アイドル@KAKUGEN_ojisan TS

三渕

第1話 #ボッチ

格言おじさん @KAKUGEN_ojisan。たまに格言を呟くだけのフォロワー数は200に満たないアカウントである。弱い。


格言好きなだけあって、その中の人はオタクである。そして、おじさんではない。園 忍。19歳。法学部に所属する大学生である。若い。


そんな若い格言おじさんはぼっちである。ぼっちであるが故にインドアと思われがちだが、意外にアクティブでもある。とは言え、ぼっちなので人旅、一人焼肉、一人カラオケ、一人映画館、一人遊園地、一人キャンプ、1人メイド喫茶……etc、当然全て1人である。一人なのだ。


ふと格言おじさんはサルトルの名言を思い出す。


格言おじさん @KAKUGEN_ojisan

青春とは奇妙なものだ。外部は赤く輝いている

が、内部ではなにも感じられないのだ。

ジャン=ポール・サルトル


格言おじさんは別にサルトルを研究している訳ではない。だから、本当の意味なんて分かりはしない。ただ、格言を愛している。だから、なんとなく今自分が思った気持ちに合った名言や格言を呟くのだ。


それだから、この日、1人でブッシュクラフトをしている最中、手を止めて、サルトルのその言葉を口の中で呟いてみた。何故この名言を呟いてみたのか?格言おじさんは思ったのだ、俺の人生、外から見て何の輝きもしていないではないか、と。


そんな思いを隠し、園 忍格言おじさんはナイフをシャラっと意味もなく格好を付け鞘にしまった。そして、木々の間に広げたタープの下に入り込む。パチパチと焚き火から音が聞こえる。沢で水が静かに流れる音が岩の上に自生する苔の表面を縫うように伝いながら、園 忍の耳元にまで届いた。


園は趣味こそ変わっているが別に仙人ではない。承認欲求だって人並みにある。これまで、園は人生において量より質を重視してきた。その結果、自分の思う質を探求した結果1人だった。


いくら変わった所が多いとは言え普通の19歳だ。愛されてみたい。しかし、1人では愛されるということは出来ない。


格言おじさん @KAKUGEN_ojisan

Sī vīs amārī, amā. -愛されたいのなら、愛しなさい。

セネカ


だが、ボッチだ。そんなことを考える、園の目の前にタレ目で髭面のセネカ先生が現れる。セネカとは古代ローマの哲学者である。有名な業績というと暴君ネロの家庭教師だろうか。業績といってよいかは微妙だが。しかし、"ネロの五年間"は功績に入れてもよいはずである。それはそれとして、当然目の前に現れたのは園の妄想である。


「忍。お前さんのやるべきことを言おう。それは君自身の権利を守ることだ。あるいはこぼれ落ちた時間を掻き集め、守ることだ。」


園は自分の権利は何だろうと考えた。人に愛される権利だろうか。それは権利だろうか。権利ではないような気が園はした。


しかし、セネカ先生は続ける。その足元で焚き木が弾ける。


「私たちの時間はときに奪い取られ、ときに削り取られ、ときに流れ去る。」


「だが、もっとも恥ずべき損失は怠慢のせいで起きるものだ。それに、君がよく注意しようと思っていても、人生はこぼれ落ちる。」


そう言われて、自分の心を覗くように、ステンレスのキャンプ用のマグカップに並々と注がれた烏龍茶の水面を園は覗く。


「その大部分はなすべきではないことをしている間だ。そして、もっとも多くの場合、何もしない間や全人生は筋違いのことをしている間に溢れ落ちるんだ、忍。1人で居るべき時期なのか、今は?」


そう言うだけ言うと、セネカ先生はトガを翻し、木々の中にほどけるようにその姿形を霧散させた。園は寝袋に包まって微妙に撓んだタープをなんとなく見つめる。ランタンの灯りにつられ虫が時折飛んできてタープに止まる。


園は何かを思い出したかの様に急に寝袋から這い出る。頭をタープが掠る。


「今とかけ離れた生活な…。」


一人でいないということはつまり今と正反対と言わないまでもかけ離れた生活と言える。


なら、具体的にかけ離れた生活とは何だろうか?クラブとかディスコへ行ってみることだろうか。ホームパーティをやってみることだろうか。園はそれをやる自分自身が想像できなかった。


園は消えかけの焚き火に焚き木を投げ入れる。結局、考えているうちに園はランタンの下の焚き火の前で寝てしまっていた。


細かく僅かに地面が振動する。ランタンが怪しく光った。それも二度。


さわさわと広葉樹が一斉に揺れる。


屋根代わりのタープが広葉樹の葉に合わせ、ゆっくりと揺れる。


パチンと焚き木が弾けた。



その朝。



園は若干の違和感と共に起き出した。特に目線が下がっているわけではない。着ていたウィンドブレーカーのデザインが少し変わっていた。気付けば、バックパックも35Lと少し小ぶりに変わっている。


園は目を瞬かせる。知らないうちにデザインや容量が変わることなんてことはもちろん当たり前ではない。


園は手櫛で側頭部を辿るとなぜかヘアゴムっぽいものに辿り着く。突如現れた触り覚えのないそれを園は何か生き物だと勘違いして、右手で掴み取る。しかし、それは無情にもやはりヘアゴムで、その先には勿論髪が纏まっていた。


自分の髪がこんなにも長いことは無かったはずである。園は電源を消してバックパックに入れたままであったスマホを取り出して、自分の顔を確認する。


一見してどこか厚ぼったかった自分の顔と比べて爽やかな印象を受けた。その顔は目鼻立ちが当社比5倍ではっきりしているものの自分の顔の面影を見出せるほどには自分の顔だった。しかし、明らかに女性になっていたし、ハーフなのに日本人要素しかなかった自分の顔に父親の遺伝が現れていた。



格言おじさん @KAKUGEN_ojisan

Everything changes but change itself.-変化そのもの以外のすべてのものが変化する。

ジョン・F・ケネディ



「いや、でも変わり過ぎだろ。」


あまりにも浮世離れした事態にかえって冷静になった園は自らのツイートに突っ込んだ。結局、夢だと結論した園はバックパックの中身を物色する。倒木に座った園は物色しながら長い足を組み直す。


女性であっても自分自身なのか変わり映えはしなかった。変わった所は無駄に持ってきていた本などが無くなっている所だろうか。と考えていたが、"見慣れない"反面、愛着もある気もするジップロックを見つけた。その中身は化粧道具だ。とは言ってもその中には日焼け止めやBBクリームなどの最低限のものしか入っていない。


鳥の囀りさえずりが聞こえる。


「ん?」


何故最低限とわかるのだろうか。園は怖くなってジップロックをバックパックの中にしまい込む。


顔といいジップロックといい自分が自分ではないように感じられたものの夢が覚める呪文なんて園は知らないから仕方ない。


いつも通り、夢が覚めるまでこの夢に付き合うほかない園はそう思った。


格言おじさん @KAKUGEN_ojisan

Ad supervacua sudatur.-人は余計な物を求めて無駄な汗をかく

セネカ



結局、夢ならば、醒めようと努力してもしなくても醒めるのだ、園はそう頭の中で結論した。

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