女抜きの糸作り
羊毛を洗ってほぐし、揃えてから糸車にかけ、糸の太さまで引き伸ばすとともに、
「……善処しよう。ニール、お茶をありがとう。下がっていい。お前も一服してこい」
「ありがとうございます!」
ニールが部屋から出るやいなや、オーランドは
『はいはい、なにか
まったくしょうがない、といった風のカーラの声に、オーランドは勢いよくまくし立てた。
「旧世界には、女なしで糸を作れる機械はないのか? すぐに作るための方法を教えてくれ!」
『……私も詳しくは分からない。でも、機械だけで糸を作ってたよ。電気とか蒸気機関で糸車を回す機械があって、
「分かった。水車で糸車を回せばいいんだな!」
オーランドは勢いよく立ち上がった。今にも思い付きを実行に移さんばかりだ。カーラは冷静に彼をたしなめる。
『待って。タダの糸車じゃないの。いまから教えるわ』
「しかし、水車は疲れ知らずだ。女の腕と違って」
『糸車なら、結局女性が糸を繰り続けなきゃいけないじゃない。もっと効率的なものがあるの。設計図を描いて欲しいから、座って』
「ああ」
オーランドが再び腰かけて裏紙とペンを用意し、カーラの指示に従うと、一時間ほどで不思議な絵が描きあがった。パイプオルガンのように並んだ
「なんだこれは」
『ガラ紡績機。回転する綿から直接糸を紡いで、
「仕組みはどうなっているんだ? どうやって糸をつむぐんだ?」
『運転がはじまると、回転するつぼと「上コロ」が回す糸枠の張力によって、つぼ内の綿の表面では繊維が引き伸ばされて、撚り掛けされながら糸を紡ぎ出すの。つぼの回転速度は糸枠の巻き取り速度よりちょっと早く設定するの。だから、撚りが強くなり天秤のバランスがくずれて、つぼごと引上げられることになり、羽根がはずれてつぼの回転が止まるの。この間も巻き取りによる引き伸ばしが行われるから、撚りがあまくなってつぼは下降し、再び羽根が接触すると撚り掛けが行われるの』
「洋式紡績機を作るとしたらどうなるんだ?」
『詳しくは知らないわ。知っている範囲を話すと、ミュールやリングといった洋式紡績機の精紡法は、紡錘による撚り掛け引き伸ばしか、回転速度の異なるローラーによる引き伸ばしと撚り掛けといった方法をとるの。いずれの場合も、精紡するためには前工程で多くの機械を通して粗糸(そし)をつくる必要があったの。だから、工場の規模は大きくしないといけなくなるわよ』
難しそうだ。カーラが説明してくれたガラ紡績機を作るのが最適解のようだ。
「そうか。なら、川沿いの別荘でも潰して、製糸工場を作らせるか」
『別荘?! どこにあるの?』
「アッコの港町のはずれだ」
『港? 海じゃなくて、川沿いにあるの?』
「お前を買ってからは行っていなかったな。ゼントラムから流れ出る大河がある。その向こう岸だ」
『そう。でも、買ったっていう言い方はやめて。水商売みたいだから』
「……そうか。すまなかった」
そういえば。オーランドはふと思った。
「書類整理がひと段落ついたら、飛脚屋に行って来よう。あの屋敷は母親が死んでから、放置されたままだ。多少片付けなければ、草ぼうぼうで入れやしない」
オーランドは設計図を片付け、さらさらとその旨を手紙に書いて封筒に入れ、封蝋を終わらせ、立ち上がって上着を羽織った。呼び鈴を鳴らしてニールを呼ぶ。
『お母さんって……もう亡くなってるの? 姿を見ないとは思ったけど』
「ああ。十年前に、馬から落ちて死んだ。馬が暴れて振り落されて、引きずられた上に踏まれて、
息子にも欲情する女の末路にはふさわしい、とオーランドは思っている。カーラはおずおずと聞いた。
『助けたりは、できなかったの?』
そう思うのも道理だ。カーラは母が自分に何をしたのかも知らないし、母がどこで死んだのかも知らない。
「アフェクの城の近くで死んだらしい。母親の姉で、アフェク領主の妻になったブリュンヒルドさんのところに遊びに行った帰りに、馬が蜂に刺されて暴れたらしい。遺体の損傷が激しかったという理由で、ここ領都アセルの城に運ばれてから埋葬されるまで、棺の蓋は開けられなかったからな。死因も分からん。案外、蜂に刺されたのは母親だったかも知らん」
『そう……お悔やみを申し上げるわ』
「……ありがとう」
気まずい時間は永遠に続くかと思われたが、ニールがやってきてすくに霧散した。オーランドは手紙といくらかの金銭を持って城下町に行った。飛脚屋に行くまでの道のりは、いつもよりきれいに見えた。
「物乞いが減りましたね。豊かになった証拠でしょうか」
「いや……寒さのせいで死んだのかもしれん。物乞いについては教会の慈善行動に任せているからな。俺は把握していない」
『何か領主の方でできないの?』
カーラの声。否の意味で首飾りを1度つつく。オーランドは独り言のようにいう。
「一定額を貧民援助用に寄付はしている。しかしその取り組みが具体的にはどうなっているかはわからん」
その言葉に、ニールが勢いよく応えた。
「きっと大丈夫ですよ! 次期領主様。きっと援助のおかげで、物乞いたちは教会の仕事を得て、家の中で温かい食事にありついていますよ!」
「神学校出身のお前が言うなら、間違いはないな」
「はい!」
そうこうしているうちに飛脚屋につき、オーランドは領内担当の飛脚のテーブルへ進んだ。飛脚を一人呼び止めて、届け先を伝え、手紙と規定の料金を渡す。すぐに彼は西へと向かっていった。
『ずいぶんにぎやかね。どこまで物を届けられるの?』
帰りがけにカーラが呟いた。オーランドは壁の料金表を確認した。
「領内、オステン……国中どこでも。料金は変わるが」
『そう。ありがとう』
オーランドは、数年後カーラに飛脚の存在を教えたことを、後悔することになる。
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