談話:ややこしさ違い

 竜は呆れ、細く息を吐いた。


「お前の姉も下世話だったか」


 左腕の魔法布を巻き直していた娘は、巻きかけの布を吹き飛ばされそうになった。が、妙な素早さを発揮し、空に流れかけた魔法布を宙でつかみ取る。

 そして何食わぬ顔で、


「あら、あれくらいでしたら下世話の内に入りませんよ。少し好奇心が行き過ぎただけです」

「お前に比べれば、だろう」


 うさんくさいという気持ちを隠さず、竜は目を細める。娘は気づいているのかいないのか、いつものように平然とした顔だ。


「しかし人間とは妙なものだ。父親がそんなに重要か? しかも、血族でないものを」

「竜族は、母竜が子育てをしますものね」


 竜族の子育ては、大半が母竜によってのみ行われる。

 竜は、偶然通りかかった母竜をつかまえ、性質的に相性の悪い娘竜を育てたことがある。それは竜族の中では珍しいことだ。


「人間の多くは死ぬまで添い遂げますし、この辺りは一夫一妻が当たり前ですから」

「あの治癒術士でさえ、お前の姉ひとりに決めていたな」

「はい。術士さんはなぜか女たちを惹きつけますが、器用ではありませんし。仮に多くを選び取ろうとしたならば、今ごろ八つ裂きにされていてもおかしくありません」


 娘が苦笑する。

 竜も、ほぼ情けない姿しか見たことがないヨハンのそんな様子を、容易に想像することができた。


「でも、お母さんも怒ったじゃありませんか。私がヒスイを連れてきたときは」


 竜はくしゃっと眉間に皺を寄せた。さぞかしいかめしい顔になっていることだろう。


「あのようなことを起こさないために旅に出たというのに、同じ過ちを犯したからだ。兄者も私のことを言えぬだろう。娘、お前も妙に親密になりおって」


 竜はまだ、兄竜と娘が互いを真名で呼び合うことについて納得していない。


「まあまあ。まあまあまあまあ」


 眉を八の字にした笑顔で、娘は竜を宥める。


「それでも、ルリとヒスイは竜族の血族ではないのですから。例えばヒスイの父親がカナ……コハクさんだとして」

「それはないと今お前が言っただろう」


 竜の声が地面に響く。

 それでも、娘は怯むことはない。


「たとえばの話ですから。それならまだ親の性別が違いますが、ルリはどうなりますか?」


 竜は、今までで一番の渋面を作った。


「……私も兄者も、竜としてそれなりに長く生きている。ルリたちにはそれなりに愛着もあるし、孫と呼ぶのもやぶさかではない。が、それとこれとは別だ」

「ですよね」


 咆哮と炎を吐き散らしながらいかる竜を、兄竜と共に必死に説得したことは、娘の記憶に新しいはずだ。


「では、食事にしましょうか。ルリとヒスイを呼んできますね」


 娘は、山で遊びに興じているふたりを呼びにその場を後にした。



 このときはまだ、竜たちも娘も知らなかった。若い竜たちの間で、求愛に関する流行はやりができたことなど。

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