姉貴の存在

 早朝。

 始発電車に乗って家に帰った俺は、玄関口に腰を下ろした。

 これから風呂に入って少しだけ睡眠。そして数時間後には学校に登校。

 とてつもないハードスケジュールに、朝帰りなんてするもんじゃないなと思う。


「帰ってきたんだ。不良男」


 人のことを不良呼ばわりする家族は、俺の知っている中で一人しかいない。


「姉貴か。ちゃんと母さんに連絡したぞ」

「生徒会のお手伝いねえ。そんな大それたことやってたっけ?」

「やってるよ……今、色々と大変なんだ」

「ま、私には関係ないから別にいいけど」


 大きくあくびをした姉貴は、そのままリビングに向かっていく。


「あのさ、ちょっと頼みたいことあるんだけど」

「何? 彼女でも欲しいの?」

「ち、違うから。どうして姉貴はいつもこう……」

「はいはい。それで、本題は何よ?」


 ソファに腰掛けた姉貴が挑発的な目で俺を眺めてくる。それに乗らないように、視線を逸らしてから俺は言った。


「姉貴って、放送部部長って知ってる?」

「知ってるよ。同じクラスだし」

「本当か?」

「ちょっとうるさい」


 つい大きな声を出してしまった。それでも同じクラスなのは俺にとって朗報だ。


「紹介してほしいんだ」

「大輔……あんた年上が好みだったのね」

「違うから。俺が言いたいのはそんなことじゃない」

「まあ、別にいいけど……それで、どうして紹介してほしいの?」

「どうしてって……」


 未来予報について姉貴には言いたくなかった。

 これは生徒会と新聞部で抱える問題だ。

 わざわざ一生徒である姉貴を巻き込むわけにはいかない。


「とにかく大事なことなんだよ。放送について聞きたいことがあって」

「放送? あんた放送になんて興味あったけ?」

「それは……」


 上手い言葉が見つからなかった。

 説得力のあるセリフがすんなりと出てこない。

 やっぱり朝帰りはするもんじゃないと思う。


「もういいわ。それじゃ、これだけは聞かせてもらおうかしら」


 姉貴は立ち上がると、俺の方に身体を向けた。


「あんたにとって、それは一番大事なことなの?」

「一……番……」

「命かけるぞってくらい、真剣な頼みごとなの?」


 真剣な眼差し。

 いつも茶化してくる姉貴が、この表情をする時は本気で聞いている証拠だ。


「……ああ。一番大事なことだよ。これ以上、何も失いたくないんだよ」


 すっと言葉が出てきた。

 未来予報の真相を掴まないといけない。

 新一が望む学校生活を実現させてやりたい。

 それに俺は、東條さんを絶対に失いたくない。


「あんた、変わったね」

「えっ?」

「ま、そこまで言うなら協力してあげる。これでも姉ですから」

「やった。ありがとう、姉貴」


 このまま未来予報に振り回されるわけにはいかない。

 まずは思い当たるところから潰していかないと。


「大輔」


 自室に戻ろうとした俺を、姉貴が呼び止めてきた。


「何?」

「聞きたいことって本当にそれだけ?」

「えっ?」

「ほかに聞きたいことはないの?」

「うん。今はそれしかないよ」

「……そう。ならいい」


 俺の求める答えは放送室にあるはずだ。

 今は目の前の問題を一つずつ解決していくしかない。

 だからこそ、姉貴の協力はとてもありがたい。

 だれが放送を流したか。

 まずは手がかりを見つける必要があるから。

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