宇宙海賊デゼタ・デモニカ、魔王になる。

@miki_omutan

01.宇宙海賊デゼタ・デモニカ、魔王になる。

宇宙海賊デゼタ・デモニカ、魔王になる。



サリュー系第三惑星ルーシア。グリア大陸随一の大草原エンディラ。

ここで今、一つの戦争が行われていた。

二つに分かれた勢力には、それぞれの有力者が会談で決めた長たらしい正式名称があるが、

公式文書以外では『人類・亜人連合』及び『魔王軍』としか呼ばれることはない。

本来ならば魔大陸で内乱に明け暮れることが多い魔族による突然の侵攻に、

人類と亜人は手を組みこれを迎え撃たんとした。

しかし今代の魔王は如何なる手段によるものか、凄まじき力を得て人類を窮地に追い込んでいるのだ。


「くっ、聖剣が通らないだと……!」


キョウラ王国の女勇者ジゼルシアは白銀の兜の向こうに怨敵たる魔王を見据えて奥歯を噛みしめた。


「フハハ、冥途の土産に教えてやろう、女勇者よ!」


魔王は全身に纏った漆黒のオーラを震わせて嘲笑う。


「我は三千年の時を経ぬもので無くば傷つけられはせぬ!

貴様らの連れたエルフとてせいぜい五百歳が上限であろう!」

「三千年……?!」


ジゼルシアは驚愕に目を見開く。彼ら人類が把握しているのは精々二千年前まで、

それでさえ齢七百のエルフの古老のおぼろげな記憶に頼っての知識でしかない。

三千年も前のことなどとんと見当も付かず、ましてやその時代の品などあろうはずもない。

彼女が悔しさと怒りを持って握りしめる聖剣でさえ百二十年前のものなのだ。

魔王の言葉は風魔術によって戦場に響き渡る。

その場の誰もが敗北、そして逃れ得ぬ死を予見して顔を青ざめさせた。


***


テルギウス暗黒宇宙域。

星の光も遠い漆黒の海を時代遅れのオンボロ宇宙船がノロノロと進んでいる。


「最長老ー! お誕生日おめでとー!」

「ジジイー! 長生きしろよなー!」

「あとはもうちょっとしゃっきりしろー!」


わいわいがやがやと騒がしい彼らは、宇宙のお尋ね者集団、

弱きものを脅かし強きものから奪うことでお馴染み、泣く子も黙る宇宙海賊。

『メク・デモニカ』御一行である。


「うぅ、お主らに祝われるのは何度味わってもいいもんじゃのう」


おいおいと泣き声を漏らすのはこの船の最長老。

誕生日祝いにかこつけて海賊たちは騒ぎたいだけだと理解しているが、

昔から面倒を見てきた後進たちに祝われると悪い気はしない。


「いよっし、それじゃあもっかいジーさんに乾杯だ!」

「我らがジジイと!」

「我らが船長に!」


乾杯、と叫んだ次の瞬間。


「へっくしょい」


最長老が間の抜けた声を上げ、船がガタガタと揺れる。

ビービーと鳴り響く聞きなれた警告音。

ぐにゃり、と歪む視界に船長が声を上げた。

異常事態と呼ぶにはここ最近、あまりに頻繁に起きる事故が予測できたためだ。


「ジーさんのいつものだ! 野郎ども、衝撃に備え、」


船長が飛ばした指示を果たして船員たちは聞き取れたかどうか。

テルギウス暗黒宙域には静寂だけが残り、船影はもう見えない。

ただ遠くに星の光が輝くばかりである。



***


「それでは貴様らに絶望というものを見せてやろう」


魔王が唱える呪は低く不気味に響き渡る。

正体に気が付いた魔術師たちが恐怖にへたり込んだ。


「ロ、遺失古代魔術(ロストエルダーマギ)、『星落とし』……」

「魔族には記録が残っていたというのか」

「あ、あはは、もうおしまいだ……」


絶望と共に見上げる空に、ぽっかりと穴が空きグネグネと渦を巻き始めた。

今は呪文の一部が知られるのみとなった古い古い魔法。

伝承によれば、暗黒の彼方より星を呼び、地を灰燼に帰すとされている。



「(魔術師たちの動揺が兵たちにまで伝わっている……! こうなっては聖剣の秘奥を使うしかないのか……!)」


自らはともかく、せめて兵士たちは守らねばならぬ。ジゼルシアは剣を掲げた。


「剣よ、ここに捧ぐは――」

「ガアアッ?!」


秘奧を発動するための詠唱を遮るように、魔王の喉から鮮血が溢れ出す。


「なんだ、これは、容量? 割込み? 何の話だ! ガギ、ギガ、ガアアア、うるさい、ウルサイィイイイ!」


天に開いた漆黒の渦。そこから出てきたものは星ではなかった。

巨大な質量を持った鈍色。ゆっくりとしかし着実に現れた部分はどこか船首に似ていると、

海軍出身のとある兵士が空を見上げながら思ったが口には出来なかった。

空に浮かぶ巨大な船など御伽噺の代物。ましてや、それがどう見ても金属で出来ているなど。

一体誰にどうやってこの状況を受け入れろというのか。

のたうち回る魔王の悲鳴と船から発せられているらしい低音ばかりが地上に響き、

人類も亜人も魔族も、ただ愕然とその闖入者を見上げるしかできない。

そうして、その異変に最初に気が付いたのは勇者だった。


「(あれ、なんか落ちてくる?)」


船の下、宙にぽつり、と黒点を見た。奇妙な音を上げながら、どんどんと地面に近付いてきている。


「! 皆のもの、下がれぇっ!」


高所から落下した物体は例え拳大の石であっても、地に大穴を空けうる。

その知識を持っていた勇者は我に帰り、慌てて声を上げた。

勇者の声に従って踵を返したのは人類と亜人ばかりではない。


「な、なんだかわかりませんが退避ーッ!」


魔族の一人、一応は将軍職についている女の指示も飛ぶ。

想像だにしていない光景に逃げ惑う両軍。何らかの落下予測地点には、

魔王と、魔王の力の信奉者である側近だけが残っていた。


***


「ウォー! ジーさんしっかりしろー!」

「ギャアアアア! ワーシー、落ーちーるー!」

「だから転移機能の調整しとけつっただろー!」


得体の知れない何かこと宇宙海賊メク・デモニカの最長老と船長は、

ぐんぐんと速度を上げて落下しながらそんな会話をしていた。


「反重力シールド起動、ええい、ぶつかってお陀仏するまでに作動してくれよ?!」

「ギャーアー!」


自分と最長老を覆うようにシールドを貼ろうとしたが果たして間に合うものか。


「くそーっ、野郎ども骨は拾えー!」


雄叫び。


――爆音。



***


もうもうと立ちこめる土煙。地面が抉れた際の飛来物は、少しばかり気を持ち直したらしい魔術師たちによって大半が威力を殺されて防がれた。

しかしながら、鎧兜や肉体に傷を負ったものは少なくない。

また、防ぎきれなかった地の衝撃によって、敵も味方も地に転がっている。


「な、何がどうなったと言うのだ」


鍛えられた肉体と精神によっていち早く態勢を立て直さんと動いたのは勇者。

勇者以外は未だ地面に転んだまま誰も立ち上がろうとはしていない。

皆、固唾を飲んで土煙が晴れるのを待っている。


「……え……」


女勇者と女将軍は互いがほぼ同時に間の抜けた声を出したことを知る由もない。

眼前にはぽっかりとすり鉢状の大穴が空いている。

魔王と側近たちがいたはずの場所だ。


「あー、 おい、大丈夫かジーさん」

「お、おう、なんとか無事じゃが、なんかベッタベッタして気持ち悪い」

「うげっ、現生生物潰してんじゃねえかバッチい。あとでよく洗浄しとけよ」

「お前もじゃー、うえー、折角の誕生日じゃってのにぃ、ワシ悲しい」


メソメソと泣き出す最長老。本日、『三万とんで四百五十六歳』になったばかり。

二人の会話が聞こえていたのは、大穴の淵にいた勇者と将軍だけ。

必死に頭を回転させながら、今自分たちが取るべき行動を考える。


「わ、我らを害さんとした魔王ヤァヴァイは自らの魔法により消えた!

ものども! 一旦引いて体制を立て直すぞ! 撤退、撤退ー!!」


「皆様! 魔王ヤァヴァイ様はお倒れになりました! 魔王法第一条に則り、

彼のお方が暫定魔王となります! 一度自領にお戻りくださいっ!

追ってご連絡致しますっ!」


女二人の声が戦場に響く。混乱しきった両軍は、その命に従うことにした。

ズドドド、と凄まじい地響きを立てて両軍は大穴から逃げ去っていく。

後にはただ、空からの闖入者二人と女将軍だけが残った。

女将軍は風魔術を唱え、慎重に大穴の底へと降りていく。


「(言葉は通じるんだから、会話はできるはずよね。恐らく、きっと、多分、

そうだといいなあ)」


今や地面の染みと化したヤァヴァイの力が強大すぎたために、人類との戦争などになってしまった。

女将軍――名をブライダ――をはじめ、魔族の中には『人類とは』非戦派もいる。

一時でも彼の闖入者を魔王として据え、国内をそちらに統一しておきたい。

そんなことを考えながらブライダは地の底に降りた。


そして、やめときゃよかった、と後悔した。


「あ、あの、空からのお方、少々お話できますでしょうか」


ブライダが声をかけると人影は彼女を見下ろした。


「……今喋ったのお前か?」

「あ、は、はい。私です、ええと、あの、あ、あれ……?」


ブライダは、彼らを鎧を纏った戦士だと思っていたのだ。

未だ空に浮かぶあの大船に似た、見知らぬ金属を身につけているのだと。

どうも違うらしいと気付いたのは、頭部に輝く二つの飾り、

その覆いが、かしょんかしょんと音を立てて上下したから。

――どう見ても風変わりな兜だと思ったものが、『瞬き』をしたから。


「あの、あなたは、あなた方、は?」

「……おいジーさん、今の座標は?」

「――サリュー系の、ええと、どれかじゃな。このあたりの地図は更新されとらんのでわからん」


ジーさん、船の最長老、――宇宙船グランデルのAIの端末はギシリと首を傾げた。


「すげえド田舎ってことか。じゃ、俺たちのことを知らないのも当然だな!」


ブライダの二倍以上ある金属の巨体を揺らして、船長は笑う。


「俺は、デゼタ・デモニカ!弱きを脅かし強きから奪う!泣く子も黙る

宇宙海賊、メク・デモニカの船長様よ!」

「……ウチュウ、海賊?」

「おう!」

「ええと、ウチュウというのはわかりませんが、海賊、ということは、あの船は」

「おう、俺らの愉快なオンボロ我が家にして故郷のグランデル号だ!」

「お二人、ではないのですよね?」

「俺たちはきっかり二百人だな!」

「その、船の皆さんも、デモニカさんたちのような……?」

「俺たちのようなって……ああ、メクのことか? ディスガ・メクの奴らも

二十人ばかりいるが、お前らみたいなオルガニは一人も乗ってねえな」


知りたくない事実と知らない単語がどんどん出てくる。

ブライダはちょっと泣きたくなった。


「あー、ブライダつったか。こっちからも質問いいか?」

「ひゃ、ひゃい、なんでしょう?」

「なんか知らねえツールが追加されてるんだけど、これ何?」


デゼタが屈んでブライダの前に差し出した左腕。そこには彼の見知らぬ、

彼女のよく知る紋様が淡く紫の光を放っていた。


「ま、魔王紋……」


文字通り、魔王に代々受け継がれるとされる魔術紋様。

人類と亜人以外の『魔王が次代と認めたもの』か『魔王を殺したもの』に

移譲される『魔王の証』が魔族ならざる男の腕に光る。


「あ、あはは、それは、あなたが、魔王になった、証、です……キュウ」


もうなにがなにやら。思考がいっぱいっぱいになってそのまま地面にくずおれた。

全部夢だったってことにならないかしら、という内心呟いて。


「な、なんだなんだ死んだか?! おい、起きろって、魔王ってなんなんだよ!」

「――魔大陸の平定者にして守護者。混沌を持って秩序を守るもの」

「……ジーさん?」

「……はて、なんじゃ、今のは? なんかこう口をぽろっとついて出たんじゃが」

「いやわかんねえのかよ!」

「うむ、わからん!」


オンボロ長老の叩かれた頭がかしょん、と鳴った。


宇宙海賊メク・デモニカ船長デゼタ・デモニカ。グランデル号第七世代。

当年三千二百十七歳。ちょっと関節の動きとグリス臭が気になるお年頃。

ワケあって、魔王。


***


『新たなる魔王、空の彼方、暗黒の海より来たりて偽王を誅す』


後の歴史書には、そう記されることをその場の誰も知る由もない。


***

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