~5~

通学路の秘密⑤

 修学旅行前日。

 学校から家に帰ってきた俺は、明日の準備を始める。

 いざ用意を始めてみて気づいた。いったい何を持って行けばいいのだろう。とりあえず、着替えやお金くらいか。それ以外に必要となる物が俺には思いつかなかった。

 机の引き出しを開けると、トランプが目に入った。修学旅行で定番の遊び道具。そういえば中学の修学旅行でも、寝る前によくトランプをしてたっけ。俺は見る専門で、絶対に関わろうとしなかったけど。

 でも、一応鞄に詰め込んでおく。今は新一をはじめ、周りに多くの友達がいる。こういう遊びはいつまでも飽きないものだと思う。必ず遊ぶ時が来るはず。でも、初日はそんな悠長に遊んでいる暇はないはずだ。

 明日は未来予報の予言の日。

 東條さんの生死が決まる日なのだから。

 十分もしないうちに準備を終えた。荷物をとりあえず玄関まで持って行く。


「大輔」


 階段下から声がした。


「姉貴か。帰ってたんだ」

「今日は家にいたよ。塾ばかり行っても、効率落ちるだけだからね。たまには、一人で勉強する時間も大事よ」

「そうだね」


 姉貴とは最近ずっと顔を合わせていなかった。互いに色々と忙しかったこともあるし、何と言っても姉貴は受験生だ。俺みたいな弟にかまっている暇はないだろう。

 玄関に荷物を置いた俺は、置時計の時間を確認した。午後八時を過ぎたところ。


「ちょっと話さない?」


 姉貴がリビングを指差す。どうやら長い話なのかもしれない。


「そうだね……」


 姉貴の後に続き、リビングに足を踏み入れた俺はそのままソファに腰を下ろす。


「今日、父さんも母さんも帰ってこないんだっけ?」

「そう。二人とも出張だって。あんた、明日から修学旅行でしょ? 大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」

「ん。ならいい」


 姉貴がマグカップを渡してきた。中身はコーヒーだった。俺はそれに口をつける。


「う……やっぱり苦いや」

「あんた、苦手だもんね」

「そういう姉貴は自分だけミルク入れてるだろ」

「あ、ばれちゃた?」


 てへっと舌を出しておどける姉貴に辟易する。でも、そんな姉貴でも頼りになる正真正銘俺の姉貴だ。


「そういえば、この間はありがとう」

「この間?」

「えっと、西野先輩だっけ? 放送部の部長と会わせてくれただろ」

「ああ。いいって。沙織も楽しそうにしてたから」

「楽しそう?」

「うん。大輔君可愛いって言ってたよ」

「うぐっ」


 口に含んでいたコーヒーを吹きかける。


「汚い。そんなんじゃ、女の子に嫌われるぞ」

「う、うるさいな」

「頬が赤いぞ、少年」


 姉貴のいつものからかいに、少しだけほっとした。

 何故だろう。いつもは少しイラッとくるのに今日はどこか気持ちが和む。

 これも普段飲まない苦いコーヒーのせいなのかもしれない。


「それで、一番大事なことへの答えは出たの?」


 姉貴は真っ直ぐ俺に視線を向けてきた。以前、頼んだ時と同じ目をしている。


「……明日出る。今日までの間にやるべきことはやれたと思う。姉貴が先輩に取り次いでくれなかったらできなかった。本当に感謝してる」


 ありがとう。と俺は姉貴に頭を下げた。


「ふ、はははははは」

「な、何だよ急に笑って」


 腹を抱えて笑う姉貴に、少し腹が立ってきた。やはり姉貴は姉貴だ。


「本当にあんた変わったね」

「変わった?」

「うん。今なら、言ってもいいかな……じいちゃん」

「えっ!」


 姉貴の発言に、虚を突かれた。


「今……じいちゃん……って」

「言ったよ。じいちゃんって」


 姉貴はそう告げると、俺の横に座った。暫くの沈黙が続いた。

 姉貴の発言に、動揺が隠せない。

 以前話した時もそうだったけど、姉貴は絶対に話してくれないと思った。

 何か隠しているとは思ったけど、俺には絶対に言ってくれないと思った。

 それなのに、どうして……。


「じいちゃんに言われてたんだ。大輔が自分のことだけじゃなくて、誰かの為に動けるようになった時に伝えてほしいって」


 姉貴の言葉がグサッと突き刺さる。考えてみれば、最近じいちゃんの言葉なんてずっと忘れていた。それどころじゃなかったってのもあるけど。


「今までの大輔は、ずっと自分の世界にこもっていたでしょ。特に中学生の頃。そんな大輔のこと、じいちゃんはずっと心配してたんだよ。あいつはこのままじゃ駄目になるかもしれないって」


 当時の俺は、じいちゃんのお見舞いに一人で行っていた。誰にも迷惑をかけないために。それを免罪符にして皆と関わることを避けていた。一人になることを望んでいた。

 でも、それは皆と関われなかった理由づけみたいなもので。実際は、自分が皆になじめなくて一人になってしまった。じいちゃんはそれに気づいていたんだ。


「だから、じいちゃんは大輔にある言葉を残したって」

 



『通学路には、誰にも知られることのない秘密があるんじゃ』




 ずっと、追い求めていた言葉。高校に入学してからその意味をずっと探していた。耳にこびりついて離れないその言葉の意味を。


「じいちゃんが亡くなってすぐに大輔は高校生になった。でも、高校入学当初の大輔は変わらず一人だった」


 そうだ。俺はじいちゃんの言葉を探すために、ずっと一人になることを求めていた。一人でいる中学生の頃にだけ、じいちゃんが秘密について語ってくれていたから。


「じいちゃんはね、私に秘密について教えてくれたの」

「えっ」

「じいちゃんは、高校生の頃に好きな人がいたんだって。その人に告白するために、二人きりで帰る約束を取りつけたらしいの。でも、結局告白できなかったんだって」

「どうして?」

「一緒に帰るだけで胸がいっぱいになっちゃったらしく、話すだけで精一杯。結局、言いたかった言葉は言えなかったんだって」


 じいちゃんにも好きな人がいたんだ。胸がいっぱいになるくらい、大好きな人がいたんだ。


「それが、じいちゃんの秘密……」

「うん。じいちゃんが言ってた秘密は、高校生の頃に好きな女の子に告白できなかったことだって」


 姉貴の話を聞いても、正直わからなかった。じいちゃんは、自らの失恋話を秘密にして俺に伝えた。でも、それが俺に関係があるとはどうしても思えない。

 煮え切らない俺の表情を見た姉貴は、深くため息を吐いてから言った。


「じいちゃんは、自分の失恋を大輔に伝えたかったわけじゃない。それはわかるよね?」

「うん……でも、俺にはじいちゃんの言いたいことがわからない」

「大丈夫。今の大輔なら、私はわかると思う」


 姉貴はそう言うと、ミルク入りのコーヒーを啜った。俺も自分のマグカップを口につける。


「明日早いんでしょ?」

「うん」

「早く寝なさいよ。悔いのないように」

「ありがとう」

「あ、お土産にあぶらとり紙。よろしくね」


 姉貴はそのまま自室に戻っていった。

 会話が無くなったリビングはとても静かだった。

 結局、じいちゃんの言いたかった真意はわからないまま。

 でも、一つだけわかったことがある。

 じいちゃんは俺に一人になってほしくなかった。

 それだけはわかった。

 今まで一人になることで秘密に近づけると思っていた俺は、とんでもない勘違いをしていた。でも、そんな俺を救ってくれた大切な親友がいた。

 新一の存在が、どんどん俺の中で大きくなっていく。

 あいつがいなかったら、本当に今の俺はなかった。

 新一は間違った道から救ってくれた、ヒーローだ。

 もしかしたら、新一は秘密の意味に気づいているのかもしれない。

 以前、新一は言っていた。肌で感じろと。それが秘密なんじゃないかと。

 今までその言葉は信じられなかったけど、今ならその言葉が本当にさえ思えてくる。

 そんな俺を変えてくれた新一のためにできること。

 それは、未来予報をどうにかすること。

 東條さんを守ること。そして、笑顔で次の日を迎えること。

 新一のため、そして自分のためにも、明日は絶対に守らなければいけない人がいる。

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