アキノノゲシのせい


 ~ 十月二十五日(木) 逃 ~


   アキノノゲシの花言葉 幸せな旅



 とうとう修学旅行最終日。

 気付けば、大した思い出ができるでもなく。

 こうして帰りの電車をホームで待つばかりという俺なのです。


 ……いえ。

 穂咲と過ごした思い出がほとんどないと言っているだけで。

 思い出自体は、とんでもないことになっているのですが。


 でも、どれもこれも。

 思い出したくない事ばかりだったりします。


 そんな体験のおすそ分け。

 君たちもゆうさんのおかげで。

 素敵な思い出が出来たのですね。


「てめえ! 俺を見捨てやがって!」

「一生忘れられない思い出が出来たじゃないですか、六本木君」

「拳銃の密売みたいな真似させられた……」

「それはすぐに記憶から消してください、佐々木君」


 大きなスポーツバッグを片手に、朝からずっと同じセリフを吐く六本木君。

 そして、プラスチック製のキャリーバッグに腰かけて、呆然と虚空を見つめる佐々木君。


 きっとお二人は。

 ゆうさんから命じられて、同じ体験をしたのでしょうけれど。


「とんだ目に遭ったぜ!」

「だからと言って首を絞めないでください六本木君」

「貴重な体験だった……」

「だからと言って涙ながらに俺に握手されても困るのです佐々木君」


 ここまで感想が違うとは。

 ちょっと面白いのです。


 俺がゆうさんに冷たい反応を示したせいで。

 あのいたずら好きが猛反撃して来るものと思っていたのですが。


 この二人で楽しんだことでしょうし。

 きっと溜飲も下がっていることでしょう。


「ねえ六本木君。佐々木君が喜んでいるようなので、それでOKとしませんか?」

「しねえよふざけんな! 帰りの電車ん中で散々いたぶってくれる!」

「え? 俺の隣になんか座ったら、渡さんが寂しいでしょう?」

「香澄なんかどうだっていいんだよ! それよりお前を…………、いや? そういやお前、藍川とまるでしゃべってない気がするな」


 う。

 なんですそのニヤニヤ顔。

 そんなところで勘の良さを発揮されては困るのです。


「別にいつも通りですが? 土日なんか、まるで会わない日だってありますし」

「その言い方が既に怪しいんだよ。……まだケンカしてたのか?」

「別にもともとケンカなどしてませんが?」

「ケンカもしてねえのに意地久君とか呼ばれてんのか?」


 う。


 ……俺が答えに窮してしまうと。

 この悪友はやれやれと肩をすくめたのですが。


 佐々木君もため息をつきながら立ち上がって。

 女子グループへ向けて声をかけます。


「……藍川。ちょっといいか?」

「なあに?」


 名前を呼ばれて呑気に近付くこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、おばさんにも俺にもセットしてもらえないせいで、とうとう下ろしっぱなしにして。


 どこで摘んできたのやら、アキノノゲシを耳の横に一輪挿しておりますが。


「ちょ……、佐々木君? 何するおつもりなのです?」

「何かをするのは君の仕事だろ、秋山。せめて帰りの電車ででも仲直りするんだ」


 そんなお節介と共に佐々木君が振り返るその先に。

 既に穂咲が到着して、きょとんとしておりますが。


 やめてください六本木君。

 俺の背中を押さないでください。


「……なんなの? また、意地久君があたしの悪口言ってた?」

「言ってませんよ。あと意地久君って呼びなさんな」

「じゃあ、意地悪な事言わないで欲しいの」


 ここのところ見慣れた、穂咲の真剣な怒り顔。

 見ていると寂しくなるのです。


 でも、本当に寂しいのは。

 こんなに怒る理由を、俺が知らないことについてなのかもしれません。


「……うまく聞き出せますかね……」

「なにを? 誰から?」

「いえ、独り言です。……帰りの電車、お隣りに座りませんか?」

「意地悪な事、言わない?」

「言わない言わない」

「…………じゃあ、今、あたし口説かれてる?」

「違います!」


 俺たちのやり取りを聞いていたようで。

 途端に色めき立つギャラリーの皆さん。


 真っ赤になって否定する俺の前では。

 へーほーふーんと、上から目線の穂咲がニヤニヤしているのですが。

 調子に乗りなさんな。


「そんなら考えてあげない事も無く無いことも無いの」

「どっちか分かりませんけど。口説いてるわけじゃありませんから」

「そんなら考えてあげない事も無く無いことも無いでも無いの」

「ほんとどっちか分からないのです。あと皆さん。俺を小突くのやめませんか?」


 みんなしてこのーこのーと肘をぶつけてきますけど。

 穂咲まで突いてきますけど。


「しょうがない道久君なの。特別にお隣になってあげるの」

「良かったのです。なんだか、修学旅行だというのに穂咲と全然話していない気がしてましたから」

「それは同じなの。せめて、電車で楽しくお話するの」


 そう言いながら、軽く微笑んだ穂咲さん。

 鼻歌など歌い始めたのですが。


 同じ気持ちでいたと聞いて。

 なんだか嬉しくなってしまった俺に。


 再び襲い来るこのーこのーも。

 ちょっぴり、心地よく感じます。


 でも。


「だから。君は小突かないでください」

「なんだかみんな楽しそうだから、あたしも乗っといたの」

「乗らないでいいから、電車が来るまで大人しくしてなさいな」

「あ。今のうちにお花摘みに行っとくの」

「今からっ!?」


 大人しくしておけと言った矢先にこれです。

 なんといういつも通りな子。

 それにしても、電車来ちゃったのですが。

 間に合うのでしょうか?


 ひとまず穂咲の荷物を持って。

 みんながぞろぞろと電車に入るのを見送って、結局最後、一人だけ取り残されたのですが。


 当然と言いますか。

 電車のドアから、先生が真っ赤な顔で怒鳴ってきます。


「何をやっとるか貴様は! 早く乗れ!」

「それがですね、穂咲がトイレに行っちゃったのです」

「なに!?」


 車両から顔を出して。

 俺の指差す方へ顔を向けた先生。

 その先で、わたわたと走る穂咲の姿を見とめると。


「急げ藍川! もう発車するぞ!」


 大声をあげたその瞬間。

 発車ベルが鳴り響いたのですが。


「まさか、ホームに人が残っているのに発車するわけ無いでしょう? 運転手さん、待っててくれますって」


 暢気に指摘した俺を。

 先生は噛みつかんばかりに否定します。


「それは二両しかない地元での話だ! 東京でそんな悠長な事する訳無かろう!」

「え? ……ほんと?」

「お前も急げ!」


 先生はそう言うと、俺が足元に置いていた穂咲のバッグをひったくるように車内へ放り込み。

 さらに手を伸ばしてきたので、肩に下げていたスポーツバッグを預けます。


 そして、ちょうど駆け込んできた穂咲が電車に飛び乗ったので。

 俺も後に続こうとしたのですが……。



「あれ!? なんだこれ! 靴が地面に張り付いて……っ!」

「ふざけてないで早くしろ秋山!」

「ほ、ほんとに足が上がらなくて! これ、どうなってるの!?」

「道久君! 急ぐの! みちひ……」



 ぷしゅー



 …………うそでしょ?

 ドア、しまっちゃったのです。


 そしてドアの窓に先生と穂咲。

 並んでバンバンと叩いている姿が遠ざかっていくと。


「やっぱ軍用は違うなあ」


 背後から顔を出したのは。

 接着剤のチューブを手にしたゆうさんでした。


「よう、帰んなくていいのか? こっちにいる気なら、いいバイト紹介するぜ?」

「さすがにふざけんな」



 こうして俺は、修学旅行最後の最後で。

 ホームに一人、立たされることになりました。


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