ろくだんめ 蒐集する男と人形

私はモノを蒐集するのが好きだ。この世の価値は金銭によって現されているが、私の価値観は金銭ではない。人から見たら無価値のモノでも、何かしらの価値を有すると私は思う。しかし、目にも見えないモノもある。空気とか人気、話とか諸々挙げられるが、これらのモノにも価値はあるのだ。例えば、とあるモノがあったとする。それに目に見えない話-曰くとも言うが-が付いていれば世の中の価値というものは上げることができる。要するに、この世に価値のないモノなんぞないということである。私が蒐集したモノは曰く付きのモノが多い。例えば、昔の人が書いた古書、女が自身の姿を省みた瞬間発狂した姿見やら、木霊になった青年を親類とした官吏が持っていた伝記本等、珍品が多い。

ある日、私は質屋で用足しをしたとき、とても美しい人形と出会った。その人形は、人形と言いたくない程、もはや人外でありそうな美しさであった。手足はすらりと長く、陶器ような質感を持つ肌。腰まである金髪はさらりとしており、人形の顔が筆舌しがたい程の印象を私にのこしたのである。『彼女』の瞳を覗き込むときらきらと光る輝石が虹彩を彩っている。まるで万華鏡のように、覗き込む角度で色が変わるのだ。まじまじと『彼女』を見ていると私のモノにしたいという欲求がぞくぞくと私の胸の内を占め始めた。

質屋の親父に私は買い取りたいという旨を申し出ると、あっさりと断られた。この人形を質草にしたのは足の悪い男らしい。しかも、毎日質流しにするなと念を押しに来るらしい。こんなに素晴らしい『女性』を質草にするなんて、なんという不逞の輩だ。今日は未だその男が質屋に来ていないというので、私はその男を待った。

半刻程経った頃だろうか、カラカラという杖の音と共に男がやってきた。その男は如何にも風来坊のような風体の男である。男はまじまじと『彼女』を鑑賞している。私が男の様子を観察していると、男はなんと『彼女』の手に唇を落としたのである。私は『彼女』の謂れが知りたくなり、男の『彼女』への愛撫が終わるまで他の質草を見ていたのである。やがてカラリと男が音を立てて質屋の親父に頼みごとをしようとするところを私は後ろから肩を叩いた。男は酷くびっくりしたようであった。

「貴方は『彼女』の持ち主ですね。」

「ああ、そうでぇ。俺が今の持ち主だよ。」

「先程の様子を見ているとまるで生きている女性のように貴方は扱っておられましたが、どうして質草に?」

そういうと男は周りを見回し質屋から私の首根っこをひっ掴み店を出た。まるで『彼女』に聞かれたくないような行動だ。男は店を出るとすぐにこう告げた。

「あれはな、我が家に伝わる呪いの人形なんだよ。ああやって自分の妻のように扱わないと人形になってしまうとか言われてるんだ。しかし、うちには金がなくてね。仕方なく質草に入れているんだ。それでも毎日会いに行くんだ。」

「呪いの人形?あんなに美しいのに?」

「美しさだけじゃない。あの人形に惚れた奴が人形を買うだろう?そうすると皆、煙のように消えてしまうか家に女がいた場合、女が最悪死んでしまうんだ。」

「私には妻子もいませんし、『彼女』に一目惚れをしました。どうかお譲りいただけませんか。」

「それはダメだと言いたいところだが、あの人形をどうにかしたい気持ちもある。明日引き取ってくるから、正午に××公園に来てくれ。人形が君がを選べば、あの人形は君のモノになるだろう。」

そう告げられ、男と別れた後、私は天にも昇る心地で帰宅した。

私は全身全霊をかけ『格好の良い男』となるべく普段着ているシャツとズボンにアイロンをかけ、最近流行しているハンチング帽を被り待ち合わせの場所へ向かった。そこには異様な姿をした2人組がいた。風来坊の男が美しい『彼女』が乗った車椅子をひいているのである。男は私に気がつくと車椅子と『彼女』を私に預けた。世にも不思議なデェトの始まりである。私は××公園の最も景色の良い場所を陣取り、『彼女』に思いついた愛の言葉をひたすらに囁き続けた。側から見れば異様な光景であろう。-一目で人形と分かる車椅子に座った女を口説いている男-しかし、私は『彼女』を口説き落とすことに心血を注いでいたのである。私は彼女の手を触った瞬間、陶器のような肌がなんだか温かく感じたのである。私は少し吃驚して人形の顔を見ると確かにほんの一瞬だけ、輝石を砕いたきらきらとした虹彩と形の良い唇を歪ませ笑ったのである。私が瞬きした次の瞬間にはもう既に能面のような質感の顔に戻ってしまったのである。車椅子を引きデェトを続けていると先程まで感じていた男の視線が感じられなくなった。遠くで男達が大声で叫んでいるのが聞こえる。

「大変だ。男が車に轢かれたぞ」

「急げ、急げ、急げ!○○病院が一番早い」

私は一瞬ぎょっとして『彼女』を見た。

『彼女』は微笑っていた。私はもう『彼女』と離れられないことを理解した。

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