大神くんと姫宮さんの事件手帖

森川 蓮二

プロローグ 屋上の決闘者

 夏の暑さがいまだに居座り続ける九月。


 ギャラリーもいないコの字型の校舎屋上。

 柵に囲まれた特設のリングに二つの影が向かい合っていた。


 蒸し暑い空気と殴られた左頬の痛みを感じつつ、影の片割れである少年は思う。


 俺はこいつに勝ちたい、と。


「お前……」


 もう片割れの少女が呟く。

 彼女の視線は泣く子も黙るような鋭いものだったが臆すことなく、むしろ面白いとばかりに不敵な笑みで返す。


「さっきのお返しだ。不意打ちだったから結構効いたぜ」


 少女の顔が僅かに歪む。

 不意打ちへの罪悪感か、一撃で勝負を決められなかったことへの悔しさか、もしくはその両方か。


 まぁ、どっちだっていい。

 手が出た時点で、この争いは自らの反射神経と拳で相手をねじ伏せるしか決着する方法がないのだ。


 言葉による平和的解決はない。

 例えそれが同じ学年、同じ教室に属するであっても。


 ピリピリとした空気の中で時折強く吹く風に長く伸ばした髪をなびかせながら少女が問いかける。


「なぜ、私に構う?」

「俺はアンタを見極めたいんだよ。アンタは俺たちと同じ人間なのか、仲間に引き入れられる人材なのかを。でも個人的な理由もできたぜ。俺はお前に勝ちたいってな」


 下ろしていた前髪を手で横に跳ねさせて少年は淀みなく答えた。


 少女が自分たちの同類なのか、仲間に入れるべきなのか判断する。

 それは確かに少年の目的としては正しかった。


 しかし個人の意思として、目の前の狼のような鋭く、殺伐とした空気を纏う少女に勝ちたかった。

 この学校の中で誰も歯向かうことはできないであろう強さを秘めた少女に。


「だから俺が勝ったら――」


 そんな気持ちがあるせいだろう。

 右手の人差し指をビシッと少女に向け高らかに宣言する。


「俺たちの仲間になれ」


 堂々とした言葉に少女は一瞬驚いたような顔したが、キツい眼光を少し和らげて口を開く。


「お前……なんて言ったっけ、名前」

「……龍二。大神龍二だ」


 まっすぐ少女を見て、龍二は答える。

 少女は一言「……そうか」と漏らすと、拳を固め、ファイティングポーズを取った。


「なら、私が勝ったら二度と私に近づくな」

「いいぜ。お前が勝ったらその約束は守ってやる。もちろん俺が勝ったら時も約束は守ってもらうぜ、姫宮詩音」

「望むところだ」


 一瞬の静寂が訪れる。

 不敵な笑いを見せた龍二も同じようにポーズを構え、彼女の意思に応えた。


 そして二人はほぼ同じタイミングで地を蹴った。

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