第9話

 香織と、星野は人のいない寂れた庭園のベンチにならんで座っていた。

「それで、華子とはどうなったの?」

「どうも、なにもないっすよ」 

 二人は、お互いの傷をなめあうように頻繁に会うようになっていた。下らない、とは思いながらも、感傷的な気持ちになると少し気分が落ち着くのを感じていた。

 香織は、庭園の草木を見た。

「秋のはじめって一番寂しいよね」

星野くんは、香織の言葉に首を傾げ、彼女の目線の先の緑の草たちを見た。

「花は少ないし、葉っぱはくすんでて......私たち、みたいね。紅葉した華子から置いていかれた私。」

星野くんは、同情するような目で香織を見ると、香織は、干からびたような微笑みを浮かべて、それでもいいけどね、と言った。

 「あれ、香織?」

静かな庭園の中でその声は香織の耳をまっすぐと通り抜けた。

香織と星野は、長い髪を無造作にまとめた細身の女を振り返った。

「華子」

星野が呼ぶよりも先に、香織が口を開いた。

華子は、まっすぐな瞳で香織の唇が動くのを見つめていた。

「二人、いつから仲良かったの?」

「あんたが、星野くんに意地悪してからでしょうが」

香織は呆れたように言った。華子は面倒くさいというようにユルユルと首を横に揺らし、

「ふぅん」

と、興味無さそうに言った。

「相変わらず他人事すぎ」

「私、星野さんに意地悪した訳じゃないもの」

華子は、香織の目をまっすぐと見つめて静かに言った。

「ねぇ、星野さん」

華子は、同意を求めて、妖艶でありながらもまっすぐで控えめな笑顔を星野に向けた。星野は、突然、華子に話しかけられたことに驚きながらも、にっこりと笑い返した。

「あなた、そんなで寒くない?」

星野は、華子を手招きしながら軽い調子で言った。香織は、いつか華子から聞いた、「彼、私のことあなたって呼ぶの」という話を思い出していた。

 「そうね」

華子は、肯定しながらゆっくりとこちらに向かって歩いた。

 「私の話をしてたの?」

「うん。あなたの話をしてたよ」

華子の問いに、ゆったりと答える星野を香織が不安な目で見た。

「そう。創太のことも話した?」

「あぁ。あなたも一緒に話す?」

華子は、少しの嬉しそうに椅子に腰かけた。香織は、唇をあわせて、乾燥を確認した。

「創太、と言えばね、ここで初めてキスしたとき、香織もここにいたのよ」

華子はなんの悪意も感じさせない調子で言った。星野くんは気まずそうに目をななめしたに向けたが華子は気づかないまま続けた。 

「香織も来たらよかったのに。ちょうどね、そこの椿の木の辺りに隠れてたけど、チラチラ見えてたわよ」

香織は楽しそうに言う華子を睨むようにみた。

「あなた、お酒飲んでるの?」

香織が言うと、華子は頬を上気させて愉快そうにうなずいた。

「秋って、訳もなく呑みたくなるのよ」

香織は、そう、と言ってため息を着いた。

 「ねぇ、香織、あなたなんであのとき出てこなかったの?」

「なんでもいいじゃない」

香織は、静かに言うと、ネックレスを整え席をたった。

「ねぇ~、なんでよぅ」

華子はまとわりつくようにして香織の隣に立った。

 「私、知ってるのよ?あなたが創太さんのこと好きだったこと」

香織は、口の端をあげて乾いた笑いをもらした。

「思い込みよ」

「八方美人よね。好きなら好きって言えばよかったのに。あなた、私に嫌われるのも嫌だったのよ。私もキスしてほしいって言えないで、私の顔色うかがって、私に褒められるとすごく嬉しそうな顔をするの。あなた、選べないのよね?創太さんか、私か。.......恋とか、愛とか言うよりも、執着してるのね」

華子は、酔っているとしても普段と変わらない瞳で、香織を見つめた。まっすぐで、純粋な、それでいて、試すような瞳に香織は顔を歪めた。

「おい、華子さん」

星野が、立ち上がって、止めようとしたが、華子は香織の顔を覗きこむと、にっこり笑った。

「どう?キスしてあげましょうか?」

香織は、華子の挑発するような瞳を見た。華子の薄い唇は、丁寧に塗られたグロスで生々しく光っていた。

「香織さん?」

星野は、香織の熱っぽくも戸惑ったような表情を見た。

「っ──!!」

香織は、思い切り華子を突き飛ばし、少し離れて倒れた華子を見下ろした。

星野が、華子のもとに駆け寄った。

「おい!あんた!」

星野が、香織を咎めるように声を荒げた。

「あなた、なんて顔してたか知ってる?すがるような顔、そんなにしてほしかったの?」

華子は、にっこりと香織を見上げた。

「口は達者なのね。このまま、殴りかかってあげようか、それとも、ヒールで踏まれたい?」

香織は、ボロボロと泣きながら、華子に近づいた。

「あなたってほんとにつまらない。そんなだから、だあれも手に入らなかったのよ」

華子は、上体だけを起こした格好のまま卑屈な笑いかたをした。

「あんたに何がわかんのよ?!」 

香織は、華子に掴みかかろうと、前に足を進めたが、手を伸ばす前に、星野が香織を抱きしめるようにして止めた。

「おい、いいかげんにしろ!」

星野は、香織を睨み付け、香織の手を掴む右手にぐっと力を込めた。

その力と声に、香織はびくりと身体を震わると、そのまま崩れ落ちるようにしてしゃがみこんだ。

 

 「......星野さん、香織のことよろしくね。私、なんだか疲れちゃった」

華子はそう言って立ち上がると、星野に掴まれた香織を一瞥すると、ロングスカートの裾を翻した。

 星野は、しばらく放心したように華子の出ていった後を見ていたが、香織の涙を拭うと、彼女の身体に回した腕で、背中を撫でていた。

 香織は、しばらく泣いていた。

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