第4話 突破

結界内に侵入した二人を待ち受けていたのは、空を飛ぶ白い羽の生えた蛇の群れだった。

「ケツァルコアトルかよ!ちっちぇえな!」

全長6メートルはある蛇を小さいと断じる愛居真人の声を背中で聞きながら、悠城想人は空中で一瞬、静止する。

妖怪慣れした想人、真人の兄弟にとって、人間より大きい妖魔など珍しくもない。

正面から迫る妖蛇、いや神使の群れを気にも留めず、想人は周囲に素早く目を走らせた。

同時に、想人の両手が前に突き出され、その左右の指が一度ずつ鳴った。

何気ない動作だが、それだけの動作で、二つの巨大な竜巻がその指先から生み出される。

逆回転の渦が正面から迫る白い羽蛇の群れを巻き込み、左右に引き離す。

想人の左右の指先から邪紋が広がり、肘を超えたあたりで消える。

しびれるような痛みが指先から上腕まで伝わった。

羽蛇の群れを引き離し、想人はそのまま地上へ向けて急降下した。

「ジャック・チャーチル!」

想人の叫びと同時に、降下する真下の中空に巨大な魔法陣が形成される。

陣の中から巨大な腕が突き出し、その腕が地面に突き立ち、その巨体を空中に顕現させる。

背中に巨大なバグパイプを背負い、右腕には長剣、左腕には長弓を携えた鋼鉄の鎧をまとう軍装の巨人は全長20メートルを超える威容の偉丈夫だ。

それが中空から、想人より先に地面に降り立ち、轟音を響かせた。

その音に引かれ、地上の白蛇たちが、一斉に巨人に向かって集まり出した。


「傷つけるな。長く抵抗はして、ひきつけろ」

想人の言葉に、巨人が長剣と弓を地面に落とす。

巨大な二つの武器が、左右の家屋に倒れ掛かり、屋根ごと押しつぶした。

その音と、土煙を隠れ蓑に、想人は真人を背負ったまま少し離れた通路に降り立つ。

「——真人」

「ほいさっと」

地面に降り立つのと同時に、真人が背負っていたバックパックから、白い外套を引き出して、背中に降りると同時に想人に被せ、自らも同じものを羽織った。

その目の前を、巨人と同等の巨体を持つ大蛇が横切った。

さらに、その足元を、1メートル前後の蛇がすり抜けていく。

蛇たちはまるでその場に二人がいないかのように、巨人めがけて集まっていく。

二人が纏った霊毛布は、その気配を遮断する。見えずらくなるだけで、完全には物理的に隠ぺいすることこそできないが、その魔力、霊力を隠し、神使の探知から逃れることが可能だった。

反面、この霊毛布を纏った状態では、飛翔能力や大掛かりな霊力の行使もできなくなる。

「ここからは歩きかー」

真人は周囲に視線を巡らし、眉をひそめた。

道路の壁にもたれかかったまま倒れた人間の遺体。

その顔の目や耳、口、鼻。穴という穴から、小さな白蛇が這い出ている。

そんな死体がそこかしこに見られた。

二階の窓から上体だけを突き出した遺体を見て、想人もまた表情を固めた。

「——住民は全滅だな」

さらに二人は視線を巡らせる。

その視線の先、町の外周を囲う光の壁とは別に、町の中にもう一つの小さな光の柱が立っている。

永森家のある屋敷だ。蛇目町では、歴史のある家柄だった。

「——走るぞ」

想人の言葉に、真人が頷く。

二人の目の前は、死体からはい出した蛇で埋め尽くされそうになっていた。


道に蔓延る蛇の群れをさけ、兄弟は塀の上を走る。

霊毛布を纏い、霊力が使えなくなっても、兄弟の鍛えられた身体には何の問題もない。

わずかな幅しかない家屋の塀であっても、二人は地面と変わらずに走り続けられる。

塀が途切れ、道路が迫る。兄弟はそのまま跳躍し、向こう側の塀に飛び移った。

その姿を、道を往く蛇たちは見ることが出来ない。

すべてが、町の外周近くで暴れる巨人に向かっていく。

そのはずだった。

だが、わずかな数の蛇が、飛び行く二人の姿を追う。

神使の霊感ではなく、視力で物を見る蛇が混じっているのだ。

それらの蛇に合わせて、巨人に向かっていた蛇の一部が、兄弟の姿を追い始めた。

「殺すどころか、傷つけてもダメってのも嫌なとこだよなあ」

想人の後ろを走る真人が、蛇の動きに気づいてぼやきながら腰から銃を取り出す。

銃と言っても実銃ではない。モデルガンですらなかった。

よく出来た玩具の銃。特撮番組やアニメで見るようなカッコいいだけの見た目のものだ。

無論、この状況で持ち出した銃が本当に玩具であるはずがない。

引き金を引くと同時に、圧縮空気で打ち出された弾丸が、道路に着弾する。

着弾と同時に、弾丸に込められた魔力が解放され、範囲は小さいが、大きな突風が巻き起こった。

その風に巻き込まれて、二人を追おうとした蛇たちが舞い上がる。

個体にもよるが数メートル吹きあげて、蛇たちが地面に落ちる。

ボトボトという音と引き換えに、銃を放った真人の右腕に痛みが走った。

邪紋が右手に絡みつき、動きを止める。

だが、想人と違って、その紋様が消えることはなかった。

「真人!」

一時的な足止めを果たした真人の前で、想人が小さく叫ぶ。

二人の進む先の塀が途切れ、広い道路が広がっていた。

4車線もあれば、闘気を使わずに飛ぶことは難しい。

霊毛布を纏ったまま、二人が内功を練り、気功法で身体を強化する。

霊毛布は、外に霊力が使えないだけで、体内で気を操る分には問題はないのだ。

二人が同時に跳躍し、数十メートルの距離を飛んで、想人は向かい側のマンションの壁に張り付く。跳躍が足りず、真人の身体は途中で失速した。

二人の能力は同じではない。悠城想人と愛居真人の身体能力は年齢差以上に純粋な開きがあった。

接面と同時に、想人の右手には黒い長刀が出現し、それを壁に突き立てる。

壁に自身を固定した想人の頭上にワイヤーが突き立ち、今度は巻きとり音とともに真人が壁に張り付く。彼の使う銃は、特殊な構造で銃身上部のアタッチメントを取り換えることで、様々な状況に対応することが出来る。

想人との能力差を補うため、真人は様々な道具を駆使していた。


二つ目のワイヤーを屋上に射出し、壁を登り始めた真人を下から見上げながら、壁に突き立てた黒刀の刀身に目をやり、想人は感嘆していた。

「良い造りだ」

黒曜石のような輝きを持つ刀は、コンクリートの壁に突き立ててなお、歪みも折れもせず、壁に刺さったまま想人の身体を支えている。

悠城重工の冶金術は、時代が変わってなおも変化している。

剛性。義父から与えられた剣は、想人の性に合っていた。

「——真人!」

想人の声に応じ、先にマンションの壁を登り切った真人が、ワイヤーを下ろす。

すでに、霊毛布では、蛇の視覚から身を消すことは出来なくなっていたが、それでも派手に霊気を使って注目を引き付ける必要はなかった。

現に、今は蛇たちは飛んだ二人の姿を見失ったらしく、うろうろとあたりを這い回っている。空を飛ぶ羽蛇も一定の場所を周回しているだけで、彼らに気づいた様子はなかった。

吊り下げられたワイヤーを伝い、想人はマンションの屋上に身体を持ち上げた。

普段は封鎖されているだろう屋上には、蛇の姿はなかった。

屋上の端から下を見下ろし、20メートル級の大蛇がマンションの周辺を這い回っている姿を見ながら、想人は眼前にある光の柱を見上げた。

小さな町だ。

後はマンションの屋上伝いに2ブロックほど跳べば、そこに永森家の屋敷がある。

「さて、話がわかる人間が生きていればよいのですが」

余裕を取り戻し、想人の口調は再び丁寧なものに戻っていた。

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