第14話 #大人の都合

全グループのダンス審査を見終えた田中はファイルにグループ毎に目を引いた個人の名前を書いたメモを入れ会議室のある3階へと階段を使って向かっている。


はぁはぁ。田中は階段の手すりに体を預けて大きく息を吸う。


田中は中年のおっさんだ。健康に気を使う歳であったから階段は使うし、専ら飲むのは黒烏龍茶である。


健康に気を遣っていると言っても、おっさんである田中は階段の途中で息切れするのだった。


「あ、田中さん!お疲れ様でーす!」


あまり見ない顔だ。ダンスのトレーナーの一人だろう。確か日野という苗字だった様な気が田中はする。


「ああ、日野さん。お疲れさま。ちょっと…階段がキツくてね。この年齢になると。」


そう言って田中は腹を揺らして笑うが、日野はイマイチ笑えなかった。中年の自虐ジョークはまだ若い女性である日野には共感できないものがあった。ただヤバイじゃん、と思ってしまうのだ。


「日野さんはさ、気になる人いた?」

「気になるですかー。ダンススキルって面だと竹田此ノ香って子ですねー、でも普通に途中で出てっちゃった子も気になりますね。どうしたんだろって。名前はー確か花恩だった様な。そこそこ覚えも良かった方なんですけど緊張ですかね。」


途中で出ていってしまった子。田中の中でも確かに印象に残った子ではある。そして、あの手の子は丸内が好きそうな素材だったが、人前に出るのがアイドルである、せめてその場に踏み止まるぐらいの胆力は持っていて欲しかった。


「その花恩って子。さっき私のとこまで謝りに来たんですよ。綺麗な子たちと一緒に。6番のシール胸元に貼ってましたけど、ウチのグループの子じゃなかったです。お姉ちゃんとかですかねー。」

「謝りに?」


日野のマシンガントークの合間を縫って田中がそう聞くと日野はハイと答えた。


「審査の途中で出ていったから審査員の人にも迷惑かけたんじゃないかと思ったらしくて。メンバー全員にも謝ってきたらしいです。」

「へー。それは……いい子?だね。」


田中の頭の中で打算が駆け巡る。手に持ったブリーフケースから候補者をまとめたバインダーを取り出しパラパラとめくる。山澄花恩。13歳。2005年9月16日生まれ。誕生日は明日だ。これがもしS評価の子と絡んだ話だったら、行合坂を作っていく上で面白いエピソードになるかもしれない。


「綺麗な子って?どんな子だった?」

「一番綺麗な子はハーフっぽかったですね。目鼻立ちがはっきりしていて。…あぁ、ハーフの子はもう一人いました。後、もう1人は…うーん、あんまり覚えてないです。」


ハーフが二人いるグループ?資料を捲る手を止め田中は考えた。それはグループ9ではないだろうか?グループ9の園忍かもしれない。園忍は山澄花恩と同室である。可能性は高い。


バインダーにファイリングされた資料の中で園忍の部分を見つけると、田中は日野に見せた。


「この子?」

「ああ、そうです。そうです。この子です。」


田中の脳内でそろばんの珠が弾かれる。園忍は二次審査三次審査を通して、田中の中でS評価を取り続けている。それはつまり、自意識過剰でも何でもなく行合坂女子学院の中心メンバーになる可能性が高いということである。


それならば、中心メンバーの関わるこの良いエピソードは使える。これは行合坂にバックストーリーを作るその一環である。依怙贔屓でも何でもない。これは行合坂を調べてより応援しよう、となるバックストーリーのエピソード第1話となるかもしれないのだ。


田中は、急いでグループ7の山澄花恩の欄にチェックを入れ、ある女の子のチェックを外し、要検討とだけ書き込んだ。



日野は田中と共に会議室へ向かう。日野の横で田中は蜻蛉の形をした特徴的なネクタイピンを頻りに触る。考え事をしているようだ。階段を登りきってから、日野は気を遣って話すのをやめた。


しかし、その日野に構わず話しかける人がいる。丸内亘である。丸内は会議室前のソファに腰掛けていた。目の前の小さなテーブルには缶コーヒーが数本のっている。


「ああ、田中さん。お疲れさまです。」

「!…お疲れさまです。丸内プロデューサー、会議室に何で入らないんです?」


田中がため息混じりにそう言うと、丸内は缶コーヒーを投げてよこした。


「今回は長丁場にはなりませんが、前方不注意はいけませんよ。」


そう言うと、丸内は缶コーヒーを一本手に取ると会議室へと入っていった。田中たちもそれに続く。


「田中さん、缶コーヒー一本残ってますけど。」

「多分、日野さんの分だから貰っときな。」


日野はその缶コーヒーを机からつまみ上げる。ブラックコーヒーだ。実は日野はブラックコーヒーはあまり好きではない。しかし、上司から貰ったものだありがたく貰っておいた。


田中は会議室に入るすぐの席に座る。運営委員会の幹部が一同に会し会議するのはもちろん最終審査に誰を通すかである。


グループ7までは順調に決まる。問題は山澄花恩である。本人には小動物的な可愛いさと守ってあげたくなる雰囲気があり、上がり症の気があるが八丈島から応募してきたという出自もいい。本人の持つ純朴さを更に引き立てている。そのため二次審査まではA評価だった。


しかし、ダンス審査途中で逃げ出したのは田中的にはマイナスだったがS評価の園忍とのエピソードになった時点でプラスとなった。


「グループ7で誰を上げます?」


進行役をする猿渡マネージャーが口火を切った。田中は丸内を見る。丸内は頬を掻いて待ちの姿勢だった。


「私は山澄花恩をおします。」

「いいね。」


田中の案に丸内は賛成する。これで花恩が二日目三日目に何か致命的なことをやらかさない限り最終審査に進むことが決まったも同然だった。


「他には?」

「竹田此ノ香と安齋実里を。」


案が次々と出る。その中から丸内が"いいね"と言ったものが採用されていく。


丸内自身は自分の中で明確に駄目だという理由が見つかるもの以外はとりあえずはいいねと言う。丸内に引っかからなくても他の人に引っかかっる、それは取りも直さず、そこに丸内が認識できない需要があるということかもしれない。そうこれまでプロデュースしてきた中で丸内は感じるのだ。



「猿渡さん。今どれくらい残ってる?」


とりあえずの話し合いが終わった。田中は猿渡に何人残っているかを聞いた。1日目である、そこまで厳しくするつもりもなかった。


「152人です。」


田中は丸内を見る。丸内は頷いた。これで1日目の会議は終了である。


1日目は比較的楽に終わったが、デビューの人数は25人前後の予定だ。何人か辞退する可能性を考慮しても採用するのは27、8人なのだ。一般公開する予定だから、最終審査はお披露目みたいなもの。ということは今回である程度決めなくてはならないのだ。田中は特に3日目は長引く事を予感した。

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