2.やりたいなら勝手にどうぞ!

 マジメに言ってありえない! いっつも授業で居眠りしてるアンタが、本物のようなオーラのないアンタが、アイドルって!

 アイドルっていうのは、簡単になれるモンじゃないの! 今までいろんなアイドルのドキュメンタリー番組を見てきたけど、苦難を乗り越え、現状に満足せず日々ドロをかぶるほどに練習をこなしてるからこそ、ファンの前で、カメラの前で、メロメロになるほどにカッコよく決められるの!!


「アイドルをなめないで! できるモンなら、笑顔で腕立て伏せ百回やってみせなさいよ!」


 わたしの推しメン、つまり一番好きなメンバー、ユキくんはそれくらいできて当然だったのよ!! 笑顔をキープするのって、超、超、タイヘンなんだからねっ!!

 ……って……

 なに逆上してるの、わたし~!?

「わかった!!」

 ちょっ、なにが「わかった!」よ、今すぐやらなくたっていいじゃない!

 授業中、しかも廊下にいるにもかかわらず、夢園くんはうつ伏せになり、手を床については腕を伸ばす。そして曲げる、を繰り返す。なんとリズミカル。並びのいい歯を見せて、ニッコリ。

「いち、に、さん、しっ!」

 いいってば、と止めるけど、言い出しっぺはわたし。彼もやめるつもりないみたいなので、仕方なく彼が笑顔で腕立て伏せをするシュールな光景を眺めることにした。さて、いつ折れるんだか。

 腕時計を確認してみる。授業が終わるまであと3分。このテンポなら百回は余裕そうだけど、途中で苦しそうな顔になったら、一度でも肘を床につけたら、わかった、って言葉はウソになるのよ。

 自身で回数をカウントし、わたしは時間をはかり、たまに夢園くんの顔を見て、笑顔がくずれてないか確認する。三十回をこえたけど、口角は外側にピンと向かってる。声に苦しさは聞こえない。

 五十回。テンポは遅れてきたけど、やっぱりニッコリしたまま。

 七十回……そろそろ、その笑顔が着ぐるみみたいに見えて、むしろ怖くなった。

 もしかして……この人、できちゃったりするの!?

「きゅーじゅう! きゅーじゅういち!!」

 いけっ、夢園くん……授業終わりまで、あと三十秒!

 まさかクラスにいたなんて、笑顔で腕立て伏せ百回できる人が! わたし、全然できなかったのに!(アイドルになるつもりはないけど!)

 なんで、腕立て伏せなのに……百回なのに、そんな楽しそうなの!?

「きゅーじゅうはち! きゅーじゅうきゅう!!」


「「ひゃく……!」」


 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。

 授業終わりを告げる予鈴が鳴った。

 ……本当に、百回、腕立て伏せしちゃった……百回目も、全開のスマイルで!

 ひょいっと立ち上がり、勝利のVサイン。こなしても余裕だなんて、夢園くん、体力あるなあ……

 ……てゆーか、この笑顔……ユキくんと、重なるなあ……

 しかし、熱くなりかけたハートはすぐにしぼんだ。ガラッと開いた教室のドアから差される、先生のつめた~い視線によって……

「無駄話するんだったら集中しなさいッ!!」


 ガミガミと、夢園くんと並んでお説教をくらったあと。ルンルン気分で昼食なんて食べられるはずがなく、友達にも、夢園くんと楽しそうにしてたことをネタにされて……別に楽しかったワケじゃないもん。

 イヤだったことランキング一位がお説教だとしたら、二位は、夢園くんにキレちゃったこと。そりゃすごかったけど、まず、わたしの普段の大人しい常識のある理性的なキャラが、崩壊しちゃったっていうのが……はあ、男子に見られたのが、すっごくはずかしい。

 ええい、もうこれからは極力男子とかかわらないようにしてやるー! 夢園くんがわたしのことを忘れるまで!!

「あはは、まあ先生に怒られてもドンマイだよ」

「なに、夢園くん腕立て伏せやってたの? 面白そうだったから聞いちゃったよ」

「アイドルになるんだっけ? 面白いね」

「まっさか、できたとしてもなれるワケないって!」

 友達と楽しく昼食を食べながらだべれば、もう先生に怒られたことはサッパリ忘れた。

 だから、夢園くんだって、ご飯を食べてサッカーすれば、アイドルのことなんてキレイに忘れるはず。わたしより頭のつくりが単純なハズだもん。

 なんて……思ってた、のに……


 夢園くんは昼休みが始まった直後、わたしの前に、とある2人の友人を連れて、

「桜、オレたちをアイドルにして!!」

 と、言われて……その予想は、はかなくレーンから外れ、ガーターへと吸い込まれていったのだった。


「どうしてこうなる、太陽」

 友人の一人が夢園くんをにらみつける。彼は知ってる、隣のクラスの花城はなしろ光輝こうきくん。

 夢園くんと同じサッカー部で、イケメンだから女子にモテモテ。背も高いし、クールな印象だけど男子からの信頼も厚い。わたしから見たらアイドル、ううん、もはやスターになるために生まれたような男だよっ!

「ぼ、ボクにはムリだよ……」

 そしてもう一人は、クラスメートの沙月さつき星夜せいやくん。

 名は体を表すかのごとく、夜のように大人しく、いつも寒さにおびえてるような子。小柄でかわいい顔をしてるから、女子のウワサにはなるっちゃなるけど、恋愛対象としてではなく、弟のように見られてる。よく夢園くんと一緒にいるのを見かけるから、こうして連れてこられたのかな。

「大丈夫だって、オレでもなれるんだから!」

 まだ、なれるなんて一言も言ってないんだけどっ!

 そもそも、サッカーがんばってるなら、そっちをがんばればモテるんじゃない? 実際花城くんはサッカー部の王子様って呼ばれてるんだから。

 てゆーか! わたし、アイドルが好きでも、アイドルの育て方とか知らないわよっ! 成績は真ん中のただの中学生だもん!

「もちろん部活もがんばるって、だって活躍したらモテモテになれるしな!」

 がくっ、そんな不純な動機で……!?

 夢園くんって、変わってるなあ。女の子が好きなのかな?

「なんでそんなにモテたいの? サッカーがんばればいいじゃない」

 沙月くん、たしか目立つこととか苦手そうじゃなかった? 今でもオドオドしてるし、アイドル向かないと思うよ。それに花城くんだって、夢園くんに付き合えるほどヒマじゃないはず。

 たしかにアイドルは、ソロよりグループで固まって活動したほうが、ファンを多く獲得しやすい。だから今のアイドルのスタイルは、グループ活動がほとんど。

 仮に夢園くんたちがアイドルになって、ファンができたとしても、全員が全員、夢園くんだけに注目するとは限らない。てかありえない! もし女の子から注目されたいだけでアイドルを目指すなら、やめたほうがいい。そんな生半可な気持ちじゃ、舞台に立つ資格はないんだから。

 ……って、なに偉そうなこと思ってるんだろう。わたしはただのドルオタなのに。ドルオタであることを、クラスの男子に隠したいのに。

「桜の言うとおりだってわかってるよ。

 でも、オレ、注目されるような人になりたいんだ」

「はあ?」

「オレは光輝のように完璧じゃないし、星夜のように器用じゃないし、部のレギュラーになれるまですっげー苦労した。

 けど、テレビに出てる選手やアイドルって超輝いてるだろ? カッコいいヤツっていうのは、全国レベルで名前が知られなきゃだろ!

 オレ、それくらいカッコよくなりたい! 男がそう思うのはフツーのことだろ? 父さんが、太陽のように世界を照らせるヤツになるように、ってオレの名前をつけたんだ!

 だから、太陽のような男になるんだ、オレは! アイドルがどんだけキラキラ輝けるか、証明したいんだ!!」

 ……もう一度、はあ? と、ワケがわからないという顔をする。

 つまり、ただ単純に活躍して、名声を上げたいってこと? ただモテたいがためにサッカー選手やアイドルになりたいって……ぜいたく言いすぎよ。バカみたい。

 一直線に突っ走って、バカみたい……

「わたしに、何ができると思ってるの?」

「二ヶ月後の学校祭で発表したいんだけどどうしたらいいかな!?」

 知らないわよ!! …と声を上げるのは賢くない。

「まずお前は言葉が足りなすぎる。桜、俺たちに付き合うのはその時まででいい」

 夢園くんが話を進めすぎてついていけなくなってるので、花城くんがフォローを入れてくれる。

「アイドルになるのは、その時だけってこと?」

「そう、とにかくギャフンと言わせたいヤツがいてさ!」

「モテるためにアイドルになるんじゃなかったの?」

「意味合いが少し違うが……それはあくまでコイツの目的だ。

 コイツが俺の事情に首を突っ込んで事が起きたんだ」

「なっ、オレのせいかよ!」

「だがお前の事情でもある。対抗するのに、利害の一致があれど人数は多いほうがいい」

「そーだよな! オレだって腹立ったもん」

 なになに、事って? それにわたしまで巻き込むつもりなの?

 ……断るなら、今のうち、かな……そんな面倒ごとに、付き合うつもりは……

万里まりちゃん、行こっ!」

「えっ、でもいいの?」

「だってわたし忙しいんだもん、付き合ってるヒマないよ」

 なんて、アイドルの追っかけが一番忙しい理由だけどねっ!

 とにかく彼らに関わりたくないので、適当に隣のクラスの友達のところまで歩いて行った。

 やりたいなら勝手にどうぞ!

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