちゃん。

 若い男女のペアが珍しいのか、やたらと声を掛けてくる。


「長剣を二つ、これで買えないか?」


 持ち合わせの全てをカウンターの上に置いて見せた。


「んー、家の店だと銀貨三枚でそこそこのが買えるね」


 店主のおばちゃんがそう口にした時、それにニコラが口を挟んだ。


「あっ……出来ればもう少し大きい感じの……んと、クレイモアとかがあれば……」


「ニコラ、それは無理だ。どう考えても今の持ち金じゃ足りない」


 ニコラの言うクレイモアは入店した直後目に入ったが、金貨三枚という高額な値段が付けられていた。流石に今の有り金ではどれだけ値切っても無理だ。

 今回は長剣二本を選択するしかないのだが……言われて落ち込むニコラを見ていたおばちゃんが、微笑ましいものを見るような顔で口を開いた。


「あー、そうだね。中古品で良かったら、今出してるお金全部で売ったげるよ」


「本当!?」


 途端に明るくなるニコラに、おばちゃんは苦笑いを浮かべて言葉を続ける。


「中古品と言っても廃棄品じゃないからね、長剣は諦めてもらう事になるけど……いいかい?」


「うっ……ヨウ君の武器は欲しいし……」


 チラチラと上目遣いでヨウを見ながら悩むニコラ。


「いや、折角の機会だしそれで売って貰おう。俺の得物は取り敢えずナイフだな」


「あんたが決めちゃって良いのかい? 主人はこっちだと思ってたんだけどねぇ」


 そう返すおばちゃんにニコラが「ヨウ君それで良いなら、ヨウ君が決めちゃって大丈夫です」と言ったので、おばちゃんは途端にニヤついた顔となり、奥へと引っ込む。


「あの顔は『この娘っ子、買った奴隷に助けられちゃって惚れて解放した口だね』、って顔だったな」


「実際のところ、御主人様はヨウ君なんだけどねー」


 苦笑いを浮かべるニコラ。


「もう一回言ってくれ」


「ロリコン?」


「……頼む! 今のもう一回言ってくれ!!」


「……やだ」


 そうこうしていると奥からおばちゃんが戻ってきた。


「ほれ、これだよ」


 それをニコラはじっくりと検分する。

 鞘の状態、グリップ、鍔、刃毀れ、強度。


「……うん、すごく良く手入れされてる。下手したら新品よりも優秀かも」


「それは掘り出し物だな。……ハッ! まさか死んだ親父の!!」


 俺の言葉に即座に突っ込みが入る。


「家の夫は元気バリバリで今は畑仕事に出てる。それはギャンブルで身を崩した剣士から、借金の形に受け取ったもの。ちなみに、割と最近の話だよ」


 ジト目でそう言ったおばちゃんに、ニコラが苦笑いを浮かべながら口を開く。


「え……それじゃあ、取り返しに来た時に困るんじゃ……」


「無茶な依頼こなそうとして死んだよ。いくら良い剣でも、死人は回収に来たりしない……っと、これはおまけ。その剣は手入れしないと直ぐに鉄屑になるから気をつけてちょうだい」


 そう言っておばちゃんはサンドペーパーに砥石を一つ、ボロ布を一枚渡してくれた。


「もっと細かく手入れしたいなら色々とあるけど、そっちはお金出して買って頂戴ね」


「おばちゃん、ありがと!!」


 ニコラのその言葉におばちゃんは苦笑いで手を横に振りつつ、答えた。


「良いの良いの。ここらの魔物を適当に倒してくれて、適当にうちで物を買ってくれればね。最近は酒場でギャンブル、ギルドでたむろってるだけの腑抜けが多くなっちまってね。家の旦那も困ってるって言ってたのよ」


「なるほど……じゃあいっぱい倒してきますね!!」


「無茶はするんじゃないよ。って……戦うのは女の子の方なんだね……?」


 こちらを胡乱気に見て来るおばちゃんに、視線を逸らす事しか出来ない。


 ◆


 俺とニコラの二人は村から出て森の中を歩いていた。


「……ニコラ、俺はもう帰り道が分からん」


「あはは、それ系のスキルもボクがカンストしてるから、安心して付いて来てね。……離れないでよ?」


「ああ、俺もまだ死にたくはない」


 村周辺の木々は倒されていたのだが、一度森の中に入ってしまうと辺りは木々に囲まれている為、俺は方向感覚を失ってしまう。

 それでも街道沿いに歩くだけでは敵との接触も少なく……仕方なく、街道から外れた森の中へと入っていく。


「ん……来るよ」


 ニコラが警告を飛ばした少し後、ガサガサと何かが近づいてくる音が聞こえてきた。


「オ? ウマソウダナ。女ハイケドリ、男ハ、俺ガクウ。マルカジリ。カカレッ!!」


 紫の肌で通常のオークよりも一回り大きな体を持つオークが現れ、何事か指示を飛ばしたかと思えば……その後ろからオーク、ゴブリン、エティンがぞろぞろと現れた。


「お……オークジェネラルの変異種だぁ……」


「……ジェネラルなのか」


 俺は数歩下がり、ニコラは前へ飛ぶように駆ける。

 とてつもない速度で距離を詰められたオークジェネラルは咄嗟に大振りの剣を構えてガードをしようとしたのだが……ニコラは体を捻り、その反対側からオークジェネラルの胴体を切り裂く。

 ドチャリ、と上半身が落ちる。


「グオォォ!! オレガシンデモ!! トマルナァ!! スス――」


 上半身のみになっても言葉を発したオークジェネラルの頭に、ニコラのクレイモアが突き刺さった。


「あ……」


 何かに気づいたかのように一瞬立ち止まったニコラだったが……即座に再起動し、続けて集団に切り掛かる。ハリケーンにでも遭ったかのようにバラバラに散らされる集団。


 哀れエティン、腕を振り上げるきる前に分解されている。オークにしてもニコラからしてみれば案山子同然。


 間合いに入ったそばから切り飛ばされている。


 一部頭の回るオークやゴブリンがこちらを狙おうと試みた為、俺はそれに気づいて身構えた……が、その視線を察知した傍からニコラがそれらの行く手を遮り、袈裟切りにしている。


 ――敵よりも家の娘が怖い、と僅かに考えてしまったとしても無理の無い大迫力だ。


 結果――頭の切れる魔物は早々に殲滅され、残ったのは唯ひたすらに目の前の敵に躍り掛かる者か、逃げる者のみ。逃げる者は追わず、的確に襲い掛かって来た者のみを切り伏せるニコラ。


 その中で最も足の早いゴブリンが、ニコラの背後を取る。しかもニコラはクレイモアを振りぬいた直後だ。


 ゴブリンは粗雑な曲剣を振りかぶり――弾けた。


 クレイモアを片手で操るニコラの自由であった左手に、思いっ切り殴られたのだ。後の魔物側に目立つ活躍は無く、一部は逃げ、殆どはニコラに倒され、瀕死で生き残っていた者らはヨウが止めを刺して周った。


 血塗れのニコラがその狂気的にも見える見開かれた目で、俺に振り返る。


「……顔、怖いぞ」


 ハッ、となったニコラはむにむにと顔を揉んだ後、一つ息を吐いた。


「ライゼリックの世界では再現されてなかっただけで、戦闘中はそんな顔してたのか」


「ちっ! 違うよ! えっと、短い戦闘なら大丈夫なんだよ? でも長い戦闘だとね……そう! 瞬き一つが命取りだから、自然と――!!」


「一分掛かったか?」


「か、掛かってたよ!!」


「まぁ良いか。さっきのちょっと狂気っぽい顔も、向かう先が俺じゃなければ割りと好きだったしな……というか、そんな設定を盛り込んだ覚えが……」


「結局キミのせいッ!?」


「顔の血だけでも拭うぞー」


「……うぅ、キミって奴はぁ……」


 そう言って俺は予備の着替えのボロ服を取り出し、ニコラの顔の血を拭い落としてやった。


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