異端審問官

 寝静まったノーデン城の中、ある部屋の中に響くのは老年に差し掛かった男の声と、せいぜい中年かそこらの男の声。



「オステンに流れ着いた異人の処理は?」

「教会がすぐ接触して、異端として始末しました、あそこの領主は音楽と猫にしか興味がありませんからな」



 月も見えない深夜。その会話は、話している二人以外の誰にも聞かれるはずはなかった。この国のほとんどの人間は、この会話を伝えている電波を、音声に変える方法を知らないのだから。



「ノーデンと違うのはうらやまましいですな、あの次期領主は、何かあればどこへでも駆けつけますから」

「しかしですね、『外』には、この国の『絹の娘』を狙っている国があるようで」

「なぜです? 人の不死の探求のためなら、『外』にいる『不死の娘』のほうがはるかに……」

「『外』では、絹の虫が全滅したそうです。異人を始末する前に聞きだした所によると。悪い病気が流行ったとかで」

「……『絹の娘』を欲しがるわけですな」



 沈黙が降りた。ややあって、中年の男の声がした。



「早く『絹の娘』を見つけてください。『死体』から、やっと取り出せたと言うのに、火事に巻き込まれて行方不明とは」

「『死体』は、相変わらずそのままですか?」

「そのままです。いえ、硬直こうちょくが解けたと言う意味では、この数百年なかったことですが」

「引き続き見ていて下さい。ある意味では『不死』の一部を分け与えられた唯一の存在ですからな」

「ノーデンの次期領主についてはどうなさいます? 教会の地下の遺物に触れたかもしれないのですよ、彼は」


老いてしわがれた声に対し、まだ若さを残す低い声が応じる。


「中央から人を接触させましょう。あの次期領主は愚鈍ぐどんではありません、送る人間次第で十分牽制けんせいになるでしょうな」

「承知しました。手配します」



 そうして、深夜の密やかな会話は終幕をむかえた。



 その日、オーランドはデリックとニールを連れてティルス島の港から出した船の上にいた。



 デリックがニールを捕まえてくどくどと言っていた。



「良いか、オーランド様の側仕えと言うのはどこへでもお供するということだぞ、例えこのような粗末そまつな船であっても」

「は、はい……」



 オーランドはため息をついた。



「愚痴るか教育するかどっちかにしろ、デリック」

「教会から一時的だとしても引き取ったのでしょう? 神に守られた教会の畑でも駄目だったものを次期領主様が解決できる可能性は低いと思いますが、ニールを後継者にできる可能性があるなら、前もって苦労も教育しておくものです」

「勝算はある。存分に教育してくれ」


 オーランドが神父と賭けをして、その結果が出るまでという条件ではあったがニールを引き取ってから、デリックは本気でニールを自分の後釜にする気らしく、老骨ろうこつむち打ってオーランドの身辺についてニールに叩き込んでいる。真面目に話を聞くニールの巻き毛を初夏の潮風がもてあそぶ。いだ海は穏やかに船を揺らしていた。素潜り日和だとオーランドは思う。


 おそらく海に落ちたであろう爆撃機ばくげききを調べるために、早く船を出したかったが、天候が合わず六月にずれ込んでしまった。



 水音がして、素潜りをしていた漁師が船に上がってきた。オーランドは彼に声をかけた。



「見つかったか?」

「ありました、大きな鉄くずがいくつも。旧世界の遺物は潜ればよく見ますけど、藻も貝も、何も付いてないのは珍しいですね」

「旧世界じゃないかもしれんからな」

「は?」



 漁師は目をぱちくりした。



「いや、なんでもない。引き上げられそうか?」

「いえ……相当大きいです、この船の大きさだと、引き上げるのは無理だと思います」

「とりあえず、どんなものが沈んでいたか教えろ」



 カーラがささやいた。



『目立つシンボルとか、文字みたいなのがあったら教えて』



 オーランドは漁師に聞いた。



「何か目立つものが書いてなかったか?」

「一番大きい破片に、オレンジ色に黒で鳥か何かの絵が書いてあるのを見つけました。鳥が十字の上にとまっていました」

「なるほど。上手くなくていいからその絵を描いておけ、後でこちらに届けさせろ」



 船が港に泊まると、向こうから駆けてくる少年が見えた。オーランドが見覚えのあるつり目の少年だった。ニールが驚きの声を上げた。



「ハーヴィー! なんでこんな所に!? 聖歌隊は!?」

「中央から来た異端審問官いたんしんもんかん様の付き人になったんだ! いいか、変なもの見つけても絶対触るなよ、触ったら最悪……」



 その時、ハーヴィーの肩を大きな手ががっしりつかんだ。天をくような、並の男より大きいオーランドと比べてもさらに上背がある大男が彼の後ろに立っていた。



 広い肩の上に乗った峻厳しゅんげんな顔が言った



「あまり感心できる行いではありませんな、ノーデン次期領主殿」



 その頭に乗せた帽子は、中央教会の異端審問官であることを表していた。



「ゼントラムから参りました、ゴドフリー・パーソンと申します。オステンで異教審問がありましてな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る