第40話

 坑道に開いた穴の向こう側は、まるで騎士たちが模擬戦を行う円形の闘技場のようだった。元々は深い谷だったのだろう。僕の左右は山肌の一部と思われる絶壁がそびえたっているが、正面と背後は長年降り積もってきたと思われる土砂で埋もれている。はるか上を見上げてみれば、丸く切り取ったようにポッカリと日の射し込む穴が開いていた。闘技場の床にあたるスペースは直径が40メートルほどの歪な円形をしていて、そこらから転がってきた大小さまざまの岩がゴロゴロしているので見通しは悪い。上から日の光は入ってくるが、生き物の動く音も聞こえず、どこか不気味な場所という印象を受ける。




「ここ、か・・・・」




 坑道の穴はこの闘技場のような広場の壁に繋がっていたようで、広場の端に僕とリーゼロッテは立っていた。




「地図には載っていない場所なのかな?」




 持っていた地図を見るが、特にこの場所と思われる場所はない。こういうダンジョンにおいて新しい場所を発見、報告した場合報酬金がもらえるらしいが、もうロイさんは報告したのだろうか。まあ、ロイさん曰くゴーレムがたくさんいたとのことだからすぐに塞がれてしまうかもしれないけど。




「グルルルルルル・・・」


「お」




 広げていた地図をしまうと、リーゼロッテが唸りだした。と、同時に地面がボコりと盛り上がる。




「・・・・・」


「早速出てきたか」




 現れたのは岩でできた人形のようなモンスター、ゴーレム。


 この大して広くもない場所ならば、いくら僕の体質が効きにくいとはいえ誘われてしまうのだろう。




「インパクト」


「!!」




 普段ならば衝撃で核を壊してしまうのだが、今回はその核をなるべく傷つけずに取らねばならないので少し威力を控えめにして撃つと、ピシリとゴーレムの体にヒビが入った。下級モンスターのゴーレムは全身岩でできているのだが、それは彫刻のように一枚岩を削り出したのではなく、周りに転がっている岩が集まって変化したモノだ。斬撃や突きには強いが、素人でも思いっきりハンマーでぶっ叩くだけで簡単にヒビが入るのだ。動きも鈍いのでそこそこ戦い慣れていれば反撃をもらうこともない。もちろん、遠距離から衝撃波で攻撃できる僕にとってはオークどころかゴブリン以下の脅威でしかない。




「よっと」




 僕はヒビが入ってもなお動くゴーレムに近づくと、盾で軽く小突き、その衝撃を少しだけ強化する。




「・・・・!!」




 衝撃が全身に伝わって、ヒビが大きく広がったかと思えば、ガラガラと音を立ててゴーレムの体は崩れていった。




「まずは1個回収っと」




 崩れた岩の中からスライムの核と見分けがつかない赤い鉱石を拾い上げると、早速符見箱にしまった。




「グルルルルル」


「あれ?」




 さっきからリーゼロッテが静かだなと思っていたら、その辺に転がっている岩の匂いを嗅いでいるようだった。何をしているんだと訝しく思ったが・・・・




「・・・・!!」


「おわっ!?」


「ガウッ!!」




 いきなり岩が動き出したと思ったら、リーゼロッテの尻尾が鞭のようにしなって、ベシンと強かに岩を打った。その尻尾は普段の赤色から黒色に変わっていて、土属性で硬化しているのが見て取れる。




「!!」




 硬さを増した竜の尾による一撃を受け、ゴーレムはボロりと崩れたが、それを見届けることなく我が愛竜は赤い核を器用に舌で絡めとると、僕のところに持ってきた。




「・・・・・!!」


「ありがと、リーゼ・・・・ゴーレムの擬態は初めて見たな」




 舌の上に核を乗せているから喋れないのだろうが、「褒めて褒めて」と言わんばかりに尻尾を振っているので、頭を撫でるとリーゼロッテは嬉しそうに目を細めた。僕はリーゼロッテから核を受け取ると、辺りを転がっている岩をじっと見るが、さっきのゴーレムのように動き出す岩はない。坑道の中は大きめの岩はすべて取り除かれているから気にしなかったが、なるほど、ここはゴーレムにとっては隠れるのにはうってつけの場所だろう。しかし、ゴーレムはスライムと同じく知能など無いに等しいとされているが、何のために擬態しているのだろうか。それとも擬態などではなく、餌をとる必要もないから単に動かないだけなのだろうか。僕としては後者の気がするが・・・




「少し確かめてみるかな・・・・エコー・サウンダー!!」




 使うのはこのダンジョンに来てから使いっぱなしのソナーに近い魔法だ。ただし、この魔法は今までのソナーとは少し違い、コウモリの超音波のように物体の有無を調べる用途ではなく、物体の内部を調べるために使う魔法だ。ゴーレムは1個の岩の塊ではなく、複数の岩の集合体だからただの岩とは音の伝わり方も違うはずである。




「・・・・・・あんまり擬態しているのはいないのかな?」




 エコー・サウンダーは普通のソナーに比べると範囲はそこまで広くないが、少なくとも目に見える範囲にはいないようだ。僕の体質に釣られてきたのもさっきの1体だけのようだし、もしかすると、昨日ロイさんに大半狩られてしまったのかもしれない。




「・・・・お!?」




 ともかく、ゴーレムを求めてゴロゴロしている岩の間を歩いていると、周りの岩とは違う妙な反応が複数あった。そちらを見ると、ちょうどこの広場の中央付近のようだ。中央にある大きな岩を囲むように複数のゴーレムが擬態して・・・・・・いや、待て。




「あの大きな岩もなんかおかしいぞ?」




 近づいてみると、中央の岩からも周りの妙な岩と同じような反応が返ってくる。あれは、もしや・・・




「・・・・・!!!」


「どわぁ!?」


「キュ!?」




 近づきすぎて僕の体質の影響が出たのか、突然辺りに石礫と砂をまき散らしながら岩が揺れ出した。そして、それに呼応するかのように周辺の岩がのそりと動き出し、僕らの方に向かってくる。




「!!!!」




 大きな岩に見えたのは胴体だったようだ。地下からボコりと手足を引き抜くと、縦2メートル半、横幅1メートルはある岩の巨人が立ち上がった。




「ウォ、ウォーゴーレム・・・」




 目のない顔でこちらに向き直ったのは、モーレイ鉱山で滅多に出ないとされる中級モンスター、ウォーゴーレムであった。ウォーの名に恥じず、ただのゴーレムよりも凶暴な性格で、現れたら積極的に人に襲い掛かってくるらしい。その体は下級のゴーレムと同じく岩が集まって構成されているのだが、ウォーゴーレムのソレはパーツとなる岩が大きいモノばかりで、頭や武器となる手足などは一塊の岩でできている。一説によればジャイアントスライムのように複数のゴーレムが融合した姿と言われ、一塊となっている岩のパーツは元々は1体のゴーレムだったモノが変化した結果だとされる。重くて堅固な岩の体から繰り出される攻撃は非常に威力が高く、動きは鈍いが同じ中級モンスターのトロールやオーガよりも厄介だという。これまでに人がほとんど立ち入らなかったのならば、もしかしたら遭遇するかもしれないとは思ったが・・・・・昨日のロイさんに引き続き試験中に2体も出るのは前代未聞だろう。




「でも、ツイてる!!」




 普通ならば強敵であるウォーゴーレムも、基本的な攻略法は普通のゴーレムと変わらない。鈍器で殴って砕くか、火属性魔法で熱した後に水属性魔法を浴びせて脆くするかといったところである。各部位は一枚岩であっても、それらが集まってできているのならば僕の音魔法は依然として有効だ。




「リーゼは周りの雑魚をお願い!! デカいのは僕がやるよ!!」


「ガウ!!」




 我が意を得たりと言うように、我が相棒はドシンドシンとこちらに進むウォーゴーレムの背後を目指して、直線ではなく、弧を描いて走っていく。これで、今から撃つ魔法に巻き込むことはない。 




「行くよ!! クライ・インパクト!!」


「!!?」






 僕が放つのは王都に来てから初めて使う中級音魔法、クライ・インパクト。轟音とともにそこそこの範囲に強力な衝撃波を放つ魔法だ。ここは他のモンスターもいないようだし、少しくらい大きな音を出しも問題ないだろう。射線上にいたゴーレムをバラバラにしつつ、ひと際大きい岩の巨人に届いた衝撃波はその内部を蹂躙し、胴体部分にビシリと大きなヒビが入った。しかし、その歩みは止まらない。さすがは中級モンスター、それなりに魔力を込めたが、一発では倒れないか。




「なら、これでどうだ!! インパクト!!」




 次なる一撃は、これまでに幾度放ったか覚えていないくらい使い慣れた魔法。魔力を多めに込めた一発の狙いは、もちろんあの大きなひび割れだ。




「・・・・!!?」




 ヒビからダイレクトに衝撃が伝わったのか、胴体部分がビシビシと音を立てると、砂煙を立てながら岩石の巨体が崩れ落ちた。僕は急いでその残骸に駆け寄ると、崩れた岩をひっくり返していく。




「・・・あった!!」




 岩の下から取り出したのは、ジャイアントスライムの核に似たウォーゴーレムの核だ。こちらはほぼ球体だったジャイアントスライムと違って、少し角ばっている。とどめをあえて下級魔法で刺したおかげで、幸いにもほぼ無傷のようだ。




「グオオオオ!!」


「お、そっちも終わったか」




 リーゼロッテの咆哮がした方を見やると、相棒が瓦礫の山を踏みつけているところだった。尻尾は半ばまで硬化しているようで、近くにはそれにやられたと思しきゴーレムの残骸がいくつか転がっていた。




「お疲れさま、リーゼロッテ」


「キュルルルル!!」




 僕が頭を撫でると、嬉しそうに鳴いた。


 「いやいや、この程度」と言う感じの表情だが、尻尾はビシバシとメトロノームのように振られている。砂煙が舞っているが、嬉しそうだしもう少しこのままにしておくか。


 そんな風に少しばかり愛竜と戯れてから、僕らは散らかった瓦礫の中からゴーレムの核を回収した。クライ・インパクトで巻き込んだゴーレムの核は砕けてしまったようだが、リーゼロッテが倒したゴーレムのものはちゃんと原型を残していた。これは、後で高級な肉を買ってやらねばならないだろう。












「それにしても、この中身って売ったらいくらになるのかな?」




 僕は手に持った符見箱を見ながらつぶやいた。


 今、この箱の中にはオークの首が6個に、キラーバット5体、ゴーレムの核が8個に、スライムやマタンゴの素材が多数納まっている。それに加えて、中級モンスターたるトロールの首が1つ、オーガの首が2つ、そして、無傷のウォーゴーレムの核があるのだ。かなりの値段が付くだろう。もちろん、売るつもりなど毛頭ないが。まあ、トロールとオーガは討伐の証となる首以外の素材は好きにしていいだろうし、それでもそれなりに売れるのだ。それで金銭の方は満足するとしよう。少なくとも最高級の肉は買えるくらいある。


 とりあえず、落としてしまわないようにポケットにしまい込むと、しっかりとジッパーを下した。




「これでやっと、僕は・・・・・!!」


「キュルルルル・・・・」




 知らず知らずのうちに、僕の声は喜びで震えていた。隣を見れば、リーゼロッテもどこか感慨深そうにしている。


 そう、中級モンスターの素材を4体分も手に入れることができたのだ。これならばまず間違いなく魔装騎士になることができるだろう。これで、魔装騎士となり、故郷を守るという僕の夢は半分は叶うのである。


 後は、大手を振って故郷に帰れるように邁進するのみだ。




「それじゃあ、ここを出ようか・・・・っと、その前に・・・」




 ここは地図に未記載の場所だが、ロイさんが報告するだろうし、可能な限り荒らしたところは直すべきだろう。元々岩がゴロゴロしていた場所だから吹っ飛んだ岩や僕らが倒したゴーレムの残骸は放っておいてもいいだろうが、あの巨体が埋まっていた穴は埋めておこう。まあ、僕には土属性魔法が使えないからやるのはリーゼロッテになってしまうけど。




「悪いけど、リーゼ、よろしく頼むよ」


「キュル!!」




 僕とリーゼロッテは仲良く穴の方に歩き出した。










(・・・・コイ!!)




 先ほどからソレの上では岩が崩れたり魔法がさく裂したりと、かなり騒々しかったのだが、ソレに聞こえていたのは「声」のみであった。そして、今まさにその「声」の主がどんどん近づいてきて、そのたびに自らの中に満ちる生者への憎しみが、嫉妬が煮えたぎったマグマのように噴き出しそうになる。




(コイ、コイ、コイ、コイ!!!!)




 ソレの願いに応えるように、「声」の主はまっすぐにソレのいる場所に向かってくる。後、本当にわずかだ。




(コイ、コイ、コイ、コォォォォイ!!!)




 どうやら「声」の主以外にも生者がいるようだ。つい昨日入ってきたナニカがソレの中でざわめいているが、ソレには気にもならなかった。そして・・・




「うわぁ~、結構深い穴だな。 元々空洞だったのかな?」


「キュルルル~」




(・・・・・キタ!!!)




 とうとう、「声」の主がソレの元にやって来た。それと同時に、これまでとは比べものにならないくらい、ソレの中の闇が煮え立って・・・・




(キタキタキタキタキタキタ、キタァァァァァ!!)




「ギイィィィィィアアァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


「!? 何!?」


「グルァ!?」




 ソレは、かつて竜だったモノは復活した。生者への憎しみを糧に、その全てを生者を滅ぼすために捧げる「屍竜」となって。




「ギァァァァァァアアアアアアア!!!」


「こ、これは、屍竜!?」


「グルウウウ!?」




 ソレは、屍竜は喜びに満ちていた。長きにわたる岩の牢獄から抜け出し、こうして外に、生者が満ちる世界に出ることができたのだから。そして、同時に感謝もしていた。屍竜があの牢獄を抜け出すには力が足りなかった。その力を、憎しみと嫉妬の闇の力を増やしてくれたのは他でもない、この目玉のない自分の目の前にいる生者なのだ。こうして蘇ったのならば、まずは心からのお礼を述べるのがスジというものだろう、と何も考えられない頭で答えを出した。つまりは、アンデッドとしての本能に忠実に従った。すなわち。




「ゴォォォォォォォオオオオオオオオ!!!」


「うわっ!?」


「・・・・・・!!!!!!??????????」




 自らの全力を以て、すぐそばにいる生者を滅ぼしにかかった。

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