第16話〜死ぬことのない世界へ〜



様々な箇所での戦闘による粉塵のせいか、それともただの赤い月なのか。

不吉を表す赤い月は煌々と輝いていた。


俺たちは戻ってきた。

あの世界へ。憎きあの世界へ。

何度も何度も、自分達を殺す、この世界へ。


限界を超える能力者の火呂は既に諸悪の根源である、あの宇宙船から声を高らかとあげる宇宙人の下にいた。

「おい緑の人ォ!!」

そんなこと叫びながら火呂は宇宙人に殴りかかっていた。普通の能力者でもあり得ないスピードで。

空中に舞い上がった身体は綺麗な姿勢を崩すことなく凄まじいスピードで宇宙人の目の前に到達する。ヤツに一発かます準備はできていた。今度こそは、死の限界を超えて、何が何でも一発ぶん殴らせてもらう!!

「やれやれ、私は緑の"人"ではなぃぐがぁっっ?!」

まずは一発。

そして、立て続けに攻め込む。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラおらぁー!!!!」

ズドンズドンと鈍く身体の中に響いた衝撃。宇宙人の身体は、加速する殴打によって輝き、音もなく凄まじい衝撃と光に包まれて消し飛んだ。血も、言葉も、何も残らなかった。

「思い知ったか!!この俺様と皆の痛みをよォォォォー!!」

まずは一撃、敵にようやっとダメージを与えられた。

「ここからだ!!」

反撃はまだまだ終わらない。終わらせない!

『火呂、そのまま宇宙船内に侵入して!』

『任せろ!!』



緋音と涙音は、あの道を歩いている。

人類と地球の不幸を指し示すように、月は赤かった。赤い月は古来より不幸の象徴とされてきた。こんなにも綺麗なのに。地球上の誰もが目を凝らさずとも見える大きく明るい紅の満月だった。一日中続いた戦闘で舞い上がった砂塵が月を赤く見せているだけなのかもしれないが。

そんな中、血の繋がった赤い瞳の姉妹は瓦礫だらけの街を歩いていた。その道は歩き難く、鉄臭い香りが漂っていた。

「綺麗なんだけどなー」

「全くだぜ。宇宙人さえいなけりゃ、だけれども」

荒涼とした世界を歩く姉妹。

仁たちが宇宙船から研究所を出て敵との交戦に向かったが、この姉妹は歩きながらその後を追っていた。たわいもない会話を続けながら、散歩、と呼べるペースで。

そうそう、と涙音が話しかける

「緋音と同じ目の色でしょ、今の私。なんでか分かる?」

「目の色?確かに、最初は金色だったよな」

「そう、緋音と同じ目の色

なんでか分かる?」

「本当の姉妹になったからよ、私は悪魔の妹。

私は、緋音と交わったのよ…」

「マイシス、それは語弊があるぜ…」

「ふっふっふ、」

「笑い事じゃないぜ?!」

「真面目に話すと、あの時、いえ、もう幾つかの世界で腕を消された私は緋音から腕をもらった。その時の緋音の血は私の中で生き続けた。混ざり合った血は転生を重ねる度に濃くなって、ついに次元を超えたこの世界で私たちを本当の姉妹へと結びつけてくれたの」


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「あー、そうだ思い出した。確か地上の戦闘で、描いた絵を実際に創り出して戦う、涙音とかいう能力者だったな…」

そして、あっけなく退場したのは、お前の姉だったかなぁ?と、男はおどけるように言った。

涙音の瞳の虹彩が、青色に染まった。

「殺す」

直後、空間の裂け目から大量の剣が飛び出した。

「報告によれば、絵を描かないと戦えないらしいが、どうやら違うみたいだなぁ…」

迫る剣に対して、男は両の手を突き出す。

「まぁ、俺とは相性最悪だけどなぁ!」

男の肌に触れた途端、大量の剣が一瞬で消えた。

「必ず殺す…殺す!」

涙音は駆け出した。

右足で床を蹴りながら、左手で空間を払って大量のモリを召喚する。

続く左足で床を蹴りながら、右手を壁につけた。

「だから、無駄だって言ってんだろぉ!」

指先でモリの先端をつつくと、モリは消滅した。

「ほらほらほらぁ!」

両手の指先を交互に使い、全てのモリを消し去った。

「なら、死角からならどうだぁぁああ!」

涙音が先程殴った壁を伝い、男の背中付近に亀裂が走った。

直後に亀裂から、無数の針が飛び出る。

「あぁ…盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ…」

男の背中に触れた針は、一瞬で消えてしまった。

「見えようが見えまいが、触れた段階で、消すことが可能ッ、なんだぁ…ぜ!!」

男の周りの空間が歪み、男が消えた。

涙音が身構える。

突如、涙音の左腕が真上に向けてあがり、体が宙に浮いた。

「今度は、こっちの番だァアァア!」

涙音の左腕が、消し飛んだ。

「ぐ…ギャァァアアアアああああああッ!!」

肘から先を失った涙音は、床に叩き付けられた。

「まだ、右腕が…」

腕を振ろうとした涙音の右腕を、男の足が踏んでいた。

「人間にも、俺らみたいに骨があるらしいな…」

ボキィッと音が響き、骨が砕かれた。

「ぎぃ…ああああああああッ!!!」

涙音は腕を振ろうとするが、骨が砕けた右腕に痛みが走る。

男はさらに、右手の指を思いっきり踏みつけた。

さらなる痛みが、涙音を襲う。

「どうだぁ…んん?これで、大好きな絵は描けなくなった訳だなぁ…」

涙音は泣いていた。

痛みが理由ではない。

悲しみだ。

緋音を殺したこの男を、この手で殺すことのできないことへの、悲しさ。

そして怒りだ。

何もできない自分に腹がたち、目から涙が溢れる。

もう涙音には、何もできなかった。

「さて、地球のメスがどうなっているのか、味見させてもらおうかな…」

助けて、あかね…。

涙音の体から、力が抜けた。



涙音ぃぃいいッ!

緋音は叫び、涙音を投げ飛ばした。

その直後、緋音の視界の左側が真っ暗になり、床に転がっていた。

あれ?

体が動かない。

主観視点のゲームなんかで、主人公が死んだ時に見る光景とそっくりだった。

ああ…俺は死んだのか。

わずかながらも、緋音の意識は残っていた。必死に目を動かして、男と涙音が対峙していることがわかった。

ちくしょう、今助ける…ぜ。

手をのばそうにも、左腕は消し飛んで使えなかったし、残っていた右腕にも力がはいらなかった。

視界も、流れ出る自分の血液で赤く染まっていた。

そうして、緋音の思考は真っ暗な闇に広がっていった。

何もない何も聞こえない何も触れない。

しかし、緋音はいままでに感じたことのない、安心感に包まれていた。

このまま、眠りについてもいいかな…。

そう、緋音が思った時である。

助けて…、と涙音の声がした。

涙音!?と、緋音は暗闇の中で目を開く。

しかし、体に力が動かない。

頭に、自分でも涙音でもない別の声が聞こえてきた。

今動き出したら、永遠にやすらぎを得られませんよ、と。

緋音は即答した。

「やすらぎだぁ?涙音を助けられないのに、やすらぎなんてあるかァァァァアアアアア!」

緋音の死体から溢れ出ていた血液が、ピタッと止まった。

代わりに床を赤く染めていた血液が集まり、緋音の足りない部分を補っていった。

ゆっくりと、緋音が立ち上がった。

固められた血液は光を放ち、ゆらゆらとうごめく、赤黒い煙のような物質に変化した。

顔をあげる。

右目には力強い緋色が。

無くなった左目の部分には、赤い光が浮かび上がった。

ボゴンッと左腕が膨らみ、黒光りする巨大な腕に変化した。

「さぁて、どこから味見するか…グパーラは内臓がウマイと言っていたが…」

涙音の服を脱がそうと、男が手をのばす。

ガシッ、と緋音の巨大な左腕が、男の肩を掴んだ。

「オレの妹に触れるな」

緋音は男を腕ごと、近くの壁に叩き付けた。

「えっ…お前死んだんじゃ…!」

男は自身の能力を使おうとするが、なぜか能力を使うことができない。

「わりぃな。まだ死ぬには早いし、俺みたいな面白キャラが、簡単に死ぬかよ!」

無茶苦茶な…と呟く男の腹に、緋音は左手の親指を、容赦なく脇腹に突き刺した。

「うぅうぇ!?」

「これは、お前らが馬鹿なことをしたせいで、俺達の休日が無くなった分だ」

緋音は右腕の爪を伸ばし、男の胸に突き刺す。

「うっ…くっ…!」

「これは、お前の攻撃で頭と左腕と心臓が無くなった俺の分だ。そしてぇ!」

右腕を引き抜き、男の顔に突き刺した。

「これはぁ!オレの大事な涙音を!傷つけた分だぁぁぁぁ!」

男の顔に、何度も何度も爪を突き刺した。

顔の形が変わっていき、最終的には緋音のように、顔の左側がグチャグチャになっていた。



「…あれ…あか…ね…?」

「ああ、助けにきたぜ」

緋音は、肘から先が無くなった涙音の左腕を見て、舌打ちをした。

「緋音…私の腕は…?」

「大丈夫、俺の腕をあげるぜ」

緋音の巨大な左腕が、涙音の肘を包む。腕を離すと、赤黒い色の左腕ができていた。

「右手は地球で治すんだ…いいな?」

そう言って緋音は、涙音を抱き上げた。

「緋音…家に帰ったら、何…する?」

「んー?なんでもいいぜー」

緋音はカプセルの前にやって来た。

「緋音…?」

「さぁ、帰宅の時間だぜ」

緋音は、涙音をカプセルにいれて出入り口を閉じた。

「緋音…!?」

「悪いな涙音。俺とはこれで、おさらばなんだZE☆」

そう言って緋音は、胸のポケットから通信機を取り出した。

「菅野、聞こえるか?」

『ああ、どうした緋音』

「爆弾のセット完了。関係ないが、さっきから人肉が食べたくて仕方ないんだZE」

『人肉…?まさか、覚醒したのか?』

「ああ…涙音はどうなのかわからないが、恐らく覚醒してると思うぜ」

『やはり、奴等の訪問が能力者に与える影響は大きいらしい…。それで、わざわざ通信したってことは…』

「ああ、涙音はいれておいた。カプセルを地球に送ってくれ」

『…本当にいいんだな?』

「ああ…涙音を頼むZE」

『了解した。また会おう』

「おう、わりとすぐになりそうだがなぁ(笑)」

そう言うと、涙音を乗せたカプセルが地上に向けて発射された。


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なるほどな、と緋音は相槌を打つ。

「静か…だね」

そう、とても静かだった。まるで何かを意図的に消しているような、不自然な静けさだった。

そして、あの道に差し掛かる。

そして、そう、目の前の空間がグニャりと歪んだ。

妹の目の前の空間が歪み、緑色の肌の男が、どこからともなく現れ笑った。緋音は自然と涙音を押し倒す。その代わりに緋音の顔の左側が、左腕が、左胸が、音もなく消し飛んだ緋音が倒れる。それも、アザのあった場所が綺麗に消えている。やはり、運命なのだ。

「あかね………」

宇宙人は笑う。

地面に転がる緋音の身体。緋音の身体は上半身の左側が無くなっている。流れ出る血液。

心の中を抉る赤色。

緋音は動かなかった。

緑色の肌の宇宙人の足元に、緋音は寝転がっていた。

「この地球人はあかねというのか……」

緋音の目の前に立っている緑色の男は笑った。

「あかねは今!俺が殺した……」

くくくっとミドリムシは笑い続けている。

「本当はお前を消し去り、その後ゆっくりと楽しむ予定だったが…まぁ、お前でも楽しめそうだな」

男は、残っていた緋音の頭を踏みつけた。何度も何度も。ドスドスと踏みつける度に、リズムよくビチャビチャと赤い血液が更に溢れ出る。地面を赤く染める池はどんどん広がっていった。

「そうね、死んだわ、でもその足を退けろよミドリムシ」

「あー、そうだ思い出した。確か地上の戦闘で、描いた絵を実際に創り出して戦う、涙音とかいう能力者だったな…」

そして、あっけなく退場したのは、お前の姉だったかなぁ?と、男はおどけるように言った。

「そうね。残念だわ」

話が噛み合わない。なんなんだコイツと思ってるのが丸々顔に書いてある。

すくっと、涙音は立ち上がりスカートの裾をパンパンッと払う。

「これから残虐に殺されるのがあなたなの」

「は?何を……」

俺は触れるものを全て消し去れる能力なんだ、と言いかけて腹に違和感を感じて、下を向く。

「は…………?」

何故?なんだこれは?腕?


そうそう、この視点。FPSゲームで死んだ時の視点。あはは、もう血の使い方は覚えたんだ。だから、

緋音は立ち上がる。出血はピタリと止まり、体のカタチに戻っていく。

そして、完全に油断しているコイツの腹に長く鋭く伸ばした爪を腕ごとぶち込む!!


「「思い出したか?」」

姉妹二人の声が重なる。

何を思い出したって??

何故だ、何故能力が発動できない!!

「何千回何万回とお前に「憶えてろよ」って言ったはずなんだけどなァ」

「な、何のことだよッッッ!!!」

気味の悪い奴らだと思ってもらって構わない。

「これからあなたは残虐に死ぬの。」

「だから、俺は……」

敵に焦りが見えてきた。

「ミドリムシ、いえ、ユーグレナとして人間に役立って死んで」

「な、なんで俺の名前を……」

ユゥ・グレィナ、それが名前だ、

涙音は腕を振る。現れたのは大量の剣。

それが降り注ぐ。

「だから俺はァァ!!」

触れるものを全て消し去れる能力なんだと叫ぼうとした。が、剣は容赦なく突き刺さる。

涙音の身体に触れた剣は溶けて消える。

それなのに!!何故俺にだけ突き刺さる!!

「まずはマイシスターの番。そんで、」

こっからが、俺の番!!

と叫んだ。緋音の腕が何かを掴んで一気に引き抜いて吹き飛ばされる。

「ぐぁあッッッ!!」

腸が引き摺り出されている。さらに、一向に能力が使えない。

「お前、死んだはずじゃ……」

緋音の血がどんどんと皮膚となり元のアザも何もない綺麗な肌へと戻っていく。瞳も綺麗な赤色を取り戻した。

緋音の細長い瞳孔が宇宙人を見つめる。

「血の使い方を覚えたのさ」

「さぁ、こっからが俺の番だ、覚悟しろ」

ここからは一方的な暴力だった。

生爪を剥がれ、何度も殴られ、鋭く伸びた爪で貫かれて、切られてもがれて、

「俺の新しい能力な、血を操る能力なんだけど、こうやって体のどこかに触れて血を侵入させて、身体中の能力を使っている能力者特有の細胞をぶっ壊し続けてると、敵さんはご自慢の能力を使えないんだぜ」

「まぁ、触れ続けてないと発動できない能力なんだけどな!!」

ラストは脳に大量の血を侵入させて、

「串刺し刑+鉄の処女

《串刺し公のアイアンメイデン》♡」

「ぁぐぇッ……………」

ザクッと音がして、頭がウニの棘のように血の針に貫かれた。

死んだ。

掴んで離さなかった腸をポトリと落とし、妹、涙音に抱きつく。

「やっと、できたね……」

2人は泣いていた。

やっとできた。やっと、勝てた。

「ふふっ、楽しめた?」

「楽しかったよ。

かっこよかったぜ、マイシスター」

そこまで言って、2人は同時に倒れた。


「ちょっとだけ、休憩していいかな」

「いいよね?」

姉妹は少しだけ、血塗れの荒涼とした世界で眠りについた。




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