メランポジウムのせい


「何度言ったら分かるのよあんたは! これで遊ぶなって言ってるでしょ?」

「あのね、ママ、ちがうの。くろいのだとついてないの。さくさくは、それなの」

「なに言ってるか分かんねーわよ。はあ……、しかしあんたの高性能レーダーにはまいった。どうして米びつの中にあるこいつを発掘できたのやら」

「それ、だって、おうひさまのだけど、あたしのなの」

「私のだって言ってるでしょうに。……こら、ブローチを口に入れなさんな。それも返しなさい」


 ママが、ブローチのよだれをぽんぽんと拭きとって。

 宝石箱にさくっとそれをはめると。

 女の子がとっても悲しい顔をしました。


「それ、あのね? あたしのばんは? ママ!」

「ほんと何言ってるのよ。……ひょっとしてブローチも気に入ったの?」

「これ、あのね、ママ、きれい!」

「そうね、ママは綺麗ね」


 そしてため息と共にダイニングテーブルへ腰かけたママは。

 宝石箱から台所へ目を移します。


 こんな狭くてごちゃごちゃなキッチン。

 あたしの美的センスが許さない。

 だから、これはもうあの人にやらせよう。


 …………あたしが手を出す前は。

 もうちょっと綺麗だった気もするけど。


「ああ、もう! イライラするっ! あんたもそう思うでしょ?」


 ママが女の子に話しかけてみたものの。

 さっきまで立っていた場所から彼女は姿を消していて。

 音もなく椅子によじ登って、宝石箱へ手を伸ばしていました。


「こら! これはダメって言ってるの! あんたにはこないだあげたのがあるでしょうに!」


 残念、あとちょっとの所だったのに。

 女の子は、ママに叱られて驚いて。

 椅子から足を踏み外して落っこちてしまいました。


「ブローチと宝石箱は、二十歳になったらパパから買ってもらいなさい」


 床にべちゃあと落っこちた女の子は、ママの足にすがりつきます。


「じゃあ、ママ! はやくおおきくなるから、しおからたべる!」

「塩辛? なんでよ?」

「おとなのあじってパパがいってたの!」

「…………ほんと馬鹿な子ね」

「ばか?」

「そう。馬鹿」


 それを聞いた女の子は、悲しくなってしまいました。


 ちょうど部屋に入って来たパパと入れ違いで。

 女の子はべそをかきながら、二階の寝室へ走って行きました。




 ~ 十月三日(水) 勉誕計見パ赤省榊炒痛 ~


   メランポジウムの花言葉 小さな親切



「じゃあ、指輪は無し、と」

「うん。ああいうデザインリングは自分で買いたいものなの。男の子から気軽に渡されると、逆にショックなのよ?」

「となると、神尾さんのお店で売っているものは必然的にネックレスかブレスレットの二択?」

「ううん? あとは、カメオとブローチ」

「ブローチか……。付けたとこ見たこと無い」

「結構応用が利くから便利よ。マフラークリップにしたり、帽子飾りにしたり、あとは……、こんな感じ」


 そう言って、ブローチが紐の結わえ目代わりになっている可愛いお弁当袋を見せてくれたのは神尾さん。


 お昼休みの教室で。

 俺は昨年同様。

 誕生日プレゼントの相談を彼女にしているところなのです。


 そんな会話をしていられるのも。

 この人がそばにいないからでして。

 戻って来られると、話が停止してしまうのです。


「ふう! 危うくまた真っ黒こげにするとこだったの!」


 そう言いながらフライパンを揺するのは。

 困っている人を見かけたら。

 たとえ教室の果てまでも駆けつける親切娘。

 こいつの名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、きょうはポニーテールにして。

 その結わえ目辺りに、黄色いメランポジウムを三輪ほど揺らしているのですが。


 そんな穂咲が挑んでいるのは。

 先日の文化祭以来どうも苦手意識がついたらしく。

 昨日の晩、そして今朝と続けて焦がしてしまったチャーハンなのです。


 ……でも、その失敗作を。

 我が家まで持ってこないで欲しいのです。

 二食続いた焼き過ぎおせんべいのせいで。

 ちょっと胃が痛く感じるのです。



 さて、そんな中でも課題はクリアして行かないと。

 穂咲への誕生日のプレゼント。

 ここまで話が進んだら、とっとと決めてしまいたいところ。


 俺は教室を見渡すと。

 都合のいいことに、迷惑そうにする小野さんにしつこく話しかけている立花君を発見しました。


「穂咲! 小野さんが困ってる!」

「はいなの!」


 ふう、扱いやすいやつ。

 俺は、いつもの苦笑いで固まっている神尾さんに向き直り。

 ブローチの選び方についてもう少し語ってもらうことにしたのです。


「……なるほど。じゃあ、ちょびっとお高めなものなら喜んでもらえるって事?」

「そうじゃなくてね? 見た目の高級感が大切なの。可愛さよりも」

「難しいですね……」

「ふう! ふう! め、目が回りそうなの!」


 そして再び舞い戻って来た穂咲が慌ててフライパンを揺すりますが。

 すこうしキツネさんに色づいたチャーハンがフライパンの中で香ばしそう。


 ……もうちょっとだけ平気かな?

 神尾さんのお勧めによりブローチをプレゼントすることは決まったのですが。

 どんな感じの品があるのか見ておきたいところなのです。


「穂咲! 日向さんがあらぶってる!」

「千歳ちゃん、落ち着くの!」


 やれやれ。

 俺は神尾さんが携帯で調べてくれたラインナップに目を通して。

 何となくイメージを付けることが出来ました。


「……じゃあ、予算的にはこの辺りになりそうなのです」

「う~ん……。こういうのはうちじゃ扱ってないの。いいお店を後で紹介するね」


 よし、これでプレゼントは目処が立ちました。

 課題は半分クリアと言ったところでしょうか。


「あーーーーーっ!!!!!」

「うわ!? 何事!?」


 急に聞こえた大声に、慌てて振り返れば。

 穂咲がフライパンを火からおろしながらしょんぼりしているのですが。


「……しまった。実に香ばしいのです」

「うう……。また失敗なの……」


 しょんぼりと、肩を落とした穂咲。

 でも、チャーハンを焦がしてしまったのは君のせいではありませんし。

 仕方ありませんね。


 俺は穂咲からフライパンを取り上げて。

 比較的無事な半分を穂咲のお皿によそって。

 ぱりぱりまっ茶色な部分を俺のお皿に乗せました。

 ビバ、テフロン加工。


 それにしても、三食続いておせんべい。

 そろそろ胃痛が本格化しそうです。


「では、いただきましょうか」

「でも……」

「何をしているのです? 美味しそうに焼けているのです」


 俺がおせんべいを両手で持って。

 ぼりぼりとかじる姿を見ると。


 穂咲は肩を落としながらも。

 えへへとにっこり微笑んでくれました。




 ……でも。


「今晩こそ名誉を返上してみせるの!」


 その宣言はどうなのでしょう。

 返上してどうする。


 いえ、チャーハンに関する名誉。

 もともと持ってないでしょうに。


 しばらく、俺の食事はおせんべいばかりになりそうなのです。


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