ケイトウのせい


 すぐにあやまればいいのに。

 ぼく、またしっぱいしちゃったの。


 みんなでがんばってこさえてたおすなのやま。

 ほーちゃがかってにトンネルをほってこわしちゃったから。

 みんなで、バカっていっちゃったの。


 そしたらほーちゃ。

 なきながらにげてっちゃった。


 すぐにあやまりたかったのに。

 あやまれなかったの。


 こないだ。

 ひどいことをいったらすぐにあやまらないとっておもったばっかなのに。

 しっぱいしちゃったの。


 ごめんなさいなときって、どうしてドアがひらかないんだろう。

 いつものおかってがひらかないから。

 おみせのほうからおうちにはいろうとしたら。


 ほーちゃがろうかにでてきて。

 おにかいにあがっちゃったの。


 ほーちゃ、ないてたのに。

 おにかいは、ぼくはあがっちゃいけないから。

 もうあやまれない。


 ぼくはかなしくなって。

 なきながらおうちにかえったの。


 ごめんねっておおきなこえでいいながら。

 おうちにかえったの。




 ~ 十月五日(金) 勉誕パ赤省榊謝 ~


   ケイトウの花言葉 感情的



 すぐに謝ればいいのに。

 俺は、何度同じことを繰り返したら覚えるのやら。


 こんな事があると、必ず思い出します。

 幼稚園の頃、穂咲をみんなでいじめて泣かせてしまったあの時のことを。


 忘れられない思い出。

 胸に刻みつけられた思い出。


 穂咲が泣きながら家に帰ってしまって。

 すぐに謝れなかったから、何日か、会うのも気まずくなって。


 泣く泣く母ちゃんにそのことを白状して。

 手を引かれて、お隣に行ったら。


 顔中口紅を塗りたくった穂咲がおばさんに叱られていて。

 お腹を抱えて笑ったのです。


 ……あの、お化けみたいな穂咲の顔。

 忘れられない思い出なのです。



 まあ、そんなことはさておいて。

 きっと班分けのせいでイライラしていたのでしょう。


 いつもの穂咲の軽い冗談に。

 俺は酷い返事をして怒らせてしまいました。


 ちょっと涙ぐんでいた穂咲。

 あの日と同じなのです。


 ……そして、四時間目の途中で帰っちゃったけど。

 なにもそこまで同じにしなくても。


 責任を取って。

 昼休み、五時間目、六時間目と立たされて。

 久しぶりの、一人の帰り道。


 携帯に指を滑らせながら。

 何十文字も、何百文字も書きながら歩いているはずなのに。


 どうしてだろう。

 画面に映っている文字は、たったの四文字。


 そしてしばらくすると。

 文字はすべて消えてしまうのです。



 謝りたいのに。

 もうすぐ駅だというのに。


 ちゃんと、謝ってから電車に乗ろう。

 そう決めた途端。


 どんよりとした空から。

 にわかに大粒の雨が落ちてきて。


 普段とは違う、痛いほどの雨が。

 俺の肩を強く小突くのです。



 予報では、雨の確率は低かったのに。

 こんな事になったのは、きっと俺のせい。

 俺の心が、空に映し出されてしまったせい。


 慌てて駅へ駆けこんだけれど。

 制服も鞄もずぶぬれで。


 そのまま電車に乗るのも気が引けましたが。

 でも、乾かしようもないのでやむを得ません。


 暗い気持ちと共にホームへ向かうと。

 手の平の中に、さらに落ち込むものを見つけてしまいました。


 打ちかけのメッセージ。

 その一文字目だけが。

 穂咲へ送られていたのです。


 訂正するにしても。

 なんと言い訳したものやら。

 考えている間にも、雨足が耳を叩くほどに強くなってきました。


 電車を待ちながら、ひとまず母ちゃんにメッセージを送ると。

 開いた傘と、閉じた傘のマークが届いたので。


 安心しながら電車に乗ったその直後。

 テレビを見ながら横になって、お尻を掻いてるスタンプまで届いたけれど。



 どっちやねん。



 なんだか、タヌキに化かされている気分。

 穂咲が帰ってしまったのも。

 この雨も。

 すべてまやかしなのではないでしょうか。


 だって、揺れる電車の窓には。

 見たこともない、黒い景色が描かれていますし。


 そんな風景画に、斜めに筆が入れられて。

 どんどん塗りつぶされていく様子を眺めていたら。


 ふと、穂咲に送ってしまった一文字だけのメッセージのことを思い出して。

 気が重くなりました。


 あとで、あの重たい勝手口のドアを開いて。

 直接伝えよう。


 そう思いながら改札を出たら。

 見慣れた傘を持って。

 見慣れない傘をさす女の子の姿がありました。


 彼女が、俺の謝りたい相手。

 藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りにお団子にして。

 そこにケイトウをわんさか生やしている女の子が。


 見慣れた方の傘を渡してきたので。

 俺はいつもの隣より、一歩下がって歩き始めました。


 すぐに謝ろうと思ったけれど。

 君はこうして来てくれたし。

 君の傘は、くるくる回っている。


 きっと、さっきのメッセージに込めた想い。

 届いたんだね。


 何度も伝えたら。

 さっきの想いが、半分になってしまいそうで。


 だから。


 何も聞こえないほどに地面を叩く雨の中。

 俺は、小さな声で、たった四文字。

 それだけを、ぽつりと呟いたのでした。


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