第9話 悠城想人の捧ぐもの

「なんか、ちょっと可哀想だったよな」

「……何がです?」

聞くまでもない話を蒸し返され、悠城想人は不機嫌そうに言葉を返した。

いや、と愛居真人は霊鳥の背中で仰向けに転がりながら、大きく伸びをした。

蛇目町での後片づけを護法輪の者たちに任せ、二人は帰路についている。

悠城想人が呼び出した霊鳥『ライト・ブラザーズ』はウィルバーとオービルの名をつけられた二つの首を持つ巨大な鳥だ。

その背中に転がりながら、愛居真人はぼんやりと空を見上げていた。すでに夕日が沈みかけて、星が光り始めている。

その横で座禅を組みながら、悠城想人は弟の言葉を頭の中で切り捨てた。

行きこそは急ぎだったので真人を抱えて最大速度で想人自身が飛んだが、帰りは特に急ぐ必要もない。霊鳥任せでゆっくり帰ればよかった。

それでも、霊鳥は航空機並みの速度で飛んでいる。


元より、二人は高校生と中学生。ただの学生に過ぎない。

退魔組織である護法輪内での立場はないに等しく、ただその能力を重宝されて呼び出された、というのが実情だった。

そこに流前罪火という悠城想人の育ての親、愛居真人の縁戚上の祖父が、護法輪総代という組織の最高権力者という事情が関わり、今回のような扱いになった。

だから、二人は本来あの場にいたはずのない人間なのだ。

事件解決の功績は沙蛇家と護法輪直属の第一、第二部隊に与えられ、彼らには何の栄誉ももたらされない。元から身内の不祥事のようなものだとしても。


「……今回の功績と失態を以って、沙蛇家は永森家より正式に蛇目の地を継承します。逆に言えば、永森の親族に残ってもらっても困るのですよ」

「まあ、殺さなくて沙蛇あたりに預けさせるって手もあったんじゃねーの?」

「それだと今度は湯葉が出てくる。あの子には湯葉の血が流れているのですからね」

永森紗那ながもりしゃな。悠城想人がその手で殺した少女の扱いについて、想人の中では最初から決まっていた。その母と祖母が辿る末路についても。

想人が決めている以上、真人はそれに従う。ただ、そこに疑問がないわけではなかった。

「湯葉は守進派です。あちらに蛇目を取らせるわけにはいかないのですよ」

「革世と守進ねえ。護法輪が戦うのは妖魔のみにあらずってやつか」

革世派の頭目を祖父に持つ真人にしてみれば、最初からどちらか一方の派閥に組み込まれているということ自体にも不満ではある。馬鹿馬鹿しいというべきか。

だが、護法輪術者の血統を重視する守進派にとって、父がその猶子というだけで血の繋がらない祖父を持つ真人、そして兄として共に育てられた凰家おおとりけの私生児である想人は、その存在自体が否定されるべきものだ。

そうである以上、二人に選択肢はなかった。

護法輪と関わらずに生きるには、生まれからして特殊過ぎたのだ。


「今回のだって、結局は沙蛇に恩を売ったようなもん?」

「そうなりますね。沙蛇昇司はともかく、沙蛇家は私とは無縁でしたから」

師父のものとで一時期学んでいた沙蛇昇司の姿を思い起こして、悠城想人は静かに息を吐く。表ざたに出来ない恩の受け渡しなど、実際にはなんの役に立つのか疑問だ。

結局は、師父に対して自身の有用性をアピールする以上の効果はないのではないか。

もっとも、その師父は最初から沙蛇家に永森家を継承させるつもりだったのは明らかだ。祭儀で使うための祭器を事前に用意するように仕向けていたあたり、最初からこの事件が起きることも計算の内だったのではないか。

祭器の準備にまだ数日かかるというのも、その間に湯葉大地の不正を暴くための準備期間を用意したとみることもできる。

あくまで邪推だが、師父のやり口を、想人は良く知っていた。

師父はそう簡単に陰謀を仕掛けるような人間ではない。それを逆用されることを警戒しているためだ。

だが、他者が失敗することを予見して布石を打つのは師父の定石手段だった。

今回もそうだったのだろう。祭儀が失敗するのを見越していたはずだ。

「私自身は目立つわけにはいきませんからね。今はまだ」

「目立ちたくないも何も……もう充分、問題児じゃねーかな」

この数ヶ月で悠城想人が引き起こした問題を考え、真人はぼそりとつぶやく。

「だから、こうやって功績を積み上げていく必要があるんでしょう」

それが薄氷の希望に過ぎないとしても、来たる破滅を乗り越えるためには、悠城想人には師父に言われるままに動くしかなかった。

「ま、いーさ。僕はソードについていくだけ」

再び背伸びをした真人に、想人は不機嫌さを隠さなかった。

「君までその呼び方をする」

「いーじゃん。ソードってカッコよくない?」

「安直なんですよ。私が剣道やってるからソードなんて」

えー、と不満げに口を尖らせた真人を無視して、想人は携帯端末に届いたメッセージを読む。

「おばさまから夕飯までには帰ってこい、だそうです」

「……晩飯、なに?」

「さあ、そこまでは」

背中で騒ぐ兄弟を乗せたまま、霊鳥は静かに飛び行く。


その先には、夜の闇を煌々と照らす街の光が待ち受けていた。

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