第2話 背信の守護家

「若様、よくぞお越しくださいました」

悠城想人と愛居真人。

空からキャンプに降り立った二人を遠巻きに囲んでいた術者たちの中から、一人の青年が出迎える。

「お久しぶりです。沙蛇」

想人の言葉に、沙蛇昇司は深くお辞儀をした。

鋭い目つきを眼鏡で隠すようにした、頬のこけた青年だ。

「ご無沙汰しています。若様」

頭からかぶった外套と錫杖を備えた術者の青年は、恭しく想人の前に傅く。

その仕草を、想人は手を挙げて制した。

「礼は結構です。まず状況の報告を」

「一刻を争うと聞いて何も聞かずにこちらは来ています」

想人の言葉に続き、真人の言葉が続く。

二人で空を飛んでいた時とはまるで違う。想人と同じ口調、同じ言い回し。

悠城想人の補佐役となるよう育てられた少年は、まだ未熟であってもすでにその役割を果たそうとしている。

「では、失礼ながらこのまま状況を」

二人に、手の動きだけで場所を移動するように促しながら、沙蛇は踵を返す。

その姿に、三人を遠巻きに取り囲んでいた術者たちが割れて、道を作る。


「まず、御覧になったかと思いますが、妖蛇が町全体を侵食しています。結界で外部への流出を防いでいる状態ですが、継続的な封鎖は不可能であると考えています」

「——正体は?」

「当初は、妖蛇に対して迎撃を行いましたが、迎撃した第一部隊の先鋒が行動不能に陥りました。

……祟りによるものです」

「では、あれらは神使であると考えればよいか」

「おそらくは」

歩きながら言葉を交わす沙蛇の表情は厳しい。

そうしているうちに迷彩柄の軍服を着た男たちとすれ違う。敬礼する彼らの姿はまるで軍隊そのものだ。

退魔組織たいまそしきである護法輪ごほうりんの術者。その中でも最高権力者である護法輪ごほうりん総代そうだいの直轄部隊である第一部隊は、軍隊同然の訓練を受け、重火器の扱いにもたけた精鋭だ。

実際に防衛軍に所属し、対人、対妖魔の対策を兼任する彼らは旧来の法術者と比べ、現代の戦闘技術を習得しているという点で一線を画す。

敵が妖怪であるなら、彼らにはいくらでも戦う術がある。

だが、神使、神の使いとなれば話は別だ。

想人にも険しい表情が浮かぶ。

話の中で、自分たちが呼ばれた理由を理解しつつあった。

「——どのような経緯でこの事態にいたったのですか?」

想人の横合いから、真人が沙蛇に問う。


「実は、2年ほど前から、護法輪の調査部よりこの町の守護を司る永森家に内偵が入っていました」

沙蛇は眼鏡のつるを右手で顔に押し込むようにした。説明をする際の彼の癖だ。

「罪状は横領。祭祀である永森家当主が、祭器の調達費を不正に使用している疑いがあったためです」

「祭器の不正とは?」

「年一回の神事にて、前年に納められた祭器に溜められた穢れを払い、新たな祭器を奉納するのがこの街の儀式だったのですが」

そこで沙蛇は言葉を切る。そして吐き捨てるように言葉をつづけた。

「業者と結託し、祭器を買い替えたように見せかけて、同じ祭器を再び奉納していた疑いがありました」

「費用は院から出ていたのか?」

想人の言葉も厳しい。それまでの礼儀正しさが消え、冷淡な表情に切り替わっていた。

「その通りです。永森家の資産では祭器の調達が困難になり、10年ほど前からその補助金を護法輪の財務部より供出していました」

現代において、時代の変化に対し、古くから続く地場の術者、守護の家系が維持できなくなることは珍しくもない。

血筋が途絶え、術を使えなくなることもあれば、収入や生活様式の変化で術者本来の家業で食べていけなくなることもある。

護法輪にはそれらの家を支援する扶助組織としての一面もあった。

「現在の永森家当主は他家からの婿養子です。前当主の頃はそれで問題がなかったのですが……」

「たしか元は湯葉家の人間だったか……それではな」

想人は湯葉家に関する資料を思い起こしながら歩を進める。

実際に尋ねたことはないが、師父から与えられた資料による資産規模、屋敷などから、どういった育ちの人間であるかは検討をつけられる。


臨時の前線基地となった術者のキャンプの中心にあるテントの中で、机の上に広げられた資料を見ながら想人と真人、そして沙蛇はさらに話を続けていく。

「昨年の祭祀の後、この蛇目町の山側で妖蛇の目撃情報が寄せられていました。その時は、近隣の術者が対処に当たり、これを討滅したのですが」

「……その時にも祟りがあったと?」

「その通りです。術者は数週間にわたる人事不省に陥り、回復後も記憶の混乱や体調不良が見られました。この件から、調査部が目をつけていたのですが、今日までに確たる証拠がつかめず。残念です」

「神使を殺めたとはな。これでは怒るのも当然か」

「……いくらなんでも神様舐めすぎ」

沈黙していた愛居真人が口を開き、沙蛇は頷いた。

元々付き合いのある沙蛇との三人となれば、真人の口調は自然砕けたものになる。

沙蛇の手が資料から日付、そして画像を並べ、状況を一目でわかるように時系列に整理していく。

それを見ながら、真人が質問を始める。

「そして今日が、次の祭祀の日だった、と」

「儀式の途中から妖蛇が町中に溢れだしたようです」

「当主はどうなりました?」

「妖蛇の出現と同時に逃亡したようで、この町内にはすでにいません」

「追跡は?」

「愛人宅に逃げ込んだことが確認されています。第二部隊がすでに現着しており、二時間以内にこちらへ連れ戻せます」

質問を真人に任せ、沙蛇の並べる資料に目を通していた想人が地図上に指を走らせた。

「——その家族はまだ町の中、か」

「そのようです。結界が確認されており、まだ健在であるかと」

目を細めて資料を見る想人の顔を伺い、沙蛇は背筋を伸ばした。

「どうなさいますか?」

その言葉に応えようとした想人を遮るように、騒然とした雑音がテントの外から響いた。


――結界が破られた、と。

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