第四話 攻防戦

 先手必勝。まずはネズミ花火を投げる。シュルシュルと音がして、暗闇に火花が踊る。敵はひるんで四方に散るが、静かになるとまたすぐに戻って来る。慎重で執念深く、優秀な狩人だ。


 ハルがハナを抱きしめて、ブルブル震えながらも、順番に手持ち花火に火を点けていく。ネズミ花火は終わってしまったらしい。火薬の臭いがあたりに漂っている。鼻の良いイヌ科の動物なら、この臭いを嫌って近寄らないだろう。頑張れ、頑張れよハル!


 ハナが無邪気に、花火に歓声をあげる。場違いさに一瞬気が緩みかけるが、それどころではない。


 ロケット花火を暗闇に向かって放つ。


 ヒューーー、パン! パパン!


 小気味良い音と共に『ギャウン!』という鳴き声が聞こえた。やはりイヌ科の動物のようだ。


 次の瞬間、花火の破裂はれつ音に急かされたように、大きな黒い固まりが暗闇から飛び出して来た。


「ハル、花火、離すなよ!」


 飛びかかって来た大きな影は、犬と呼ぶにはずいぶんと精悍な姿をしていた。


 コレ犬じゃないだろ! デカすぎるぞ! マジで狼なのか?


 思い切りラケットを振り下ろす。硬いものを撃つ、嫌な感触が手に残る。


「キャイン!」


 俺が暴力を振るった事と、犬の悲鳴を聞いてびっくりしたハナが『ひっ』っと息を飲んだ後、火が点いたように泣き出した。


 反対側から飛びかかって来る犬の腹に、ラケットを横なぎに叩き込む。


「ハル、ロケット花火、全部打て!」


 俺も残ったロケット花火に全部火を点けて持ち、暗闇に向けて打ち出した。


 パン! パパン!

 パパパン!


 いくつかの悲鳴が聞こえたが、波状攻撃は収まらなかった。ハルとハナを抱きかかえて、闇雲やみくもにラケットを振り回す。最後には、火気厳禁の防虫スプレーを噴射しながら、ライターで火を点けた。我ながら無茶をしたものだ。


 走り去る足音が聞こえて、あたりからハナの泣き声以外の音が聞こえなくなってから、ようやく詰まっていた息を吐く。風に乗って、火薬のツンとした臭いが流れてゆく。


 泣き続けるハナをなだめながら、ハルを呼ぶ。


 ハルはヨロヨロと歩いて来て、俺の背中にしがみつくと『おとーさん、こ、こわかったよー』と声を殺して泣いた。


「バーカ、当たり前だ。お父さんだって、めちゃくちゃ怖かったぞ」



 いやー。俺たちけっこう頑張ったよな!

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