第12話 3-1 風の渓谷にて

「また、あの空間…」


真っ白な空間にいたフェルメールの第一声から、毎晩見続けてもう数えきれない程に見慣れた夢だと把握にそう時間がかからなかったが、右手に何かを持っている感覚に気付くや、新しい事を知って驚く子供のような顔になっていた。


「アレ?何で私、右手に剣を?」


右手に何故か剣を持っているという、いつもとは違う状況に不思議がるフェルメールに、間髪入れず前方に人の気配を感じたのはその時だった。だが、現れたのはいつもなら黒に塗り潰された影のような人の形だったのが、今回は黒に塗り潰される事はなく、一目で人だとはっきりと確認出来た。目元は前髪に隠れて色族か黒族かは分からないが、金髪で右掛けのサイドポニーテール姿は、左掛けのサイドポニーテール姿のフェルメールとまるで鏡合わせで向かい合う構図のようだった。


「だ、誰?」


これまで幾度もなく見続けていた夢とは全く違う展開に、恐る恐る向かい合う相手に一言語り掛けるフェルメールだったが、よく見るや左手に剣と右手に盾らしき物を持っていた相手からの返答は、これまたフェルメールの予想とは違う返答だった。


「「初めまして」はおかしいか?…参る」

「え?」


声からして女性だと分かった事よりも、女性は一言語り終えるや、突如フェルメールに向けて左手に持っていた剣で斬りかかり、女性に斬られたのか視界が真っ赤に染まった直後、フェルメールの意識はまたも黒一色に塗り潰された。



「わあぁっ!」


病室のベッドからフェルメールは悪夢から解放したかの如く、飛び上がるように起き上がった。あの後、レインと共に病室に戻って彼女をベッドに寝かせ、自分は再び隣のベッドで寝ていたが、起き上がった後に周囲を確認すると、既に隣のベッドに居るはずのレインの姿はなかった上、窓から見える空は既に明るくなっていた。つまり―


「え?私、こんな日に寝坊した!?」


先程見た夢なぞ綺麗さっぱり忘れたかのように、フェルメールはベッドから転げ落ちては慌てて病室から退出した。話はその数分前に遡る。



「騎士団様、どうぞお気を付けてお帰り下され」

「うむ。村人一同、見送り痛み入る」


数分前、“平原の村”から外に続く街道で、村人達が総出で騎士団・メヴェウ隊を見送りに来ていた。その中にはカージナルとセージもいたが、カージナルがこの場に居ないフェルメールの存在に気付いていた。


「しかし、“フェル”はどうしたんだ?さっきからレインの表情が冴えないままだが」

「僕が病室からレイン君を連れて行く際に“フェル”も起こしたんだが、どうも起きなくて」

「おいおい、こんな日に寝坊かよ」

「“カージー”、君にその台詞を言う資格はないな」

「うぐっ…」


セージの痛い一言にカージナルは黙り、村人達の皆は笑いながらも、唯一天幕付きの馬車の中に居たレインだけは俯いていた。事実、セージが病室からレインを連れて行く際、レインはなかなか起きないフェルメールとの別れを惜しんでいたまま、時折外を覗き込んでフェルメールが来ないかと待ち続けていたが…


「ま、アザレア女王様の命令である以上、これ以上待つわけにはいかないか。“フェル”が来たら『もう出発した』と伝えておきますんで」

「うむ。しかし“絶望の奇跡”を黒族から護り抜いた君達には改めて感謝している。黒族との和平会談が終わり次第、君達には“色族首都”への招待状を送ろう。セージ=フォレスト、お前も含めてやらん事では…ないぞ」

「お言葉ですがメヴェウ隊長、色々と滅茶苦茶です。セージ先輩。聞けば里帰りもしていないらしいですし、一平民として“色族首都”に居らして下さい」

「分かったよ。ジーン」

「じゃあな、レイン。そんな顔すんなよ。和平会談が終わったら、“色族首都”で“フェル”やセージと一緒にまた会うからさ」

「う、うん…」


いつフロストとソルの黒族の一団が再びレインを狙ってくるかもしれない中でこれ以上待つわけにはいかず、カージナルとセージが各々別れの挨拶を済ませた所で、メヴェウの大声を合図にレインを含む騎士団は無情にも出発を開始した。


「では、出発!」


“平原の村”の村人達総出で見送られ、レインを含めた騎士団・メヴェウ隊は“平原の村”を立ち、やがて姿が見えなくなった所でカージナルとセージ以外の村人達がそれぞれの仕事へと散り始めた中から、ようやくフェルメールが息を切らしながらやって来たのはその時だった。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

「ようやくお出ましか。もう行っちゃったぞ」

「“フェル”が寝坊とは珍しいね。レイン君、なかなか起きない“フェル”を見て寂しがっていたよ」

「ご、ごめん…」


フェルメールは、もういないレインら騎士団の姿に落胆しつつ、あの夜なんで素直にお別れを言わなかったんだろうと後悔した。


「ま、和平会談が終わり次第、俺達に招待状でも送ると隊長さんが言ってたし、また会えるだろ」

「そ、そうね」

「じゃ、僕達も戻ろうか」


そうセージが言った後、三人もいつもの変わらない一日に戻るべく、一旦彼等の家へと戻って行った。


「しかし、いつもは寝ぼすけのカージナルが早起きねぇ。今日この後、大雨かな?」

「ちょっ、失礼な。俺だってたまには早起きだってするぞ」

「だったら、明日以降は常にそうして欲しいものだね」


帰りの道中、三人は互いにからかいながらも、またいつもと変わらない一日に戻りつつあったその時だった。


ドーン!


「爆発音?どこから?」

「あっちの方向からだが」

「おいおい、あの方向って!」


“平原の村”の外から突如爆発音が聞こえた上、爆発音がした方向が、まさにたった今、メヴェウ率いる騎士団が“平原の村”を立ち、本拠地の“色族首都”へと帰還しようとしていた方向からだった。

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