人類は敗北した。だが何も変わらなかった。ただ一つを除いては。


 XXXX年。

 僕がのほほんと暮らしてる間に、人類はどうやらいつの間にか宇宙戦争において敗北していたらしい。

 いわゆる外星人、宇宙人と呼ばれる人々が密かに太陽系の地球圏に飛来しており、宣戦布告した後すぐさま地球の主だった国々の主要な地域を占領したとかなんとか。

 その時点で降伏勧告はもちろん受けたらしいけど、やはり一度は矛を交えなければ勝敗はつかないと軍人たちは思うのだろう。

 

 だけど、悲しいかな技術力の差はいかんともし難かった。


 未だ人類はガンダムみたいなマシンを作れてもいないのに、あっちは人型でビュンビュン飛び回るカッコいい機械で軍事基地を襲来しまくっている。

 戦車で人型機械に勝つなんて無理じゃんねえ。

 反攻を企図した所は尽く焦土と化した。

 まさに鏖。

 ぺんぺん草の一本も生えないとはこのことである。

 外星人の彼らが曰く、地球人が武力蜂起したので威力偵察がてら戦ってみたのだが、思いの外……だったそうだ。


 流石に地球の人々もここまでの差を見せられてまだ戦おうとするほど愚かではない。

 一部どこかの国の指導者が核ミサイルを外星人の宇宙船団に向けてぶっぱなしたようだが、丁重に迎撃されたあげくシェルターに隠れていた筈の指導者が衛星軌道からのレーザー精密狙撃によって蒸発したが、それは些細な事に過ぎない。

 

 と言うわけで、人類はたった一ヶ月で敗北した。

 これからは外星人たちの占領支配を受け、屈辱的な扱いを受けるのだろうと誰もが覚悟していた。

 もしかしたら、太陽系以外の他の銀河系に進出する際の尖兵にされるやもしれない。

 良い様にすり潰されてしまうかも……。

 などと顔面蒼白になりながら交渉についた人類は、しかし肩透かしを食らう事になる。


 なんと、今までのように暮らして構わないとのことだ。

 敗戦国は勝った側の戦費を負わされるのもままある事なのだが、それも負わなくてよいと。

 人質やら何かを供出する事もなく、そのまま暮らして良いと。

 

 ただし、一つだけ条件がある、と外星人たちは注文を付けた。



 



「それがまさか、眼鏡を付ける事だなんてね」

 

 僕、目黒鏡一郎は朝、鏡を見ながらぼやいた。

 外星人たちの姿を初めて見たのは戦争の後だったが、全員が一人の例外もなく、ゴーグルのような眼鏡を付けていた。

 彼らは自分たちの事を眼鏡星人と呼んでいた。

 直接的すぎるがわかりやすい。

 曰く、彼らの目は人類に比して様々なモノを可視化出来る上に、特殊な光を発する事も出来るらしいが、あまりにも高性能すぎるがゆえに目にかかる負担が凄まじく、普段はこれを掛けていないと生活できないらしい。

 いままで制圧した星々には皆、自分たちの傘下であることを示す為に眼鏡を掛けさせるという。

 

 眼鏡星人は人類が同じく眼鏡を開発している事に共感と感動を覚えたらしい。

 別に他の星でも作っている所はあるだろうと思ったが、他の星は直接目を作り替えるとか入れ替えるとかそういう事をやっているらしく、道具で目をカバーするような事はしていないのだとか。

 

 だが一つだけ問題があった。


 彼らから支給された眼鏡のデザインがダサすぎる。

 ゴーグルタイプなのはまだしも、彼らの色彩感覚は人類には早すぎる。

 その形もだ。

 意図はなんなの? と問いたくなるような奇抜な形。

 パリコレでよく見る奇抜なデザインの服とかがあるじゃん。

 ああいう感じの眼鏡ばっかりなの。

 

「いつ見てもダッセえなあ……」


 僕は洗面台に置かれた眼鏡を掛けて、自分の姿を確認する。

 皆が皆これを付けてるから違和感がない様に思えてるだけで、自分の姿を地球人のセンスで客観的に見てみたら間違いなくパリコレで作った眼鏡ですか? と問われる事間違いなしだ。

 救いなのはみんなが強制されて着けているから自分だけが浮いているわけじゃないということか。


 そんなわけで適当に朝食を取って学校に行くわけだけど、通学途中にシュプレヒコールを上げている集団に遭遇した。

 彼らは一様に、あの眼鏡を外している。

 

 勿論、人類が敗北して唯一の条件である眼鏡を付けろと言われて、はいそうですかと素直に着けている人ばかりというわけではないのだ。

 彼らは宇宙人の支配に反対する、いわば反眼鏡星人勢力だ。

 地球のそこかしこにゲリラ的に潜伏しているが、彼らの特徴はやはり眼鏡をつけていない事にある。

 地球人類は眼鏡星人の支配から逃れ、再び反攻を開始し、地球を自らの手に取り戻す必要があると言うのが主な主張であった。


 そして、時折彼らは眼鏡星人たちへ見せしめのように行う事がある。


「今日のターゲットはこいつだ!」


 彼らの一人に指を指された僕は、いつのまにか後ろに回っていた仲間たちに強く頭を殴打されて目から星を飛び出させた。


 

 

 ……そして目覚めて気づいた。

 僕は暗く窓のない地下の部屋にいる。

 灯りはLEDランプ一つだけ。

 なんか変な間取りだな? とか思う事もないくらいに殺風景で何もない所にパイプ椅子に座らされ、縄で縛られて自由を奪われている。

 

「頭いてえって……マジで」


 絶対に後頭部にたんこぶが出来ているよ。

 それよりも脱出できないかと身じろぎしてみたものの、そりゃ当然がっちり縛られてて抜け出せそうもない。

 通学鞄のなかには十徳ナイフ入ってたんだけど、鞄はどっかに行ってるから無理ときたもんだ。

 

 誘拐に拉致監禁か……。


 そういう事件が度々起こっているのは知っていたけど、まさか自分が当事者になるとはなぁとぼんやり思っていたら、その後に誘拐された人は大抵殺されている事も思い出してしまった。

 唯一助かった人は彼らの仲間になったから命を奪われなかっただけらしい。

 今ここで殺されるか、それとも革命家気取りのテロ組織の末端としていずれ眼鏡星人たちに反逆者として殺されるかの二者択一。

 全く、人生はままならない。


 どったんばったん転がっているうちに、ようやくあちら側の人が数人部屋に入って来た。

 皆眼鏡はしてないが顔をマスクで隠しており、ヘルメットをかぶっている。

 わかりやすい左翼仕草だ。

 ボスと思しき一人が片隅に固まっているパイプ椅子の群れから一つ取り出し、腰かけた。

 

「で、君はどうなんだ」


 有無を言わさない言葉に、思わず背筋がぞくっとする。

 確実にこいつは人を殺ってるなって。

 

「どっちも何も、仲間にならなきゃ殺すんでしょ。それくらいわかってるよ」

「そうじゃない。お前は眼鏡星人どもをどう思ってるかを聞いているんだ」

「どうって……」


 どうも思った事はない。

 支配者として君臨してても僕らの生活には全く影響がないし。

 民草は大体、自分たちの生活が脅かされなきゃ上の首がなんぼすげかわろうが関係ないんだよ。

 高邁な思想を掲げておきながら民衆に迷惑をかける連中のほうがよっぽど害悪だ。


「我らアンチ眼鏡グループは決して眼鏡星人の横暴に屈しない。近く、彼らがこの街で会合を行うとの情報を得た。ついては、彼らを浄化させるための兵士が要る」

「だから僕にも入れって事だろ、結局。勧誘じゃなくて脅迫っていうんだ、それは」

「そこまでわかってるなら話は速い。ひとまずそのけったいな眼鏡を取ってもらおうか」


 取ってもらうも何も自由を奪われてたら取れるものも取れないし。

 結局仲間の一人が奪うように眼鏡を外した。

 この眼鏡は眼鏡星人曰く、着けている事で人類の進化をも促しているとか言っていたけどそんなもん取り付けて大丈夫なのか、色んな意味で。

 どういう進化するのか、眼鏡星人的な方向なのかそれとも、とか考えていたら突然僕の目が光り輝いた。

 と思ったら目の前にいたボスが蒸発した。

 

 誰もが唖然とする中、僕だけがピンとくる。


「これ、X-MENの〇イクロ〇プスのオプティック〇ラストじゃね?」


 眼鏡星人は特殊な光を放てるって言ってたけどそう言う事?

 でも、前に彼らのデモンストレーションで見せてもらった光はこんな破壊力は持ってなかったような気がするが……。

 むしろ人の精神を穏やかにさせたり、落ち着かせたりする沈静方向での効果が見られたようだけど。

 

「き、貴様ぁ!」

「おっと、僕を攻撃しようとするなよ、眼を合わせたらボスみたいにこの世からいなくなるぞ!」

「う、っ」


 流石に蒸発したくはないのかアンチ眼鏡星人たちはたじろぐ。

 だがしかし、これは僕にとってもチャンスだった。


「おいお前ら、ボスが消えて困ってるだろ。だから僕がボスになる」

「……どういう事?」

「僕はな、前からこのクソったれ眼鏡のデザインが嫌で嫌でたまらなかったんだ。吐き気がするほどに、毎日溜息を吐く程に、反吐が出るほどに!」

「ま、まあ確かにこの眼鏡のデザインはイカれてるとは思うが……」

「こんなもん毎日つけてたら気が触れる。もう僕は限界だ」


 だから反旗を翻す。

 僕は今こそ、進化した人類が第一歩を踏み出す為の礎となる。


「人類は自らがデザインした眼鏡こそ着けるべきだ。そしてそれは、各々が着けたいと思う自由で素敵なものであるべきなのだ!」


 僕たち人類は今日から、明確に眼鏡星人たちへの宣戦を布告した。


 その戦いは、まだ終わっていない。











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