生徒会室

「遅い!」


 生徒会室のドアを開けた瞬間、開口一番甲高い声が聞こえてきた。俺の前に立っている女子は、ずり落ちそうになった眼鏡をかけなおした。


「やべっ。見つかった」

「そりゃ生徒会室に来たんだから。当たり前だろ」


 新一の頭を軽く叩き、改めて正面を向く。黒髪を後ろにまとめ、ポニーテールの髪型が特徴的な女子。切れ長で綺麗な瞳は、眼鏡越しでも十分魅力的に感じた。


「佐藤君。あなた、生徒会長でしょ。今日から二学期が始まるって言うのに、ここに来るのが私よりも遅いってどういうことかしら?」


 いかにも不機嫌な態度で新一に突っかかる石川亜美いしかわあみは、新一の右腕となるはずの生徒会副会長だ。


「えっと、色々ありまして……」

「言い訳は聞きたくない。全くどうして私じゃなくて、こんな使えないポンコツが生徒会長なんだか」

「ポ、ポンコツって……」


 新一はガックリと肩を落とした。大方間違いじゃないので、俺は新一を援護することができない。


「だいたい私は、佐藤君に負けてなんかないの。むしろ秋山君に負けたのよ」

「俺に負けた?」

「そうよ。生徒会選挙の時、秋山君が応援演説してなかったら、絶対に私が生徒会長だった。こんなポンコツが生徒会長になる未来はなかった」


 はっきりとした口調で断言する石川は、自信に満ちた表情をしていた。新一よりも自分の方がふさわしい。石川の態度がそう物語っている。


「確かに。俺もそう思うよ」

「だ、大輔。お前も俺の敵かよ」

「俺は間違ったことが嫌いなだけだ。ずっと言ってるだろ。誰のおかげで生徒会長になれたんだって」


 お決まりの言葉を新一に告げる。言われ慣れてしまったのか、新一は小さくなるだけで反論すらしてこない。


「それで、忘れ物って何だ?」

「えっと……あった」


 生徒会室の真ん中に設えてある大きな机の上にポツンと置かれたノート。新一はそれを手に取って鞄にしまった。


「それじゃ、帰ろうぜ。今日はもう生徒会室に用はないからさ」


 踵を返し、新一は生徒会室の出入り口に向かっていく。


「ちょっと、待ちなさい!」


 当然のように石川が新一の前に立ちはだかった。


「何だよ?」

「何だよ……ですって。今から話し合いするの。今日は元々その予定だったでしょ」

「そうだったっけ?」


 わざとやっているんじゃないかと思ってしまうくらい適当な新一の態度に、流石の石川も血の気が頭にのぼっているみたいだった。手には当然のように握り拳が作られている。


「生徒会の今後の在り方について話す。夏休み前にあなたが言ったのよ。忘れたとは言わせない」

「俺、そんなこと絶対に言ってない」

「いーや。絶対に言ったわ」

「言ってないって」

「絶対に言った」


 二人は言い合いを始めてしまった。さっき教室で藤川と言い合いしたのにも関わらず、新一は懲りず生徒会室でも同じことを繰り返している。


「あのさ、俺はもう帰るから」


 声を張って言ったものの、目の前には二人の世界ができている。俺の声は新一達に届いていないみたいだ。


「あ、あのー」


 そんな状況の中、後方から突然か細い声が聞こえた。振り向くと、顔だけ出してこっちの様子を窺っている女子がいた。


「君は確か……」

「生徒会書記……吉田由美子よしだゆみこです」


 小動物のようなクリッとした目とそれに見合った小さな背丈。恥ずかしがりやなのか、はたまた引っ込み思案なのか。語尾に覇気を感じられない。上履きの色から、下級生ということが直ぐにわかった。


「今日って、元々話し合いする予定とかあったのかな?」

「……これ」


 鞄から一冊のノートを取り出した吉田さんは、それを俺に向けて差し出した。受け取った俺はノートの中身を見る。几帳面に隙間なく書かれた達筆な文字に、思わずため息が漏れる。


「ありがとう。ちょっと借りるね」

「……はい」


 吉田さんに断りを入れてから、俺は言い合いを続ける二人の元へと歩み寄った。そして、新一の頭めがけてチョップをくらわす。


「いてっ」


 頭を抱え、しゃがみ込んだ新一に吉田さんから借りたノートを手渡した。新一はノートを見るなり、急に黙り込んでしまう。

 当然の反応だ。ノートには会議の議事録が書かれており、今日会議をすることも書かれていたのだから。

 新一に向けていた視線を石川に向けた。


「な、何よ」

「新一が迷惑かけたみたいで。ごめん」

「ど、どうしてあんたが謝るのよ」

「それは、俺が新一を会長に推したから。会長のミスは俺のミス同然だと思ってる」

「大輔……」

「でも、新一は請け負った仕事を途中で投げ出したりしない奴だからさ。今日のようにやらかすことは沢山あると思うけど。そんな時は、石川がサポートしてあげてよ。新一だって心強いはずだからさ」


 今の生徒会のままじゃ、新一の立場が悪くなるだけ。それにサポートするべき副会長との仲が良くならないと、生徒会はどんどん悪くなる一方だと思う。新一は少なくとも石川を頼っているみたいだから、後は石川の問題だ。


「秋山君って本当に損してるよね。こんなポンコツ会長とつるまなきゃ、もっとましな生活を送れると思うのに」

「そうだね。俺もそう思うよ」

「おい、ここに本人がいるんだぜ。二人とも酷くないか」


 相変わらずの新一の反応に、笑いが込み上げてきた。新一はこうでないといけない。


「サポートどころか、基本私がいつも仕切ってるの。だから、佐藤君にサポートしてもらわないと割に合わない」


 確かに石川の言うことは間違ってないのだろう。新一が石川みたいなプライドの高い人の上に立って指示できるわけがない。むしろ、今まで懐柔されていないのが不思議なくらいだ。


「まあ、今日は生徒会の活動をちゃんとやるべきだな。新一」

「わ、わかってる。真面目にやってやる」

「それじゃ、新一をよろしく」


 そう石川に言い残した俺は、生徒会室を後にした。


「あっ」


 生徒会室から出ると、目の前には吉田さんが立っていた。どうやら生徒会室に入らずにずっと外にいたらしい。


「ノートありがとう。助かったよ」

「いえ。こ、こちらこそ……ありがとうございます」


 深くお辞儀をした吉田さんは、直ぐに顔を上げるとそのまま生徒会室に入っていった。気の強い二人に比べ、気の弱い書記の女子。このままじゃ、吉田さんが生徒会になじめないのではないかと思ってしまう。

 ふと東條さんの顔が頭をよぎった。

 もし東條さんが生徒会に入ったらどうなるのか。

 脳内でシミュレーションをしてみる。新一や石川と比べ、おとなしい東條さんは自分の意見をしっかり言うこともできる。それに二人に怯えている吉田さんともコミュニケーションをとってくれるはずだ。新一の言う通り、東條さんが生徒会に入ることにはメリットしか感じられない。

 今度、声をかけてみようかな。

 今の俺は東條さんのことで頭がいっぱいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る