サイボーグ・キンラマン

Gen’s Bar

第1話 プロローグ

 2037年11月2日、月曜日の朝。過ぎ去った台風の後の生暖かい風が、東京の丸の内を吹き抜けていた。空は澄み切って青く、並木道の木々を抜ける風とともに、朱雀は初めての会社勤務へと向かった。

 その会社は、一等地に大きな自社ビルを持っていた。日本でもエリートが集まり、金融系では名の知られたその会社において、2019年6月10日生まれで18歳、しかも高校中退が働くことは異例中の異例だった。

 会社が朱雀を選んだ理由は、サイボーグのメンバーを急遽必要としていたからだった。表面的には男性の姿であるが、顔以外はほとんどが機械と疑似生体物質で構成される朱雀は、国の最先端技術の結集である。そういった特殊事情もあったが、朱雀は仕事の拝命を受けたとき、なぜだかよくわからなった。

 どちらかと言うと、朱雀は高度演算型のサイボーグではなく、より軍事方面に特化した魔法強化型だったからだ。しかも、魔法はまだ未熟であり、そもそも体を失った理由が魔法戦の敗北によるものだったからだ。その理由は、少し後になってからわかることになった。宿命というものは、気が付けば襲ってくるものだ。


 朱雀は会社の入り口に立った。そこはセキュリティーゲートになっていた。事前登録はしてあるはずなので、個人携帯デバイスの登録情報でそのまま通れるはずだ。だが、さすがに初日ということもあり、ゲートの前で会社のメンバーが迎えに来てくれることにはなっていた。朱雀には山岡モモコという名前の人物が、迎えにきてくれることだけ伝えられていた。


 待ち合わせの朝8:30、出社する社員はそれほど多くない。そのゲートの前には、小柄で亜麻色の肩にかかるぐらいの髪をした美しい少女が立っていた。白い薄手のセーターに紺のスカートでシックにまとまった感じで、その姿はヒールのある靴でなければ女子高生を思わせる。年は同じぐらいだろうか。しかし、高卒程度で会社に来ることは異例と朱雀は聞いていた。世の中は例外の積み重ねで組成されているのではないかと、取り留めもなく考えていると、声をかけられた。

「初めまして、サイボーグ・朱雀君。私は山岡モモコと言います。よろしくね。」とその少女は輝くような瞳を朱雀に向けた。サイボーグである架空の心臓に高鳴る。朱雀は、モモコが送る視線には、深く透明な湖の底から湧き上がるような魔力が秘められていると感じていた。彼女は魔法使いだと、朱雀は直感した。

「は・・、初めまして。今日からお世話になります。」と少し言葉をつっかえながら朱雀はなんとか返す。モモコはミステリアスな笑みを浮かべて、ついていらっしゃいと言うと、ゲートの方へと向かっていった。その笑みの奥深さは、朱雀が今まで知っている同年齢の女性のものとは明らかに違っていた。


 エレベーターを待つ間、モモコの印象から過去の記憶がフラッシュバックする。それは、朱雀が人間の体を失った先日の戦いのことだった。その敵は強い瞳を持つ女性の格好をした、サイボーグか何か別のものだった。幼い頃から家業の魔法継承を目指していた朱雀にとって、その戦いは通過儀礼のようなものだった。しかし、結果は完膚なきまでの惨敗。体を失い、同時に父も母も家族も失い、家は破壊し尽くされて今に至る。そして、家宝の七星剣が奪われたままだった。

 意識を失う前に「私には、実体となる剣が必要なの。悪く思わないでね。」と聞いた言葉を思い出した。その魔物は、竜巻のように突然やってきて去っていったのだった。


「大丈夫?」とエレベーターの中で朱雀はモモコに声をかけられる。フラッシュバックの世界から、朱雀は意識を戻した。「ここが私たちのオフィス。朱雀君の席はこのあたりにしようか。基本的にフリーアドレスなので、どこにいても良いのだけど、だいたい決まってしまうの。私の隣にいて欲しいしね。」とモモコに場所を示された。朱雀はバックパックを置いて、黒いジャケットを脱いで椅子に掛けた。客先に行くわけではないので、服装はジーンズやサンダルでなければ、比較的自由が許されていた。会社の周りをさっと見渡すと、ネクタイをかけた男性がかなりいるため、黒いシャツに黒い綿パンをはいた黒系の朱雀は、かなり浮いた存在なのかもしれない。


 「モモコ隊長、すぐに来てください。」その時、突然、30歳ぐらいのやや肉厚のある男性が走ってきた。

「どうしたの、大川君。また、ロボットの誤作動かな?」とモモコが答える。

「その通りです、至急、15階にお願いします。EUDメンバーも駆けつけて、その暴走する汎用ロボットに対して遠隔でコントロールしようと試みていますが、まったく受け付けてくれません。キンラマンが戦った時の状況と同じです。」とその大川と呼ばれる男が話す。

「さっそく仕事ね、朱雀君。こちらは、大川君で、私のEUD部隊の隊員。私は隊長なの。」とモモコは目の前の大川という男を朱雀に手短に紹介する。あいさつを簡素に済ませると、「大川君、朱雀君を連れて急行して。行けば、ロボットがどういう状態かわかるはずだから。私は河合課長へのエスカレーションをした上で、すぐ行く。」と指示を出した。朱雀はモモコが隊長であることに、まず驚いた。そして、意味も分からないまま仕事に巻き込まれていることに不安があった。朱雀は、大川に連れられて、非常階段に向かって走って行く。大川は、体が大きいためか動きがかなりゆっくりだ。しかも、12階を超えるあたりから息を切らし始めた。

「朱雀君、先に行ってくれ。ロボットが暴れているので抑えて欲しい。」と大川が言う。


 訳も分からないまま、サイボーグの体をフルに使い、全速力で15階まで駆け上がった。大川は手すりをつかまりながら息を切らせて歩いて追ってくるが、朱雀には止まって見え、すぐにはるか後方となった。15階のドアを開けると、部屋の中心で、ガチャガチャと暴れて走り回るロボットの姿があった。なるほど、サイボーグの仕事とはこれを止めることなのかと、朱雀は悟った。

 確かにサイボーグの力の強さは生身の3倍ぐらいはあるので、物理的に止めることも可能。しかし、朱雀は自分が魔法強化型サイボーグであるというプライドがあった。ここに来た理由は、魔法でこれらに対処することと理解をし、早速、魔術式の準備に取り掛かった。魔法は、イメージの力を解き放つ必要がある、生身の人間はクリスタルなどの触媒を使って発動させるが、朱雀には不要。体の中には、クリスタルが埋め込まれているからだ。しかも、朱雀の胸の体内には、家宝の一つ”八識瓊勾玉”が埋め込まれていた。その力は折り紙付きだ。


 まず、ロボットを雷撃魔法でショートさせようと思い、朱雀は素早く魔法の焦点を合わせる。そのときロボットが、生命の放つオーラを持っていることに気が付いた。ロボットは物質の冷たいオーラでしかないはずだ。そのオーラは、何らかの霊体に憑依されているに違いなかった。

 呪文の詠唱に気が付いたロボットがこちらに気が付いた。朱雀はそのまま雷撃呪文を仕掛ける。天井から床に向けて、輝く青い一筋の稲妻が走り、ロボットを直撃した。しかしながら、アースされているためか、全くの効果がなかった。ロボットはこちらに突進してきて、強いパンチを繰り出してきた。朱雀は、とっさに身をかわす。幼いころから武術の鍛錬も合わせて行っており道場に通って体術を鍛えていたため、単純な攻撃で倒されることはない。

 朱雀にパンチが当たらないため、今度は突進してきた。至近距離であり、左右は机に挟まれているため、朱雀はロボットを正面から受け止めるしかない状況に陥った。突撃をそのまま受けた朱雀は、10m先まで吹き飛ばされた。なんとか背中で受け身をとる。もし、生身だったならただでは済まされない衝撃を受ける。幸い、軍事目的のサイボーグ・ボディは、この程度の衝撃ではびくともしない。朱雀は、床に手を突きながら体に問題ないことを確かめた。


 ロボットは、起き上がる朱雀を見ると、再度突進を仕掛けてきた。今度は、後ろがガラス窓なので、吹き飛ばされたら落下してしまうだろう。朱雀には、わずかな時間しか残されていなかった。そのとき、重厚な金属音を立てながら、廊下をかけてくるロボットを3m先まで迎えたとき、それはおもむろに体制を崩して隣の机にぶつかって転んだ。

 「ロボットをこのまま抑え込むから、あとはよろしくね。朱雀君。そのロボットの後ろのボタンを押せば動かなくなるよ。」と若い女性の声がする。モモコだ。彼女の右手には何やらクリスタルのはめ込まれた杖が握られていた。やはり彼女は魔法使いだったのだと、朱雀は自分の直感が正しかったことを思った。落ち着いて周囲を見ると、部屋にはモモコ以外、全員避難して誰もいなくなっていた。広い部屋に、動きを抑えられているロボット、モモコと朱雀の3人を残して、閑散とした静寂が訪れる。


「ありがとうございます。間一髪でした。しかし、ボタンを押しても、そのロボットには何か霊体が憑依しているので、たぶん根本的な解決になりませんよ。今から除霊します。」

「朱雀君には見えるのね。じゃあ除霊お願いできるのかな。」とモモコは答える。

 早速、朱雀は除霊用の呪文に取り掛かる。いまは亡き父の除霊仕事の手伝いで、朱雀はたまに拝み屋の小遣い稼ぎをしていたため、この呪文には慣れている。心の中で、不動明王をイメージし、架空の火炎をロボットに送り込むだけだ。魔法特化型サイボーグは、魔法の起動が速いという利点があるため、すぐに不動明王の業火が送り込まれていた。憑依している霊は、焼き払われながら天へと消えていった。宿り主を失ったロボットは、そのまま動くことをやめ、モモコもロボットを抑え込む呪文を解除した。


「初日から良い仕事だね。朱雀君。ありがとう。」とモモコは労をねぎらう。

「いや、モモコ隊長の魔法がなければ、ビルから落ちていましたよ。」

「そうかもね。でも、私の魔法のことは内緒にしておいて。あまり、大勢の人にそのことは教えないことにしているの。あらぬところから目をつけられてしまうので。朱雀君のように魔法使いには隠しようがないのだけれどね。」

「わかりました。僕も内緒にしたほうがよいでしょうか。」と朱雀は答える。

「君は、魔法特化型サイボーグなので、隠してもしかたない。むしろ、アピールして良いのじゃない。しかし、若いのに除霊もできるなんて期待以上の能力だよ。ヘルメスはいいサイボーグを回してくれた。」とモモコがゆっくりと歩いてきて、朱雀の労をねぎらった。

「ヘルメス・・・。」朱雀は思わずつぶやいた。ヘルメスは、サイボーグになった朱雀を戦闘できるように、研究所でつい先日まで鍛えてくれた人だった。


「君が来る少し前に、前任者でキンラマンというサイボーグがいたのだけど、その絡みでヘルメスとは色々なことがあったの。それ以前にも、ヘルメスの存在は知っていたけどね。そして、キンラマンがいた頃は、今日みたいなロボットの暴走も彼が止めてくれていたの。暴走については、再発防止の手は打ったはずなのだけど、このところ動きが激しくなっていいてね。至急、別のサイボーグを要請して、君が来たってわけ。」

「そうだったのですか。キンラマンってどんなサイボーグだったのでしょう。」

「じゃあ、仕事の説明ついでに、席に戻ったら話そうか。」とモモコは答える。

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