疑問

 丸一日が過ぎた。


 どうも。おかしい。


 思っていたのと違う。


 出された椀についても、一度は毒や催淫剤を疑ってはみたが、殺すか犯すかする気ならとっくにそうしているだろうという気がして、結局グリステルはその中身のスープを平らげた。

 繋がれた両手で椀を抱えるようにして啜ったスープは空腹に染みて、涙ぐむほどに美味かった。


 量は足りたとは言わないが、腹に少しでもものが納まるとそれでも心は落ち着いて、グリステルはこの牢に入れられてからようやく冷静さを取り戻すことができた。


 どうもおかしい。

 状況を整理して、対策を立てる必要がある。

 まず、自分の立場だ。

 魔族に囚われた虜囚。

 それは間違いないようだ。

 その反証は今のところない。


 次に自分の扱いだ。

 まず、何故殺さなかったのか。

 闇の眷属である魔物たちは存在そのものが邪にして悪であり、我ら光の眷属たるヒトを憎んで、犯し喰らい殺すことに至上の喜びを感ずる、と彼女は聞かさせれていた。


 これが同じ人間の敵ならば、自分のような名の知れた騎士は捕虜交換の折に有利な材料になるから合点も行くが、王国は魔族を捕虜には取らないし、魔族との捕虜交換が行われた、なんて話も聞いたことがない。


 後は、より上位の魔物への献上品にされるか、奴隷市場に流されるか、邪神や悪魔の生贄に使われるのを待っている状態なのかも知れないが、に、しては扱いが雑というか、どうでもいい感じに扱われている気がする。

 少なくとも、ここに運ばれて来てから三、四日は経っていると思うが、ここを訪れるのがオーク一匹なのも妙だ。

 この牢、この番所だか詰所だかには、どうもあのオークしかいないのではないか?


 その想像に思い至った時、グリステルは牢に入れられてから初めて明るい気持ちを抱いた。


 あのオークは、魔獣にしては温厚な性格らしい。自分に乱暴をする気も喰い殺す気も今のところはなさそうだ。

 ならば、あのオーク一匹さえなんとかしたならば、脱出して味方の陣に帰還することができるかもしれない。


 神よ。あなたを疑い、一時とは言え憎みすらした愚かな私をお許しください。これはあなたの与えた試練なのですね。春光の騎士たる私に、その青春をここで散らすのか、それとも知恵と勇気で生き残るのか、あなたは試練を与えたもうた。そういうことなのですね。


 グリステルは胸の前で印を切って短く祈りを捧げた。


 となればやることも定まってくる。

 作戦が必要だ。

 その為には情報が必要だ。

 そしてその情報源は今の彼女に取って一つしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る