ハナキリンのせい


 女の子の内緒の話は。

 開いたままのサッシから届く雨音のリズムと共に。

 大きな声で語られます。


「あのね? パパに、はこはいつかえってくるのってきいたら、ぶろーちはたいせつなのだからかえってこないんだよって。でもぶろーちは、おとなになったらパパにもらうから、いらないの」


 そんなお話をしながら。

 女の子はピンクの宝石箱を嬉しそうに胸に抱きました。


「そしたら、はこはパパがもってきてくれたの! でも、このはこはママのだから、あたしがおとなになって、パパからほうせきばこもらうまでかしといてくれるって! だから、それまでママにみせちゃだめって……、あっ!」


 見せちゃった。

 そのことに気付いた女の子は、慌てて服の中に箱を隠します。

 でも、ママには女の子がどうしてその箱を持って来たのか分かりません。


「……内緒なのに、どうして見せてくれたの?」

「うん。あのね! きれいなのみると、げんきになるから! ママ、かぜがなおるから!」

「この箱が、綺麗なの?」

「ううん? なかみ!」


 そう言って、女の子が再び宝石箱を取り出して。

 蓋をひらいたその中に。

 ブローチの代わりに入っていたものは。


 使った後の、くしゃくしゃになった黒い絆創膏でした。


「……なんで、こんなの入れてるの?」

「これ! ママがきれいってあたしのことほめてくれたの! うれしかったから、あたしのいちばんのきれい!」


 …………この絆創膏を貼ってあげた時。

 確かに、この子を褒めてあげた気がする。

 綺麗だと、最高だと言ってあげた覚えがある。


 今、思えば。


 私はこの子を褒めてあげたことなんかほとんどない。

 あの人への態度と一緒。

 ずっと叱ってばかりだった。


 だからだろう。


 この子は、たった一度褒められたことを。

 ずっと大切にしてくれていたんだ。



 一番の綺麗を、宝物にしてくれていたんだ。



 ……ママは何も言えなくなって。

 女の子を、ぎゅうっと抱きしめました。


 世界で一番綺麗な宝物を。

 ぎゅうっと抱きしめながら、ぽろぽろと泣きました。



 むかしむかしのおはなし

 おしまい




 ~ 十月十九日(金) 誕パ庇 ~


   ハナキリンの花言葉 逆境に耐える



 週明けに控えた修学旅行。

 ケンカしたまま迎えるわけにはいきません。


 そんな俺の心配を知ってか知らずか。


「意地久君は、こっちを見ないで欲しいの。授業中なの」


 ……まる一週間。

 ずーっと冷たい態度を取り続けるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪で、小さなおさげをたくさん作って。

 それぞれを、ピンクの針金を使ってぴょこぴょこと跳ね上げているのです。


 それだけでもバカなのに。

 おさげ一つ一つの先端には。

 ピンクの小さなハナキリン。


 『キスミークイック』の別名通り。

 可愛いピンクの唇のようなお花が、ちゅーの形に開いていますが。

 そんなにたくさんの口が頭からぴょこぴょこ生えていると。



 ……メデューサに見えます。



 そんな失礼なことを考えているとはおくびにも出さず。

 どうやってこいつの機嫌を取ろうかと考えていたのですが。


「……今、何か失礼なこと考えてたの」


 うぐ。

 さすがに分かりますか。



 幼馴染というものは面倒なもので。

 いらんところで以心伝心なのです。


 やれやれ、今日の帰りにでも機嫌を取りましょうか。

 確か、修学旅行の買い物が終わっていないはずですし。

 荷物持ちでもしてあげたら少しは許してもらえるでしょう。


 ……そんなことを考えていたら。

 これなのです。


「今度は、なんか企んでる時の顔なの」


 うぐ。

 さすがに分かりますか。


「でも、穂咲には得な話ですので」

「そんな風には見えなかったの。まるで、あたしの買い物に付き合って荷物持ちでもすればここんとこの意地悪を許してくれるだろうって考えてるような顔なの」


 うぐ。

 そこまで分かりますか。


 そんなやり取りをしている間に、終業のチャイムが鳴り響き。

 穂咲は先生への礼もそこそこに、ピンクのキャリーバッグをよっこいしょと手に持ちます。


「それ、朝から気になっていたのですが。何を入れて歩いているのです?」

「ママの用事で東京に行くの」

「え? 一泊?」

「三泊」

「三……!? え? 修学旅行はどうするのです!?」

「現地集合なの。先生OKは貰っているの」


 そう言いながら穂咲が見つめる先で。

 先生はうむと頷いていたりするのですが。


 これではほんとに。

 仲直りの機会もないまま修学旅行が始まってしまうのです。


「じゃあ急がなきゃなの! じゃあね、意地久君!」

「ちょ!? 現地で会えるのでしょうね?」

「……それは、あたしのセリフなの」


 え?


「どういう意味です?」

「意地久君、修学旅行来れたらいいの。じゃあ、もう行くの」


 …………え?

 ほんとにどういう意味なのでしょう?


 キャリーバッグをガラガラと引いて教室を出て行こうとする穂咲の姿を見ながら首を捻っていたら。


 俺の疑問を晴らしてくれる人が声をかけてきたのです。


「……秋山。この後、職員室へ来い」

「へ? ……また成績のことですか? それならちゃんとすると前回も……」

「交番から連絡があったのだが。お前、昨日警察の厄介になったそうだな? 教頭が、問題を起こした当人から事情を聞きたいとおっしゃられている」


 うぐ。

 そこまでバレていましたか。



 警察の御厄介になったのは、穂咲のせいなのですが。

 そんなことを言ってあいつが連れ戻されて。

 おばさんとの東京行きを止められては可哀そうです。


 仲直りしたい。

 そう思うのならば。

 穂咲が見ていない所でも、庇ってあげなければいけません。


「分かりました! 俺が一人でふざけて警察の御厄介になった事、しかと教頭先生にお話いたしましょう!」

「……そうか、なるほど。また貴様は誰かを庇う気だな?」


 あれ?

 そこまで分かりますか?


「まあ、そういう覚悟なら仕方ないが……、覚えておくと良いぞ?」

「何をです?」

「教頭は、非常に神経質な方なのだ」

「…………それが?」


 先生は、こめかみに指をやりつつ。

 ため息交じりに言いました。


「今回の修学旅行参加人数が三百一人と聞いてから、ずーっとイライラしていらっしゃる」

「……げ」


 こうして俺は。

 端数のような一席を死守するため、必死の弁明をすることになりました。


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