第7話.必要ではないのですか……?

 俺の半生は余程のことが無い限り他人との関係を必要最低限にして生きることになるだろう。


 余程のことというのは俺が運悪くも国民的超有名人になるだとかテレビで騒がれるような人間になるという嫌がらせにしか成りえないケースだ。


犯罪者が自分の個人情報を明かさないように世の陰でこそこそと生活するかの如く生きる人間。俺にとってはそれほど安心、安寧、安定した生活の他にはないだろう。


 本業になるであろう俺の仕事の時間である早朝を有り難くもない担任のお言葉を享受するために犠牲にしなくてはならない。



「なあなあ、どこの部活に行った?」


「俺はサッカー部、お前は野球部だよな」



 それだけでも鬱憤溜まる憂鬱な生活リズムなのに、周りで仮面を被りつつ会話を楽しむように過ごす奴らのせいで余計ストレスが溜まる。


 朝早く起床し一人教室であの鬼教官から送られた赤文字の改訂を予定していた俺の計画は教室のドアを開いた途端、瓦解、崩壊した。


 誰だか知らない数人がコロニーを作りカードゲームをやっているという現状を見たためだ。

 

 しかも床に堂々と座りながら自分のカードやら何やらを相手の陣地に向かって投げつけたり、時には自分がダメージを受けているようなモーションばかり。


 で、俺はこの高校に来るべきだったのかと幼げな時代に考えた志望理由について疑念が生まれてしまったのだ。



 以後、そのまま机に頭と顔をくっつけて寝たふりをそのまますることになった。早く起きて眠いということを第三者に伝えるように、本当の自分を繕うかのように。



 普通、何も聞かずに寝るということは容易い、何もせずに何もない空間で漂うことが出来るからだ。だが、俺は自分のクラスでの立場を作ろうとする連中の中に埋もれてしまった。


 なら一層、抗うものかと脱力しクラスの諸風景とやらに関心を寄せてやろうとした次第が今の現状を作る。



「そうだそうだ、沢村は中学でもやってたもんな。ところでさ……」



 あーーでたでた。中学、高校と顔見知りがいるから、友達がいるから、同じ場所に行こうってグループだ。


 集団を作らなければ、あるいは自分以外の同調する他人が傍にいなければ安心出来ない奴らだ。俺とは過ごす場所が違うのだ、なら猶更あいつらを理解するなんて行為は安易に出来たもんじゃない。


 なんて、他人との隔絶を開こうとする方が面倒なのでこれとは別グループ、廊下側の窓付近に関心を逸らした。



「好きなやつ出来た?」



 新しい境地に入り浸り、自分の居場所を未だに作っていない場合、話すテーマというのは決まっている。


 それは「誰もが当たり前のように興味があって会話可能な議題」だ。さっきのように互いを知っている仲でもこれを行うことが大半だ、なんだか通過儀礼みたいだな。



「出来てねーよ」



 微笑混じりに返答する男の声だ。これはそうだ、YESのYを自分で言っているにも関わらず自分では気づかないやつ。


 無言。


 普通、この際返すのは「嘘だろーー、いるんじゃねえのーー」だとか冗談めいた語り口調なはずなのにそうじゃない。

 

 どうやらYを語った方の男も口を噤んでいるらしい。そしていつの間にか、そう、知らないうちに教室の至る所でペチャクチャ話している連中も第二氷河期が到来したようだ。


 俺はここで意識ありません、寝ていますと意志を表明すべきだったのかは分からないが、なんとなく、そう単純で不確かな動機で俺は不貞寝から起き上がるという失態を犯してしまったのだ。


 知っている顔のお嬢様のお通りだ。


 会話最中の人々のド真ん中を悠然と歩くその姿はどうも自分が法だと主張しているとしか見えない。


 教室前方のドアから直進、教卓の横をそのまま素通りして一番左の列まで来る。


 それは俺の席の列でもあるのだが、うん、そんなことはないだろう。あるはずがない。俺は一つ深呼吸して奴がどこに落ち着くのか見てみることにした。



 黒板に近い席から二番目、三番目と何事もなく平然と通り去り、そこで俺は嫌でもこいつの目線がそこにあるのだと信じたくもないものを信じなくてはならないと諦めの決心がついた。


 静寂と殺伐とした最中、その女は俺の横の席を今一度確認し着席した。俺はというと少ない人生経験の中で会得した相手の眼中から存在を消すという技を繰り出した。目線を外へ逸らしていただけだが。



「なあなあ、あいつって……」


「入学式そうそう抜け出して授業もほったらかしにしたって話だよ」



 おいおい、めでたく入学して早々陰口かよ、と内心呟きつつ俺はあくまでも第三者として事の成り行きを温かく見守る他無いと傍観者としての立ち位置を確立する。


 が、それは許容されない行為だと主張し俺の足を掴む執念深い女のように俺に問いかけてきた、



「なぜあなたがここにいるの?」


「それはこっちの台詞だっつーの」



 やはり棘が無数に常備されたのは変わりないようで安心するが、それでも俺の身の上の保身として小声で話す。



「なんでお前というやつはあんな堂々と人の群れに突っ込むんだよ」


 私?そんなこと私に聞かれても知らないわよ。俺にはそうにしか見えない態度だ。



「は?あなたわざわざ人の気ばかり気にしているの?やはりあなたは愚者でこそこそと生きる影者、まるでドブネズミね」


「ちょおいおい、お前にそこまで言われる筋合いはないっての。つーか何で昨日出席しなかったんだ?お前部室には来てたじゃねーか」


「私にとってこの場所は必要ないものなの。そこまでして来ても何も得られない場に来て何になるのよ」



 あーー、これは何をやっても集中力が消失してエネルギー切れになるニート生活を過ごす典型的な例だ。



「そもそもここにいる理由やら概念なんて要らねえんじゃねーか?」



 俺は義務教育という、受動態に媚びたものを提言する。そうではないと自分でも分かっているからこそ問うのだ。



「それだからあなたは伸びようとも伸びないのよ」


「あ?何の話だ?」


「あなたがそこにいる訳よ、言っておくけど私はあなたのようにフリーで楽に過ごしているような人ではないの」



 どういうことだ?と俺が反論する間もなく担任の「ショート始めるよーー」という掛け声によって打ち消された。ショートとはよくある朝礼で校長が話す、あのつまらない腐れ話を語る代役が担任に変わっただけのもの。


 だから興味なんてないし、気にもしないだろうと思っていた、しかも如月の言葉が普段のような冷たく突き放す言葉ではないような気がしてならなかったし、ともかくどうしてか何か違和感を感じ取ったのである。



 しかし、別の方向、ベクトルが違いすぎて意識せざるを得なかった。それは珍しさというよりかは未知な人物だったためだろうか。俺はとにかく目線が自然と担任の方へ行っていたのである。

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