第3話 #家

ボスッ。バックパックを肩から下ろした園はベットに飛び込んだ。そして一旦、掛け布団の中へ潜り込み顔を出す。ちらりと見た本棚。教科書が並ぶ。漫画は三段目に数冊置いてあった。


園は掛け布団に包まりながらゴソゴソとポケットからスマホを取り出す。


応募には自撮り写真が必要らしく、オーディションの応募のため園は家に帰ってきたのだった。園には蕎麦屋では恥ずかしくてとても自撮りなんてできないのだ。


家といっても茨城の家とは違い、6畳ほどの大きさの部屋だ。築18年で新しいとは言えないマンションだが暮らすには十分だった。しかし、ここで自撮りするとなると、どこで撮っても生活感しかしない。


とは言え、本質的には自信がない人間である園は自撮りなどした事がない。ましてや、外でするなんてことは恥ずかしくてできない。そう考えると、園は家で撮るしかないのだった。


園はベットの上でゴロゴロと寝返りをうつ。そうすると、衣装箪笥が視界に入る。園はその中身が気になって起き上がった。しかし、衣装箪笥に触れた瞬間直感する、アイドルっぽい可愛い服なんてない。


「自分から着たくない感あるし、いいか。」


そう言って、期待せず確認の為に中身を見てみてもやはり可愛い服なんてなく、自分が着ていたものとなんとなく似ているものしかなかった。


客観的にみれば今の容姿は可愛いというよりカッコイイ服が似合うだろう。しかし、ゴスロリにしても普通似合ってしまうに違いない。


だが、ゴスロリが好きな人には申し訳ないが園自身も女性の可愛らしい格好は好みとするところではなかった。


「んー…どうしようか!」


園はベットに身を投げ出す。園は頭の中で考えを巡らせる。しかし名案は浮かばない。浮かばないので仕方なく起き上がった園の視界にある物が飛び込む。


絨毯じゅうたんである。この生活感ある部屋を隠すのにもってこいだ。そう考えたら即実行。机の下やベットの下にまで敷かれた赤いエスニックな柄の絨毯を引きづり出す。そして、それを持ってベットの上に乗ると柱にガムテープで固定しようとするがうまくいかない。何度も片手で重い絨毯を支え柱にガムテープごと貼り付けようとするができないのだ。


ドサッ。絨毯が落ちる。


「……あああ!メンドイ!」


不貞腐れた園は狭いベットに大の字になれないまでも目一杯体を伸ばす。


「……まぁ、ドアの前で撮ればいいか。」


園はベットから跳ね起きた。乱暴にまとめられた絨毯が音を立てる。


「…化粧!」


園は化粧をしてないのに気が付く。


「困ったなぁ…。」


園は化粧道具の小箱を見つけたものの困ってしまう。それは園が化粧をした事がないからである。鏡の前のまだ見慣れないを見つめる。


どうやって使うんだろうか…。そう考えつつ、BBクリームを手に取る。


脳裏にが使う光景が閃く。


「ああハイハイ…ん?記憶かこれ?」


記憶だとすると、おかしいのだ。これは夢のはずだから。夢なら自分が全くした事がないことは出てこないはずである。


記憶だとしたら、自分に化粧をした経験はないから昨日までの自分がした記憶である。夢ではない可能性が頭の隅に芽生える。とはいえ、どこか…例えば映画や動画で見た可能性もある。その時の記憶かもしれない。


園は夢でない可能性を頭を振って頭の中から追い出した。


「んな、わけないよなぁ…。」


園は蘇った"記憶"を元に化粧ナチュラルメイクをするとキッチンの前を通りドアの前で適当に自撮りをする。はっきり言って慣れないことであるため、より綺麗に見えるということはけっしてない。どちらかといえば、ド下手な部類である。しかし、資料としての写真であるから出来は関係ないと園は自らを納得させる。


「いいや…これで。こんなもんだろ。」


園はとりあえずスマホで撮った写真をアップロードする。そして自分の名前を入れる。


「ん?…俺の名前って忍でいいのかな。」


もしかしたら、園クリスティー忍とかになっているかもしれない。そう思った忍は学生証を机に置きっ放しにしていた黒い財布から抜き出す。


IP1748096 園 忍その しのぶ。同じだ。


「当たり前か、自分だもんな。」


そして、他の空欄を埋めていく。


「特技と習い事、資格か…。特技は…アルトサックスだな。まぁ10年やってるもんな。あと、火起こしもあるか。資格は英検一級、自動車免許と。」


ボッチの特性か、園はついつい独り言が口から次々と出てくる。


「よし、終わった!」


園は入力し終えた応募フォームを送信した。そしてベットの上で胡座をかく。


「そういや、お母さんに言うの忘れたな…。」


ベッドをつけた壁に背中を預けて園は言った。電話をかける。


プルル。


しのぶぅ?」

「あ、お母さん?ちょっと話があるんだけどー。」


頭上から垂れる部屋干ししたデニムが頭をかすめる。頭皮ごしに"自分"より脚が明らかに長いのが伝わる。


「何?」

「気が向いたから、アイドルのオーディションに応募してみたんだけどー。」


話ながら園は脚を伸ばす。脚を伸ばすと椅子に当った。コロコロと椅子が回る。


「あ、そう。お?おー頑張って。アイドルになったらアンタの根暗な性格トコ治るかもね。」

「ははは、そうかも。意外でしょ?応募したの。」


まぁねーと答えた母親の電話越しに皿を洗う音が聞こえる。


「あ、邪魔だった?」

「邪魔じゃないよー。忍。お父さんにも電話かけてあげなよー。スネてるから、さ。」


園の両親は茨城県北部に住んでいる。電車で直ぐという距離でもないが、遠いというと、他県のもっと遠い島根や大分出身の人にいや近いだろという目で見られるほどの距離だ。


「マジ?なら今度かけるわー。」

「そうしなさい、そうしなさい。それじゃあねー。」


ブツッと電話が切れる。いつもより重く感じる頭。園は無意識に肩甲骨の上まではある長い黒髪を手でいた。

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