第8話 #大人

IKB49。それは今日においてアイドルといえば思い浮かべられるグループの筆頭格だ。彼女らの姿はテレビや雑誌に見ない日はない。


それを好意的に捉えるか嫌悪的に捉えるかは個人による。しかし現実的に日本社会にこれ程までに浸透した彼女らの「公式ライバル」そうコンセプト付けされたのが行合坂女子学院であった。


そうコンセプト付けされた以上、当初はその人気にあやかった丸内グループ内の一種のプロレスでしかないという印象を持たれていたのは間違いない。


しかし、予想に反し「公式ライバル」という肩書きをもってして、積極的にIKBグループと絡んでいくのではなく行女はIKBと一線を画した活動を行っていく。だからといって、IKBグループとの繋がりが断ち切れていたかといえば、そうではない。IKBグループと行女の関係性は政権闘争という場面での政党制に似ている。アイドルシーンにおいて有権者に選択を丸内グループ内に限定させ、丸内グループで次の"政権流行"を決めさせる。


そして、55年体制の様に強固だった与党IKBからアイドルシーンでの流行政権を得るまでにはシャドー影のキャビネット内閣としての役割を担う期間が必要だったといえる。その期間はIKBの影、対比されたグループとしての要素が強かった。



「ああ、すいません。パーテーションはこう置いてください。」


田中義純運営委員長はサニーミュージック行合坂ビルで行われる第二次審査の東京会場の設営に追われていた。


"行合坂女子学院"プロジェクトは始まったばかり。運営委員長が設営まで手を出すほど人手は足りていなかった。このプロジェクトの本格稼働に向けて各部署に現在進行形で交渉しており、主要なメンバーは各所に派遣されているため最低限の人しかおらず、社内で時間がありそうな人に声をかけて回り手伝ってもらっているのが実情だった。


田中は右手の腕時計をチラリと見るがジャケットで隠れてしまって見えない。


「猿渡さん、時間教えて時間!」


今回の第二次審査の資料が入った段ボール箱を運ぶ少し小太りの猿渡マネージャーが首をググッと下にして自分の腕時計を覗きこむ。


「八時半です。」

「そう、ありがとうね!」


田中は握った手汗を履いていたダメージジーンズに擦り付ける。オーディションは9時10分から。刻々と時間は迫ってくる。


猿渡マネージャーが机に資料を並べている。それを眺めつつ、東京の部ではS評価の子が多いのを思い出した。しかし、その評価はただ書類を見てというだけなので自撮りのうまさでも変わってくるため変わる余地はいくらでもある。こちらとしては実質今回が一次審査であった。


まだ時間がある。田中は缶コーヒーを買いに下の階へ降りていくことにした。


「あぁ!田中さん、お疲れさまです、丸内です。」


田中が降りていった階段の下に丸内がいた。田中の数段下にいる腰の低い小男こそ、ムーブメントの作り手、丸内亘だ。


「お疲れさまです。丸内プロデューサー。広島会場に行かれないんです?」

「ちょっと予定が変わりましてね。東京会場を見学させてもらおうかな、と。」


田中は缶コーヒーを買うという当初の目標を忘れ丸内を連れてオーディション会場へ向かう。



「公式ライバル」という一見しっかりしているようでふわふわとしているコンセプトとは裏腹にこの"行合坂女子学院"プロジェクトのクリエーションの方針はそれなりに決まっている。より、ファッションモデルという方面を意識し、可愛さ、綺麗さというのはもちろんだが骨格の綺麗さ、洋服を美しく着ることのできるスタイルの良さというのはキーワードではある。


二次審査ではその部分をよく見極めるつもりで田中はいた。


「もう時間ですね?」


時間は9時5分。丸内がそう言った。慌ただしく動くスタッフに対し田中とその後ろに座る丸内はパイプ椅子に座り資料を見ていた。


「そうですね。」


田中は言った。その時、入りまーすという声とともにオーディションを受ける女の子の第一陣が入ってきた。猿渡マネージャーからマイクを渡される。


「一列に並んでー…個人撮影するからねー。」


田中はマイクに向かってそう言うと、入り口で団子になりかけた女子のグループがパーテーションの前で一列に並んだ。





順調にオーディションは進み、二日目の7グループ目。このグループにはS評価が一人いる。下手な自撮りだったが、そこから見える顔の良さは群を抜いていた。その名前は園忍。はっきり言ってグループアイドルのオーディションに何故応募してきたのかわからない。この容姿ならどの事務所のどのオーディションでも受かっただろうに、と田中は思う。田中は短く整えられた口髭を扱く。しかし、スタイルが悪いかもしれないし、そう考えるのも早計かと思いつつ田中は7グループ目が会場に入ってくるのをじっと待つ。


コンコンコン。


「どうぞー!」


田中がそう言うと観音開きの扉が開き、一列に候補者が入ってくる。田中は最後尾の方に目を惹きつけられる。園忍である。172cmという高身長、スタイルが悪いわけなく、逆にスタイルの良さが売りになりそうな予感をさせる。パッと見たところ8頭身〜9頭身はあるか。ベラルーシではスタイルの良い女性のことを耳から脚が生えているような女性というがまさに彼女がそれだった。


ここで田中はふと頭に過ることがあった。それは、他の候補者、特に受かる可能性の高いS〜A評価の候補者で彼女以外は一人165cmの子を除き全員162cm以下。グループとして踊るには支障が出る。フロントで踊ってもらうのは難しい。


オーディションは進む。


「終了。次の人。」


注目の園忍の番だ。園が受け取ったマイクをトントンと叩く。田中はタイマーを押した。全員の視線が園に注がれる。


「茨城出身。大学一年の園忍です。特技はジャズ好きの親の影響で幼少期からやっているアルトサックスと趣味のブッシュクラフトから火起こしです。」


アルトサックスに火起こし。更にブッシュクラフト。ブッシュクラフトに関しては随分と男らしい趣味だと田中は思う。


「火起こしはここでは流石に出来ないのでアルトサックスを少し披露しようと思います。」


園のアルトサックスはプロレベルとはいかない。しかし、アマチュアとしてなら十分上手い部類に入るのでないかと田中は思った。田中は園に入ってもらうならモデルをやってもらう気でいる。そのため、ある質問を投げた。


「園さん?ちょっとなんかポーズとってみてよ。」


園が固まる。これは予想外だったかなと、田中は椅子に背中を預けながら思った。しかし、数瞬たってもポーズを園がやろうとしない。


「……出来ないの?」

「………出来ません。ポーズ自体あまりとってこない人生だったので。」


この容姿なら幾らでもポーズをとる機会なんてあったはずである。それを出すのが恥ずかしいのか、本当に機会がなかったのか。そう答えてしまうことになった彼女の人生に田中は興味を持たされてしまった。


「そう。じゃ、歌。」


歌を聴く前に、田中は三次審査のために園忍の名前をメモする。園はIKB48との差別化のためのファッションモデル路線に必要な容姿を備える有望株の一人として田中の頭には既にイメージ戦略上の重要な駒として計算されていた。

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