第10話
「―――――もう少しだけ、遊んでいたい、です…………」
まだ遊び足りないというような雰囲気ではなく、寂しげでこの楽しい時間が終わって欲しくない、とでも訴えかけているように感じた。
う~ん。どうしたものか………。
お金が掛らず楽しんで残りの時間を有意義に過ごされる場所か………。
「それなら、良いところがありますよ」
「え?」
「着いてきてください」
「は、はい…………?」
15分ぐらい歩いたところにそれはあった。
「ここです」
「ここって、書店ですか?」
「そうです」
「でも、私、買うお金が…………」
「大丈夫です。ここは、買わなくても本が読めるところなんです」
「?」
そこは、昨年オープンしたカフェ兼図書館の施設。
本(小説、漫画、雑誌、その他)を施設内で好きなだけ読むことが出来、有料でドリンクを施設内で飲むことができる。
つまり、好きな漫画や小説を読みながらお茶ができるところなのだ。
「ここでなら、お茶しながら好きな本を無料でゆったりと読むことができます。ちなみに、この奥には個室もあって、レンタル代が少々掛かるんですが、会員カードを持っていればレンタル代とドリンク代を割引してくれるんです」
「へぇ~!」と、香住さんは驚いた様子で僕の説明を目を大きくして聞いている。
「そしてなんと!ここにその会員カードがございます!」
「ふぇっ!? 彼崎さん、会員だったんですか!?」
「はい。此処がオープンして直ぐに。さらに」
「じゃ、じゃあ……」
「そうです。今日は会員登録してから1ヶ月間はドリンク代が無料なので飲み放題で読み放題ですっ!」
「すごいですっ! 彼崎さん!」
「それほどでもないですよアハハハハ!(それほどでもあるよアハハハハ!)」
と自慢げに且つドヤ顔で香住さんに語る。
「そ、それでどちらにしますか?共有スペースか個室…………」
「僕はどちらでもいいですが?」
少しもじもじしながら恥ずかしそうに勇気を振り絞るように
「じゃあ、個室で、お願いします………」
「分かりました。手続きをしてくるので、香住さんは読みたい本を選んできて下さい」
「はい。分かりました」
と、トコトコと本棚の方へ歩いていく。
香住さんは周りに人がいると読書に集中できないタイプの人だと勝手に思ってはいたけど、やはり、個室を選ぶよな。
そりゃあ落ち着いて静かなところで読みたいよな普通。
「お待たせしました」
「あ、香住さん。僕らは5番の部屋……って、香住さん、それ全部読むつもり?」
「はいっ!」
両手には10冊の漫画とラノベ小説が乗っていた。
「そうですか……。それじゃあ、行きましょうか」
2人用の個室をレンタルした。内装は漫画喫茶の二人用より少し広く作られており、中で軽く飲食ができる程のスペースが確保されている。
例えるのなら木面で強調されたカラオケボックスに近い。
「おおう!やっぱり広いな。足が伸ばせるぞー」
「カップルシート…………」
「うん?香住さん、どうかしましたか?」
「ふぇっ!? な、なんでもないですっ!!!!」
「そうですか? あ、、何か注文したかったら、言って下さいね」
「あ、ありがとうございます………ッッッッッ」
「ん?」
狭い部屋に若い男女が二人っきり―――――という状況に香住はこれまで読んできた漫画や小説のシチュエーションが頭の中でフラッシュバックする。
「(なにか読まなくちゃ!なにか読まなくちゃ!)」
漫画に手を伸ばし適当にページを開く。
だが、頭に全く内容が入ってこない。
香住は、個室と言ってしまった自分に向かって『なんで個室って言っちゃってんのよー!私のバカァーッ!』と怒っていた。
そんな中、彼崎は楽しそうにラノベを読んでいた。
「(彼崎さんは、なんとも思ってないのかな?)」
ラノベに夢中。
「(気のせいだろうか?さっきから左隣の香住さんから視線を感じるのだが………? はぁっ! もしかして飲み物が欲しいと言いづらいのかもしれない。僕としたことが。女性への気遣いがなってなかったなぁ)」
ラノベを閉じ、香住さんの方を向く。
「香住さん」
「ふぇっ!?」
「なにか飲み物でも注文しましょうか?これメニューなんですけど」
と、テーブルに置かれたメニューを香住さんに手渡す。
「え、え~と。じゃあ、ミルクティーで………」
「わかりました。それじゃあ注文してくるのでちょっと待ってて下さい」
「あ、いえ。それくらい自分で行きますのでっ」
「そうですか?まあ、それなら―――――」
香住さんに注文できるカウンターの場所と注文方法の説明をした。
そして、香住さんが個室から出たあと
「(やっぱり初めて来たところだから落ち着かなかったのかな?)」
と考えていると、香住さんがティーカップを持って帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。―――香住さん」
「はい?」
「午後から電車に人が込むかもしれないから、切りの良いところで出て、今日は早めに帰るとしましょうか?」
「そうですね。それがいいと思います」
「それじゃあ、お互いあと一冊読んだら出ましょうか」
「はい」
僕らはお互いにラノベ、漫画を1冊ずつ読み、その場を後にした。
「今日はありがとうございました。香住さん」
「こちらこそ色々とご迷惑をおかけしまって。後ほど代金をお返しして―――」
「あー、それは大丈夫です」
「なにが大丈夫なんですか!ダメですよ。それじゃあ私が困ります!」
「う~ん………あっそうだ!」
「なんですか? 私に出来ることならなんでもしますよ!」
「それじゃあ……次、会社に来るときは今日みたいに眼鏡を外した格好でお願いしますね?」
「ふぇッ? あ、あのそれはちょっと………」
「さっきなんでもします!って言いましたよね?」
笑顔で威圧した。
「ぐぬぬ………………」
初めて見たよ。口でぐぬぬって言う人……。まあ、可愛いから良いけど。
「で、でもでも、そんなことして何になるんですかっ!?」
「会社でも今日みたいに綺麗な姿で居てくれたら僕は嬉しいなあ」
「ッッッッッ!」
まあ、その姿で会社に来たら、周りが香住さんに声を掛けるだろう。彼女が美人で可愛かったら、周囲の人間も彼女に対して邪険にはしないだろうし、彼女本人の対人訓練にも繋がる。
それで少しは僕以外とも
その内、僕以外の友達も作りやすくなるに違いない。時間は掛るかも知れないが、そこに至るまでの間は、僕がフォローしていくとしよう。
そして、無事それが完了したら僕は彼女から身を引くとしよう。
僕は周囲からは影では疎まれているからな。咲さんを覗いて基本社内ではボッチだからな。そんなヤツと一緒にいると分かったら香住さんの印象を害してしまうからな。
僕みたいにボッチになって欲しくない。同類が出来てちょっと嬉しかったけど、これも彼女のこれからの将来の為だ。仕方がない。
「私がこれで会社に来たら彼崎さんは嬉しいですか………?」
「はいっ!」
「ッッッッッ!……………わ、分かりました。頑張って、みます」
「確か、乗る電車は一緒ですよね。一緒に帰りましょう」
「はい」
香住さんと同じ電車に乗り、乗っている間は香住さんの分の荷物も持ってあげ、その間はずっと、香住さんと漫画やアニメの話をして盛り上がった。
途中で香住さんは電車を降り、僕は目的地に着くまで、スマホで電子書籍の漫画を読んで時間を潰した。
駅の改札口を降り、さあ自宅まで歩こうとしたその時―――――
トントン
「ねえ、君。お姉さんとお茶しない?」
肩を優しく叩かれた後に聞き覚えがある綺麗な女性の声が耳元に聞こえた。
「明日美さんっ!?」
「やっほー。こんなところで出会うなんて奇遇だね!」
僕を逆ナンしてきたのはナンパされそうなお洒落且つセクシーな格好でいる明日美さんだった。ちょっと顔が赤い?
「明日美さん、もしかして今まで呑んでました?」
「せーかい。大学時代の友人とちょっとそこのお店で呑んでて、今、その帰りってとこ」
「そうなんですね」
「あれ、もしかして私、酒臭い?」
「いえいえ。顔が赤いのでそうなのかなと」
「そっかぁ。よかったぁ。桂君に酒臭いって言われたら、私、ショックだよぉ」
「そんなデリカシーのないことは言いませんよ」
「知ってるぅー♪」
うん。完全に酔ってるな、これ。
「明日美さん、酔ってますね」
「酔ってまーすっ!」
「帰れますか?」
「桂君ならこういう時、どうすることが正解か、わかるよぉ、ね?」
ね? と言われても困るのだが。勿論、明日美さんをこのままにしておく選択肢はない。とりあえずタクシーを拾って、彼女の家まで送らせるか。
「それじゃあ、僕がタクシーを拾うので、それで家に帰って―――」
「イヤだ」
「へ?」
突然、明日美さんは僕の腕を掴んだ。しかも両腕で包み込むように。
「あ、明日美さんっ!? 何がイヤなんですか?タクシーが嫌いなんですか?」
タクシーが嫌いってなんだ?と、頭の中で自分にツッコミを入れた。
「そーじゃなくてさぁ。私を、一人にしないで…………」
「一人にしないでって、ちゃんと家に帰らないとダメですよ。明日は仕事とかあるんでしょ?」
「一人にしないでぇ」
「…………」
ああもうっ!右腕が柔らかいなにかに沈んでいくよー!
これはあれだな。酔うと人格というか性格か変わる類いか。もしくは酔うとその人の本当の人格なり性格が浮き彫りになるというものか。
しかし、明日美さんは酔うとこんな風になるのか。ちょっと以外だ。明日美さんなら適度に酔って終わらしてタクシーで帰って家で飲み直すと勝手に思っていた。
だが、実際は明日美さんも普通に悪酔いとかするんだな。
どちらにせよ、この状況は非常に面倒くさいにことになった。咲さんに連絡する案も脳裏に
とするならば、方法は一つしかない。出来ればこの方法だけは絶対にしたくはなかったのだが仕方がない。ここは僕が折れるしかない。
「明日美さん、それだったら、僕のウチ、来ますか?」
あーはいはい、わかってますよぉ。ここから深夜のちょっとエッチな大人のドラマみたいな展開を期待したでしょ、そこのあなた!
そんなこと起きませんから!
絶対に!
僕の言葉に明日美さんの身体が一瞬ビクッとなったかと思うと、ギュッと僕の腕を掴んでいた両腕が解けた。
そして、赤く火照った顔を上げて目が泳いでいる明日美さんが僕に顔を近づけて
「いく」
と、無防備で子供ような声で答えた。
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