第33話 マスカレードの終幕 大きすぎる温度差

「旦那様! お迎えに上がりましたぞ」


「ホーント、いつもいつもタイミングが良いんだから《俺の剣》は」


 パーティホール出口までいたった一徹。丁度ヴィクトルが外から立ち入り、いま合流したとあっては、背中に刺さるルーリィの視線に気付くわけがない。


「あ、あの……ヴィクトル……」


「旦那様に救われたなシャリエール。『咎めるな』と、つまりはそういうことだ」


「一徹様っ!?」


「いってつさまぁ?」


「アーハハハ、ハァやっぱこの空気サイコー。あのさヴィクトル、そういうのは俺がいないところで普通言うものじゃない?」


 最高というわけではなく、その言葉は皮肉だ。だがやっと一徹はホッと一心地つけた気がした。


「がい、あとも……り、もう一……け……」


 そんな空気の中では沈んだオーラは異質すぎたから一徹は、苦しそうに俯き何か零すエメロードを見下ろした。


「お願い。山本一徹。あともう一人だけ、治療をさせて」


「エメロード様の責任じゃあない」


「それでも……私だけ逃げ延びるなんて」


 一徹はため息をついた。その表情は嫌いな表情だったから。

 絶望に塗りつぶされ、失望に溺れた己の無価値さに打ちのめされた表情が。


「貴女は、聞き分けのない!」


「大丈夫だってシャリエール。エメロード様、詠唱魔技を」


「え?」


 一歩踏み込んだシャリエールを制し、一徹はエメロードに呼びかける。呼びかけながら両手を置いた肩を動かすことで、エメロードを会場内に振りかえらせた。


「さぁ」


「ここから、会場全体に向けて放てっていうの? 無理よ。範囲が広すぎる。効力が届いたからって治癒のスピードだって」 


「大丈夫ですから……ね?」


 最初こそ戸惑っていたエメロード。しかし一徹に促されるままに両手をかざすと集中を始め口を開いた。

 やがて、その手から生み出されるのは淡い光。


「:@[]:]:/*?+:@/;*?+*`/;;駄目、やっぱり広範囲じゃ、届かないっ!」


 しかし広がっていくさなかに、少しずつ光量は薄くなっていった。


「シャリエール、少しだけ離れていろ」


「やはりいらっしゃいますか旦那様」


「ま、ね? 促したのは俺だ。ただ眺めているだけって訳にも行かないだろうよ」


「なら、私には重点的に頼みますぞ? るなら、なるべく万全な状態でいたい」


 詠唱に集中している自分を放って置いて何をしているのだろう。気にはなるが意識を乱すわけには行かなかったエメロード。

 息を飲んだ。両肩に手を置き、後ろにいたはずの一徹が、真横に立ち、片手でエメロードの肩を抱き寄せたのだ。


「じゃ、行きますか。エメロード様?」


「ッツ!」


 落ち着いた一徹の声が、エメロードの耳をくすぐった……ときだった。


「これっ!?」


「詠唱を止めるな!」


 エメロードはおどろいて溜まらなかった。

 広範囲に効力を広げることで薄くなっていた光。その光量が、増した。チョットどころじゃない。目に見えてはっきりとだ。


 加えて、自身の癒しの力も間違いなく会場中に届いているのがエメロードにも手応えとしてハッキリしていたし、治癒効果が格段に向上したのを直感した。


 何を一徹がしたのかは定かじゃないエメロード。しかして一つだけ感じることがあった。


 所詮は感覚の話。


 だが確かにエメロードはいま、一徹が自分の中に入ってきていることだけは感じ取った。


「今日は頼ってばかりだなぁ。安心してくれよ。今日が……本当に本当の最後さ。だから……」


 楽しげでいて、それで悲しげな声。

 詠唱をつづけながらもエメロードは、隣に立つ一徹を見上げ、彼が一つ、銀の髪飾りを会場に向けてかざし薄く笑っている表情に、目を……


属性ドライブ解放。皆を癒してくれ。《銀の髪飾りリングキー》」


「えぇっ!?」


 奪われなかった。


 エメロードが目を奪われたのは、一徹の手から生み出される光に対してだった。


 一瞬彼の手に収縮した光、一気に拡散した。

 とても強くまばゆい光。ソレは光量が増したエメロードの治癒魔技術による光すら飲み込む。飲み込んで結びつき、さらに色濃く、大きく広がっていった。


「オイ、傷が!」


「凄いっ! 一瞬で直って……」


 方々から上がるのはエメロードが助けたかった者たちの喜びに沸いた歓声。

 そのあまりの光景と奇跡に、信じられないとばかりに息を呑み、エメロードは目を見開いた。


「なるほど、相乗効果となるとここまでか」


「まぁ、こんなことが出来るのは旦那様くらいのものですな。さて、ではそろそろ行ってまいります」


「すまねぇなぁ。程ほどに……な? ヴィクトル?」


「御意に。エメロード嬢には、見せぬ方が宜しいでしょう」


「そうだな。《銀の髪飾りリングキー》?」 


 ここで、エメロードは全身が重くなるのを感じ取った。

 それは嫌な感覚によるものじゃない。寧ろ……


「や、やまも……と、いっ……」


 心地よすぎて、優しすぎて、そして気持ちがよすぎて、体が弛緩してしまった。

 そう思ったら急激に瞼が重くなった。目の前が真っ暗になるのは恐くて、だからなんとかエメロードは目をひん剥こうとするのだが……


「本当、よく頑張ったよ。エメロード様」


「あ……あったかい」  


 先ほど皆に向けていた治癒魔技術を、いつの間にかエメロードに一徹が向けてくれたこと。その時に見せる柔らかい笑顔、そして身体を包むその光の温かさに、とうとう疲れ果てたエメロードは、安心感からその意識を手放させられた。


 エメロードの意識が、完全に落ちたそのとき。あれほど、喜びに一瞬満ちた会場を引き裂いたのは絶叫。


 生み出したのはヴィクトル。

 たったいま、二人の魔技術で治癒の恩恵に預かった襲撃者を、斬ったことによるもの。


「さぁて? 怪我が癒えて安堵したこともあるのだろうが貴様ら……」


 それがヴィクトルが「エメロードに見せない方がいい」と言った所以だった。


「旦那様の婚活をここまで滅茶苦茶にしたその責、旦那様から心の安寧を奪った罪、逃れられると思うなよぉぉぉぉ!!」


 幾ら敵であっても、広範囲に渡る《治癒魔技術》は相手を選ばず怪我を癒すのだ。癒されたことに安堵する顔を見せた者を、これからヴィクトルが切り殺す。


 もしエメロードが目にしたら、それまで以上に深い傷を心に負う。だから一徹はヴィクトルの助言を聞きいれた。


 そうして、剣鬼はいまある己の全てを遺憾なく発揮する。

 傷の癒えた襲撃者たちが力を取戻し、またパーティ参加者に傍若無人を働くのを防ぐために。


                  +


 わかってしまってから、頭は真っ白になった。

 崩れ、膝立ちになったまま、開いた口も閉じることもかなわず、ただただ呆然と目の前の光景を眺めるだけ。


 その絶叫が絶えることはない。

 一人一人、確実に切り殺されていくのを眺めているさなか、例え憤怒の形相でヴィクトルが振りぬいた剣に付着した、敵の血と脂が飛び、ルーリィの白い首筋、鎖骨、ドレス内部にドロリと流れて染め上げても、反応はなかった。


 彼女の瞳に映るのは、圧倒的な殺戮劇を見せるヴィクトルではない。さらに遠く、いまや姿を消した一徹が先ほどまで立っていた会場出入り口。


「殿下!? ご無事ですか!? ルーリィ!」


「生きていたかローヒッ! ルーリィがおかしい! 幾ら呼びかけても反応がないんだ!」


「ルーリィが!? クソッ話は後です! 領兵たちっ! 二隊に分かれろ! 一隊はパーティ参加生存者の保護を最優先! もう一隊はあのオッサ……あちらの剣士の援護に回れ! そこで倒れたデカブツは殺すな! 情報源とする!」


『『『『『『オオオオオオオオッ!』』』』』』


 外野が騒々しかった。鬱陶しい。ルーリィは静かにしてほしかった。いろいろ飲み込めていないのに、整理しないとならないのにと。


「ルーリィ! オラ! 何ボケてやがんだコラ!」


 ルーリィの視界は大きく揺らいだ。恋人たるアーバンクルスでは彼女に手加減があったかもしれないが、ローヒは違うのだ。

 両肩を思いっきりつかみ、グワングワンと猛烈に揺さぶった。


「まだ状況の終了には至ってねぇだろうが! 殿下ほっといて逝ってんじゃねぇ! 護衛放棄する根性なしか!」


「あ……ローヒ先……輩?」


 遠慮のない揺さぶりに、やっと意識を変えたルーリィ。目の前で呼びかけるローヒを認識し、弱弱しい声をあげた。


「ローヒ先輩っ!」


 が、すぐにハッキリとローヒに答えたルーリィ。


 やっと正気を取り戻したと、そうローヒも思ってしまった……


「テメェは、騎士だろうが!?」


「あの人を……追ってください!」


 ……から、一喝を入れてしまった。まさか、まったくお門違いな回答が返ってくるなど思いもしなかったのだ。


「お前、何言って……」


「あの人を追って!」


 予期せぬこと。

 両肩を揺さぶるためにルーリィの正面に膝をついていたローヒは、胸倉つかまれ、逆にルーリィの鬼気迫る表情を間近で見ることになった。

 

「誰か、誰か彼を追って! 追ってください!」


「おいルーリィ、落ち着け! いったい全体何を言って……」


 その様相、普段はクールなルーリィを考えればあまりに異常。


 ローヒがまともに扱わないと見るや否や、いまは会場内になだれ込んだ、領兵や、ずっと交戦中だったどこぞかの家の従者に呼びかけた。


「あの人が、あの人がいたんです! 一徹が! 山本一徹が!」


「なっ! 一徹がだと!? って、おいっ! ルーリィ、ちょっと待て、待てって! どこに行く!」


 まさかの事態だった。取り乱したルーリィは、尊敬の念さえ普段なら見せていたローヒでさえ突き飛ばす。

 そしてフラリとした足取りで、立ち回っているヴィクトルのほうへと近づこうとしていた。


「馬鹿野郎! あの剣嵐に近づくたぁ何考えてやがんだ! 死ぬつもりか!」


「追わなきゃ、会わなきゃいけないんだ!」


 慌ててそんなルーリィを後ろから羽交い絞めにしたローヒ。


「お願いだっ! 行かせてぇっ!」


 前に押し倒し。片手を後ろに捻りひねることで制圧した。が、状況はさらに良くないほうへと転がって行った。

 救援部隊が会場内に入ったこと。これで完全にこの襲撃は締まったのだ。


「待って! 待って! 私も連れて行って! 山本一徹のところに、彼のところに……連れて行ってぇぇ!!」


 ゆえに、もうヴィクトルが闘うためにその場にいる必要などなく、剣を鞘に収め、小さな息を吐き出すと、誰に何をいうこともなく、その場から立ち去った。


 ヴィクトルとはこの3年間行方不明だった一徹とをつなぐ、この場では現在ただひとつの存在。

 それが去っていく。それでいてローヒの拘束は解かれない。その状況が、ルーリィの訴えにさらに熱を帯びさせた……から……


「ルーリィ! ックソッ!」


 シュドッ! という鈍い音。


「おね……がい……」


 やむを得ず、ローヒは……ルーリィ首筋に手刀を打ち込むことで、意識を刈り取ることを選択した。


 ルーリィはエメロードとはあまりに対照的。


 エメロードはその目を閉じる最後のときまで、一徹を視界におさめることができた。が、ルーリィが少しずつ目を閉じていくさなかには、一徹どころか、すでにヴィクトルの姿すら、捉えることは出来ないでいた。

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