1話 はじまり

(それがどうしてこうなったのだろうか)


 戦車の上で一人の私は風を浴びながら考えていた。

 

 俺、もとい私と言ったほうがいいだろうか。

 少なくとも今の私は少女と言ったほうがふさわしい容姿をしていた。


「中隊長、どうしたんですか?」


 私の左斜め後ろに座る装填手が訊ねて来る。

 彼は士官学校を卒業したばかりの若い兵で、将来的な小隊や中隊長になる予定である。


「少尉、何でもないわ、気にしないで」


 私は毅然として答えた。


 私の名前はリューイ・ルーカス、階級は中尉だ。 

 いまは東欧に存在する小さな小国、バルトーニャ連邦唯一の戦車中隊を指揮する中隊長となっている。

 今や祖国は東部に存在する大国ソビエンスキ連邦との戦争を間近に控えている。


 すると耳元のインカムから砂嵐が聞えたのちに男性の声が聞えた。


「こちらバルトーニャ連邦政府『夜は明けた』諸君らは紅の星を潰しに行け」


 端的な通信ではあったが、意図は十分に伝わった。

 と言うよりも一種の暗号みたいなものだった。


 私は装填手の若い少尉から通信機のマイクを奪い取る。


「諸君! 戦争が始まった! 国家の忠実たる犬である諸君らに与えられた任務は目の前の脅威に食らいつくことだ!」


 私の中でカチッと言う音がした。


「A・B・C各小隊は前へ、中退本部車は我に続け」


 私は小さく命令を下すと戦車のキューポラから身を乗り出した。


 右から左へと視界を移すと計15両の戦車、斜め後ろにはもう1両戦車が控え私の乗っている戦車も含めると計17両の戦車がここにはあった。

 五両ずつの小隊が編成され、右からA,B,Cと名前が振られている。


 下知を聞き取った小隊長が砲塔から身を乗り出し、配下の小隊に命令を伝えると全車両が前進を開始した。


「さぁ、戦争の時間よ」


 小さく笑みを浮かべた。


 思い返せは十数年前のある日、運命に大きな変化があった。

 VRと言う最新のゲームを十分に堪能した俺はふと、夕食を食べていないことに気が付き近所のコンビニに買いに行った。


 行きは無事に行けたのだが――


 帰りに横断歩道の信号が赤なことに気が付かずに渡ってしまい、そのままトラックに轢かれてしまったのだ。

 お約束でテンプレだなと自嘲する。


(だがそんなことはどうでもいいのだ!)


 私としては以後が問題だった。


(なぜ少女になっている!? それも口調が自動的に女言葉になるし!)


 表情は平静を保ったまま、脳裏で叫ぶ。。


(所謂転生だけならまだしも! なぜ少女になって! それも1939年の戦場に立っているんだ!?)


 結局お約束の通り神だか女神だかよく覚えていないがなんかふざけた野郎に転生させられ、異世界かとワクワクしていたらそこは近現代の小国!


 夢も糞もない。


「中隊長! こちらC小隊長」


 昔のことを思い出していると、通信が入った。


「どうした?」


 努めて冷静に返すとともにC小隊の位置を捜した。

 現在我が中隊は小さな丘を登ろうとしていて、C小隊は小隊長や後続車両が続々と頂上に辿り付き始めている。


「前方敵戦車群、BT7かと」


 背筋が凍るとはこの事だろうか。

 素早く脳を回転させ中隊を停止、またC小隊には少し下がるように命じた。


 こちらにある戦車は一号戦車が大半を占めている。


 戦車を17両有するの中隊のうち、10両がそれでありBとC小隊がそれぞれ5両ずつ持っている。

 A小隊と本部のみ二号戦車を保持し、それでさえ500メートルでようやく敵の走行を貫通できる程度の能力しかなく、接近してくる敵戦車群に対して完全に無力であるのだ。


 だが、対戦車攻撃は戦車の役目では本来ない。


「総司令部、こちら第1戦車中隊長応答願う」


 マイクを右手に持ったまま司令部へ通信を行った。


「こちら総司令部どうぞ」


 すぐに司令部員の声が帰って来る。

 背後からは別な声も聞こえ、戦況がせわしなく動いていることが察し取れた。


「前方に敵戦車群現在位置グリットA―2。丘の頂上付近で待機中。砲撃支援を願う」


 司令部員は一瞬黙ったが、すぐに返答を寄こした。


「了解、後方の第3砲兵大隊が支援砲撃を行う」


 その言葉を皮切りに司令部との通信を終えた。


 周波数を変えるように通信機のすぐそばに座る装填手に命じると、今度は各小隊長に通信を発する。


「こちら中隊長、各小隊長へこれより味方砲兵部隊により支援攻撃が行われる、その場で待機されたし」


 それぞれの小隊長は口々に「了解」と言うと、配下の小隊員へ命令を伝えに行っているのが目に見えた。


 右手に見えるA小隊のみが二号戦車を有している。

 といっても500メートル以内でなければ眼前にいるBT7の装甲を貫徹するのは難しく打つ手はない。


 後続の自動車化歩兵部隊にも同様の命令を伝え、砲撃を待つ。


 すると甲高い音を上げた砲弾が図上を飛んでいった。

 数度の爆音が聞えると同時に、また甲高い音が聞こえる。


(第二射もか)


 少し関心していると通信機から声が聞えて来た。


「こちら第3砲兵大隊、砲撃終了。前進されたし」


 この言葉に「了解、支援を感謝する」とだけ返すと、A小隊の方を睨み再度通信機に向かって声を出す。


「こちら中隊長、聞こえるかしら?」


 司令部や砲兵大隊と通信した時とは違う優しい声。

 中隊員には優しく、外部には厳しく。


「こちらA小隊長感度良好、どうぞ」


 すぐに渋い声が聞えて来る。


 通信の相手はA小隊長、現場から叩き上げられた精鋭。 

 彼とは統一戦争から長い間の付き合いとなっている。


「斜陣で丘から顔を出し、残敵がいれば掃討して」


 私の命令を聞くと渋い声が「了解」と返し、A小隊が前進を開始した。


「C小隊は丘側面に展開、敵の迂回攻撃に注意して」


 そう言うと今度は若い声が帰って来た。

 A小隊長と違いC小隊長は士官学校を出ているいわばエリートで装填手と同期と言っていた気もする。


「B小隊は現在位置で待機、何方のカバーもできるようにして」


 B小隊は少女の声。

 B小隊の小隊長とは士官学校が同期で、付き合いが最も長い。


 指示を聞くと各小隊は次々に移動していく。

 丘の奥で起きていることを実際に確認しない限り何も言えないが、有効な攻撃を与えたことは確かだろう。


「こちらA小隊、敵残存戦車確認。BT7が5両」


 考えるまでもなく、配下の小隊に命令を下す。


「A小隊、一時後退。B小隊前進し機銃による牽制射撃、C小隊は側面から挟撃せよ」


 命令を聞くや否や右手前方で丘の頂上から敵をのぞき込んでいたA小隊は少し後進し、稜線よりも後ろに移動した。

 眼前にいたB小隊はそのまま前進を開始し、丘の頂上を目指す。

 C小隊は命令通り丘を迂回するようにして左手前方へと向かっている。


 すると移動を終えたB小隊から通信が入った。


「B小隊、交戦する」


 通信と同時に戦場に銃撃音が響き渡る。


「A小隊前進せよ」


 素早く命令するとA小隊は一気に駆け、丘を登った。

 視界不良になることを恐れ、私も前進することにする。


「操縦手、丘の頂上だ。一番見晴らしのいいところにつけろ」


 そう命令すると私の乗る二号戦車は大きな音を上げて前進した。 


「二番車、我に続け!」


 後続の中隊本部予備車から体を出す副官にもそう叫ぶ。


 優秀な副官だ。

 軍学校時代の同期で戦車運用能力は低いが、それよりも中隊にとってプラスになる面が大きい。


 特にマスコミにコネがあるのは非常にありがたかった。


 私の車両が丘の頂上に登ったころ、通信が入った。


「A小隊長から中隊長へ、敵殲滅す」


 通信を聞くまでもなかった。

 丘の下から見下ろす景色、それは――


 ――待ち望んでいた戦場そのものだった。

 

 思わず頬が吊り上がっていた。

 1940年、ソビエンスキ連邦が北方のカレーリャ共和国に侵攻した日から二か月後の三月、バルトーニャ共和国はソビエンスキ連邦に侵攻した。

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