もう一つの秘められた部屋

 聞き込みの結果、日が落ちてからオーランドたちが突入するまでの間に、教会の中に見知らぬ多数の人間が連行されていることが判明した。裏はとれた。確実に地下室がある。オーランドは確信した。

 しかし、隠し通路は礼拝堂の長椅子を全て動かしても、いくら壁をたたいても見当たらない。無慈悲むじひに時間は経っていく。月が中天ちゅうてんに達し、十字架が乗った祭壇さいだんをくまなく照らし出す。その時、漁師の一人が声を上げた。


「十字架の置かれてる祭壇さいだんの下に、フィーナのスカーフがある!」


 オーランドが視線を動かすと、確かに、白地に青い模様が入った布が祭壇さいだんの下に落ちていた。女物か男物かの判断はつかなかった。漁師仲間があきれたように彼に言う。


「見間違えじゃねえのか? 女は教会に入れねえんだ。祭壇に女が近づくなんて、ありえねえぜ?」


「嵐の直前に買って、結婚の申し込みの贈り物として送ったんだ! 間違える訳がねえ! しかも、特注して入れてもらった青いバラの刺繍がある! 見ろよ!」


 彼はつかつかと祭壇さいだんに近寄り、祭壇さいだんの下でしゃがみこんだ。彼はスカーフを拾おうとしているが、うまくいっていないようだった。


「ああくそ……挟まってやがる! こっち来いよ! 間違いなくフィーナのスカーフだから!」


 挟まっている。オーランドはひらめいた。祭壇さいだんは動かないものだと思い込んでいたが、民の持ち物の布が挟まっているということは、祭壇さいだんの下に地下室があって、そこに人々を押し込んだのだろう。ならば、やってみるだけだ。


「十字架が置かれている台座が地下への入り口だ! 右か左に押せば、きっと動く!」


「スカーフの挟まり具合からして、どうやら前に動かすのが正解みてえです、次期領主様!」


 男たちはすぐに動いた。祭壇さいだんの後ろの狭い空間に力自慢を数人立たせ、号令と同時に押せる状態を作り上げた。


「一で動かすぞ! 三、二、一!」


 力自慢が一斉に祭壇さいだんを押す。ゴトン、という大きな音を立てて十字架は台座ごと前に滑った。その下には階段が続き、その先には鉄製の扉があった。その扉には、黄色い丸が書かれているように見えた。


「なんだあの扉は? よく分からないが、丸い模様が書いてあるぞ?」


 漁師が呟く。オーランドは改めて扉に描かれた文様を見た。

 黄色の地に、黒い三つのおうぎまるく並べたようなマーク――旧世界の、放射線という毒を表すマークだ。彼は扉に手をかけた。


「この先は危険だ、ということを示している。気を引き締めて掛かれ!」


 オーランドが扉を開けるや否や、ビーッ、とけたたましい音がした。今までに聞いたこのの無い、生理的な嫌悪感をもよおす音。それでもオーランドは進んだ。その先には、ハモンの教会の地下にあったような画面があった。

 そして、機械群の先には鉄格子があった。その奥に、おびえた様子の民が見えた。雀のように集まり、恐怖に震えている。その中にからすのように真っ黒な頭髪と肌を持った男を見つけて、オーランドは歩調を速めた。


「そこの縮れ毛の色が黒い人間、あんたが外洋からきた人間か?」


「そ、そうです! あ、あの、僕はハジメ・フォーサイスといいます、アメリカという国から、この国と取引がしたくて、やってきました!」


 牢の前に立っている大柄な白人の男は、身なりからして上層階級ではないか。フォーサイスはそう思った。ならば、後ろに立っている少年と老人は彼の付き人だろう。


「俺はオーランド・ガーディンと言う。ノーザンの……この辺りの土地の次期領主だ」


「つ、つまりこの辺のえらい人ですか!?」


「そういう理解でいい」


 オーランドはぶっきらぼうに答えた。フォーサイスは矢継ぎ早にまくし立てた。


「ぼ、僕あやしい者じゃないんです、どうか助けてください! いやここの人からすると僕すごく変わった見た目なのは分かりますけど!」


「話には聞いてる。あんたは黒人とか言う人種で、だからそんなに肌が黒いんだな」


 オーランドさんはどうやら多少知識があるようだ。フォーサイスの混乱した説明にも理解を示したことで、それが分かった。その上、ありがたいことに、人種差別とは縁がうすそうだ。フォーサイスは背筋を伸ばした。


「せ、正確に言うと黒人と日系人のダブルです……どれくらい外のこと知ってるんですか?」


「旧世界の事は多少わかるが、今の外国の事情はまるで知らん。あんたに聞きたいことが山ほどあるから、助けに来たんだ」


「何でも話します、でもここから出してください!」


 オーランドは、ゆっくりと頷いた。


「困りますな」


 フォーサイスがそう言った直後、オーランドの背後からパーソンが現れた。彼の後ろには十数人の異端審問官いたんしんもんかんが続く。


「いつから海に流れ着いたものは教会のものになった? ノーザンに着いたものは俺が次期領主として面倒を見る、そこの者たちを渡してもらおうか」


 オーランドは彼らを睨みつけた。パーソンは鼻で笑った。


「管理がなっていませんな、ここまで侵入を許すとは」


「今から管理する、だから渡せ」


 オーランドはいら立ちを隠さずに言った。パーソンはオーランドの怒りを気にも留めない。


「後始末はつけていただかないと行けませんよ」


「始末も何もない、このフォーサイスとか言う男はこちらでずっと面倒を見る」


 オーランドが食ってかかると、パーソンは心底訳が分からない、といった調子で言った。


「あなたに言っているのではありません」


 オーランドは不思議に思った。次の瞬間バチィッと言う音が背後でした。全身の筋肉がこわばる感覚。腕を突くことさえ出来ず、オーランドは床に倒れこんだ。


「次期領主さま!? ど、どうしたんですか!? き、気付けを……そうだ薬!」


 突然オーランドが倒れ、ニールは彼の言いつけを忘れ、薬入れを開けるほどに動転した。乱雑に振られた薬入れから、白い蛾がニールの手の中に転がり込んだ。しかし、少年はそれに気づく暇もなく、彼の主君と同じ音とともに倒れた。倒れこんだ二人の後ろに、老人が立っているのがフォーサイスの目に映る。


「むろん、後始末はつけさせていただきますよ、パーソン殿」


 そう言って、スタンガン片手に老人――デリックは微笑んだ。

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