018 マーシャの苦笑い







「ハルちゃぁん、、、グスッ、無事に見つかってほんとうによかったよぉ、、、」



オレの体はシエルに抱きしめられていた。話を少し戻すと幸運なことにも酒場の玄関から外へと出て階段を急いで降りるその途中でシエルのほうがオレを発見してこのようなことに至ったわけだ。



シエルはこの辺りで大きな衝撃と罵声を聞いた覚えがあったのでひょっとしたらこの付近でオレを見つけられないかと熱心に探していたという。シエルもオレと同じように迷子の鉄則を踏んでこの付近を中心に探してくれていたことが幸いとなったのだろう。オレの無事が確認されたので安心でもしたのだろうか、シエルの目からはやがて涙がポロポロと流れ落ちてきた。




「グスンッ、、本当に、どんなに心配したか、、、グス、、、グスンッグスンッ」



「シエルが服を離さないようにって注意してくれたのに、手を離しちゃってごめんよ」



「いいの。あの人混みの中を急いで帰らないとってハルちゃんに無理な行動をお願いした私が間違っていたんだし。私がもっと気を配って遅くなってしまっても混雑を避けていたらって。だからごめんなさいですぅ~」



「いやいやオ、私が悪かったから泣かないでくれ」



「いえ私なの」



「私が」



「私なの」



クスッ



いつしか二人は笑い合っていた。いつまでも互いに謝り続けるわけにはいかないだろうし辺りがすっかりと闇に覆われていたことにシエルが気がつくと、




「そうだ、いけなーい! これ以上遅くなっちゃったら、宿屋のマーシャさんにとても心配をかけちゃうよ! 急いで帰らなくちゃだよ!」



また慌て始めているシエルを今度はオレの手が彼女の手をしっかりと握ると、シエルはそれにハッとすると落ちつきを取り戻してこう言った。




「、、、そうだね。やっぱり急ぐのはナシでゆっくりにいきましょ~ ほらほら闇の中を帰るのには危険なものがあるのかもしれないし足元にはとくに注意が必要なんだよ~」



「わかったわかった。こいつはなんだかオレが小さな子供のような扱いだな」



「もーハルちゃんはときどきわけのわからないことを言うのですよ~ ハルちゃんは子供なのですから保護するのは大人の責任なのです~」



「アハハハ、これは参った、なら気をつけて帰るとしますか。でも今度こそはなにがあっても絶対に手を離しませんからね」



「ウフフ。そういえば手を離した後ってハルちゃんはその後なにをしていたの?」



「うーん話すと長くなるんだけど」




人通りが寂しくなった夜道の中を二人はこうして語り合って家路に向かうのであった。ハルカの小さな手を握り返すシエルを見るとハルカはほっこりとして嬉しそうしてはにかむのだった。













「ここが私たちのお宿となるんだよ。さあさあハルちゃん、遠慮な~く入ってよね~」



「、、、え、ここが宿屋さん?」



シエルが片手を伸ばしたその先にある宿屋というのは田舎町ではまあまあごく普通の宿屋さんに、大都市のデイルード市内では見劣りした一般家屋に見えるものだった。建物の外壁面を薄いピンク色の壁色に染めているのがなによりも特徴的でペンション的なようなものだと思えばいいのだろうか?




無論のこと勇者ハルキの時代には旅先でこうした安宿(失礼)がある田舎町はスキップしてしまい別の都市のホテルをその中継の宿として使っていたからこのタイプの宿屋を使うことはオレの目にシュールに映ってしまった。だがその評価はあくまでも勇者ハルキの時代のことであって今や一平民の身分になってしまったオレにはこの宿屋でさえも贅沢の域と言えるのかもしれない。俺はそのように思うことにしてシエルが用意してくれた宿屋に感謝することにした。




「近づくとよけいにボロっちく、、、おわわ、ゴホン。いやこの建物にはなんとゆうか素朴な風情というかえもしれぬ貫禄のようなものがあるのがこう見てわかるよな。こうした安、いやいや宿屋には泊まった経験がないものだからいまからとても楽しみだー」



こう言ってはなんだけどオレはお世辞を上手に言うことができていたのだろうか?






館内に入ってみると外装と同様に幾らかはくたびれた感じで古めかしくはあるが、意外なことに清潔感が建物の隅々まで行き届いていて思わずにホッとすることができた。これを素直にシエルに伝えるとここは女性専用になる宿屋となるそうでご主人も女性で気さくな人柄だと話してくれた。宿屋のある立地も大通りから1本裏側にあるので治安もそこそこにあり、窓口で貼られている宿泊料金を見たところリーズナブルといえるものであった。






「マーシャさん2度目のただいまですぅ~ さきほどは荷物も放り出してしまってとてもご迷惑をかけてすみませんでした~」



「おやなんだい、そんなことを気にしていたのかい。あの大きな荷物は部屋の相棒さんに言って引き取っておいてもらったから安心しなよ。夕食は用意してあるから向こうの食堂で食べてきな」




忙しなく動いていた女将さんはシエルが帰ってきたのをみると手を止めて気さくで遠慮のない言葉と態度で返していた。シエルの後ろ側にいたオレの存在に気づいたのか女将さんは俺に近づいてくると俺の目線と目が合うように屈んでから喋りだした。




「この子だね。今日からもう一人増えるって言っていた新しい子は、、、ようこそ、この小春日和亭へ。私はここの主人のマーシャっていうものさ。ハルカさんの分も食事の手配はしてあるからね」




ご主人のマーシャは子供である俺に丁寧な挨拶をしてくれた。




となれば俺もマーシャさんに挨拶のお返しだ!




「こちらこそ、これからどうぞよろしくお願みッ(噛み)イ! イタッ!、、、いひゃひゃ!」



なんでだろうか、少女となってしまってからというもの緊張するとアガりながら早口でしゃべる傾向が顕著になってしまい口の呂律がうまく働かなくなることが多くなってしまったようだ。とくに挨拶の後半では舌を思い切りかんでしまってオレはその恥ずかしさのあまり顔がすごく真っ赤となってしまった。



女将さんはそれを間近でよく見ていたせいで、笑いがこみあがったものを必死で抑え込もうとでもしたのだろうか、頬の筋肉をピクピクと総動員させていたがついに堪えきれずにオレに背を向けるとくぐもった笑いを起こしていた。




うっうっ、とっても恥ずかしいぞ。

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